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異世界帰りの元勇者は現実世界でも天才でした。  作者: 坂元たつま


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破られた覚悟(前編)

「私も王女失格ですね!」

満天の星空の下、マリアは少年の胸から顔を上げ、涙を拭って笑顔を見せた。その笑顔は、これまでの「アウラ王国第一王女」としての気高さよりも、「一人の少女」としての愛おしさに満ちていた。

「この幸せを守りたい、そう思うのはいけないことでしょうか?」

マサトは、この異世界に来て初めて、心の底から自分の身勝手な願いを口にした。世界の平和のため、人々の未来のため、という大義ではなく、ただ目の前の愛する人を失いたくないという、極めて個人的な感情。

マリアは、彼の胸に掛けられた王家のネックレスにそっと触れながら、優しく答えた。

「いけないことなんかじゃありません。私も、この瞬間のために生まれてきたと思っているんです。だからこそ、もう後悔はありません。明日、私は最高の覚悟で臨めます」

マサトの心臓が、ドクンと大きく波打った。マリアの言う「最高の覚悟」とは、すなわち己の命を捧げる「滅魔」の使用だ。

「マリア様…」

「約束、しましたよね?戦いが終わったら、私に剣をくださるって。だから、必ず勝ってください。そして、約束を果たしてくださいね」

そう言って、マリアはマサトの頬にそっと口づけをした。短い、それでいて永遠に感じられるような優しい感触。それは、誰にも邪魔されない、二人の世界で交わされた誓いの証だった。

やがて、夜は静かに明け、東の空が白み始めた。モーゼの街が、夜明けの光の中にその威容を現す。魔族統一国家アスモディアンの首都。人族の生存を賭けた最終決戦の地である。

「そろそろ時間です、マサト様」

マリアはもう、昨夜の少女の顔ではなかった。凛とした、アウラ王国の王女の顔に戻っていた。彼女の目には、迷いや恐れは一切見えない。ただ、使命を全うする強い意志だけが宿っている。

湖畔を後にし、陣地に戻ると、ラッセルとソフィアが焚火の側で待っていた。

「おかえりなさい。二人とも、少しは安らげたかい?」ラッセルが、全てを見透かしたような優しい笑顔で尋ねた。

「はい、ラッセル先生」マサトは力強く頷いた。

「さあ、作戦の最終確認だ。行くぞ、マルクス戦役の真の終結へ」

【アスモディアン首都・モーゼ突入作戦】

魔王マルクスは、首都モーゼの中心にある「魔王城」の最上階にいる。彼の周囲には、四天王と呼ばれる最上位の魔族と、数万の魔族兵団が展開している。

作戦の骨子は、以下の通りだ。

* 突入・陽動マサト・ラッセル・ソフィア:マサトの圧倒的な魔力とラッセルの黒魔術、ソフィアの補助魔法で、魔族兵団の注意を一手に引きつけ、魔王城へと一直線に突き進む。

* 潜入・待機マリア:マリアは召喚獣である伝説級グリフォン「ゼノス」を召喚し、その影に隠れて魔王城の最上階付近に潜入。

* 対決・足止め(マサト):マサトは単独で魔王マルクスと対峙し、極限まで時間を稼ぐ。

* 「滅魔」発動マリア:「滅魔」の詠唱には、術者であるマリアが魔王の近傍にいる必要がある。マサトが足止めしている間に、マリアは術を発動。

* 一斉攻撃(全員):魔素を滅ぼし、弱体化した魔王を、残存する全ての魔力と力で討伐する。

全てはマリアの命と引き換えに成立する、極めて非情な作戦だった。

日の出とともに、作戦は開始された。

「行くぞ!」

マサトの叫びとともに、彼から発せられる魔力が大気を震わせた。異世界に迷い込んだことで得た彼の力は、もはや「魔力」というよりも「天災」に近い。

空間断裂ディメンション・ブレイク!」

マサト固有の魔法がモーゼの城壁に直撃する。その一撃で城壁の一部が空間ごとねじ曲がり、崩壊した。

「続け!突っ込むぞ!」ラッセルが黒い稲妻を放ちながら後に続く。ソフィアの全身からは、白い光が溢れ出し、マサトとラッセルを包み込む。

強化ブースト加速アクセラレーション無効化イグノア!全魔力解放!」

ソフィアの最高位のサポート魔法により、三人の能力は極限まで高められた。特にマサトは、元の能力に加え、迷人として得たチート能力、そしてソフィアの補助が合わさることで、その戦闘力は常軌を逸していた。

魔族兵団が、突如として開いた城壁の穴から侵入する人族の勇者パーティーに殺到する。ライオンや虎が進化した獣人、空を舞う翼竜種の魔族、巨大な体躯を持つ巨人種の魔族。数万の敵が、たった三人に向かってくる。

「散れ!」「雷光ライトニング・ボルト!」

マサトは剣を振るうことすらせず、ただ魔力を解放する。放たれた雷の奔流は、数十体の魔族を瞬時に焼き払い、地面に巨大なクレーターを穿った。

「す、凄い。マサト様の力は、もう人間を越えている…!」ソフィアが息を飲む。

「これこそが、未来を託された勇者の力だ!オレ達は、ただ道を切り開くだけだ!」

ラッセルは、マサトの開けた道をさらに広げるように、次々と黒魔術を放ち、周囲の魔族を殲滅していく。

その間、マリアは静かに魔王城へと近づいていた。

魔王城の中枢まで到達したマサトは、待ち構えていた四天王の三体を瞬く間に打ち破った。一撃で魔族のエリートを沈めるその力は、魔族にとって畏怖の対象となった。

「魔王マルクス!出てこい!」

最上階の扉を蹴り破り、マサトは魔王の玉座の間へと踏み込んだ。

部屋の中央には、黒曜石の玉座に座る、美しくも冷酷な顔立ちの男がいた。魔王マルクス。彼は、マサトを睨みつけることなく、静かに立ち上がった。

「…来たか、人族の勇者。やはり、予言の通り、お前は我らの脅威となる存在だった」

マルクスから放たれる魔力は、それだけで玉座の間を満たし、マサトの肌をビリビリと震わせた。その濃密さは、これまでに戦ってきたどの魔族とも比較にならない。

「マルクス。お前の野望はここで終わりだ。人族の未来のために、お前を討つ!」

「ふん。勇ましいことだ。だが、お前の力は知っている。そして、お前たちが何を企んでいるかもな」

マルクスは、玉座の間に一人だけ残っていた四天王最後の一人、女魔族のサキュバス「リリス」に目配せをした。

「リリス。彼を殺さぬ程度に遊んでやれ。どうせ、時間稼ぎが目的だろう」

「御意」

リリスが動き出す。しかし、マサトの視線はリリスではない。マルクスの背後の、閉ざされた大きな窓の外、城壁の陰にわずかに見える影を捉えていた。

(マリアだ…!)

マサトは、玉座の間への突入と同時に、密かにソフィアに合図を送っていた。

*「ソフィア、城壁の上のマリアに、合図の魔法をかけるフリをして、**『滅魔を使うな』*というメッセージを伝えてくれ」

ソフィアは、突然の変更に戸惑いながらも、マサトの目を見た。その目に宿る狂気とも言えるほどの決意を見て、彼女は指示に従った。

「マルクス!お前が滅びれば、人族と魔族の血の歴史は終わる!」

マサトは、リリスとの戦闘を開始する。

(頼む、マリア。ラッセル先生もソフィアも、オレが時間を稼いでいる間に、マリアを連れて逃げろ。そして、二度と戻ってくるな…!)

マサトの覚悟は決まっていた。マリアを死なせて、自分が生き残る世界に、何の価値があるというのだろうか。世界の平和と、たった一人の愛する人の命。マサトは、迷いなく後者を選んだ。

彼は、ここで「滅魔」の発動を阻止し、そして、マルクスを討つ。

それは、不可能に近い、究極の二択だった。

「空間断裂!」

リリスを巻き込みながら、マサトはマルクスへと突進する。


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