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シルカ  作者: 鷹尾翠
生存主義
5/15

マスクヴァⅡ

 朝食の席でラジオの戦局情報が流れる。選局は国営ラジオのチャンネルに合わさってるらしい。

 戦況は芳しくないようだった。

 ラジオの戦局情報は随分と勇ましい文句で劣勢をオブラートに包んで(大本営発表)いるが、それでも隠し切れたものじゃない。西方連合の猛攻の前にユニオン軍は空でも地上でも押されていた。

 《総司令部発表。8月7日、午前7時の戦局情報です。かかる西方連合軍のレミングスクへの攻撃に対し、市内の地上軍は断固たる決意と共に徹底抗戦の方針を……》

 無機質な女性アナウンサーの声は感情を抑えているがどこか悲壮感を感じた。

 それも然り。やたらと回りくどい言い方を要約すれば、レミングスクは西方連合軍の猛攻撃に晒され、空爆で鉄道線もズタズタに切り裂かれて、前線部隊への補給もままならないまま過酷な攻防戦を続けている、ということだ。

 その他の戦域でも状況は対して変わっていなかった。どこでも押されている。

 西方連合軍はユニオン軍と交戦する前に後方の鉄道線路や駅、物資集積所を空爆によって無力化し、補給が滞って弱体化したところを機動戦で一気呵成に叩き潰す、ということを繰り返し、ユニオン軍から分捕った物資と武器まで使って進撃を続けていた。

 ユニオン軍は補給線が攻撃される度に補給を絶たれて孤立した部隊を下げざるを得ず、ずるずると退却し続けるか、都市の内部に引きこもるかしている。

 あるいはわざと後退を続けて敵の補給線に負担をかけたり、都市籠城戦で敵に出血を強いて疲弊させるというのが上層部の狙いなのかもしれないが、このペースだとマスクヴァには間違いなく冬より先に西方連合軍が来る。

 前世のドイツ第三帝国は独裁者(ちょび髭)独断と偏見(腐った納屋)ゆえに、ろくな対策もなしにソ連に攻め込み、悪路と重装甲車両(KVシリーズとかT-34とか)に悩まされたが、西方連合はそうなっているようには思えない。

 目下の不利な戦況を受けてマスクヴァ防衛戦の可能性が高まったからなのか、第212機甲師団の訓練はこれまでより厳しくなり、模擬対戦のような実戦を意識した演習が増えていた。


「俺たちが相手しなきゃいけねえのは敵の陣地や歩兵だけじゃねえ。対戦車砲に自走砲、対戦車猟兵も厄介だ。コイツらに不意打ちを喰らわされたらまず助からん。それに俺たちのMT-3は敵戦車と正面からやり合っても不利なことの方が多い。だから俺たちが勝つには先に見つけて先に撃つ。これが何より重要だ」


 アントノフ曹長の話ではMT-3はT-34のような優位性は持ち合わせていないらしい。

 戦車には共通することだが、不意打ちによる被害は戦闘による被害より遥かに多い。どんな強力な戦車でも不意打ちや遠距離狙撃には滅法弱いからだ。人間に例えるなら格闘技のチャンピオンが背後から不意打ちで襲われても無傷で返り討ちにできるだろうか?ということだ。

 答えは明白。不可能である。素手でやられても当たりどころによっては気絶するし、武器を使われたら間違いなく殺されるか、よくて大怪我だ。不意打ちに対処できるかに強さは関係ない。プロ選手(KV-1)幼児(ドアノッカー)レベルに力の差があれば話は別だが、そんなのは期待できない。

 話によれば過去に鹵獲された西方連合軍の火砲は口径が88ミリ、120ミリ、150ミリの3種類。そのどれもが前世のドイツ第三帝国軍のものとは比べるべくもない大口径、かつ自走可能で、極めつけはHEAT弾を使用できる。実に合理的かつ、強力な兵器を揃えたものだ。そんな兵器に不意打ちされたらなるほど、ひとたまりもないだろう。

 おまけに「対戦車猟兵」なる対戦車戦闘に特化した歩兵がいるらしく、対戦車地雷や落とし穴などのトラップ、さらには「対戦車槍」なるHEAT弾を発射する無反動砲を駆使して奇襲攻撃を仕掛けて来るんだとか。この世界ではパンツァーファウストに相当するモノと対戦車戦闘ドクトリンの開発がだいぶ早かったようだ。

 つまり、実際の戦車戦では対戦車兵器による不意打ちや遠距離狙撃、トラップの方が「基本」であり、敵戦車との正面切っての戦いは少ない。

 そして敵戦車との戦いも有利とはいえない。

 遭遇する敵戦車の中で警戒しなければならないのが、【P-30】という中戦車。【レオパルト】というニックネームが付いている。

 コイツは前世でよく知るドイツ戦車パンターをひと回り小さくしたような姿の戦車で、去年までの戦いの最終盤に登場したんだとか。75ミリクラスの砲では車体正面の装甲を撃ち抜けない頑丈さを誇り、そのくせ機動力も優秀で、攻撃力はユニオン陸軍の誇る重装甲戦車HT-1すら距離に関係なくHEAT弾で撃ち抜いてくるほどだそうだ。

 さらに停戦期間中に増産されているだろうから、今現在前線で猛威を振るっているに違いないとのことだった。

 ユニオン陸軍も従来の戦車に代わる主力中戦車としてMT-3を作ったのだが、悲しいかな、技術力は西方連合の方が上であり、当然生み出される戦車の性能も西方連合の方が上だった。

 そんな過酷な戦場で勝利を掴み、命を拾うには「情報力」が何よりも重視される。

 どこに、どんな敵が、どれくらいの数いるのかを相手がこちらに気付く前に察知する知恵と技術と感覚だ。言うは易しの典型だが、できなければ不意打ちで殺される。

 そして情報力の次には情報を活かした立ち回りに必要な、車長の指示通りに戦車を動かせるクルー、場所を選ばずに動き回れる機動力と走破性が求められる。

 そして最後に危機を脱するための火力・防御力というわけだ。

 アントノフ曹長は情報力を極限まで高めるため、戦車に乗る時はいつもハッチから身を乗り出していた。訓練では「敵狙撃手による狙撃の危険がある場所ではハッチの外に身を乗り出さないように」と習ったし、支給された教本にもそう書いてあったが、アントノフ曹長曰く、それでは却ってやられやすくなるのだそうだ。

 たしかにゲームと違って現実の戦車には三人称視点や俯瞰視点はない。最もよく周りが見えるのはハッチから身を乗り出した車長だ。MT-3には一応コマンダーキューポラがあったが、ペリスコープ式なので視界は悪い。ならば狙撃の危険には目を瞑っても車外に身を乗り出した方が敵を早期に発見でき、生存性は上がるというわけだ。

 実際、模擬対戦訓練でも私たちアルブスの所属するチームの勝率は高かった。攻撃側でも、防御側でも、先に相手を発見できれば先制攻撃や奇襲によって敵の数を減らせる。


 さて、情報力の重要性は分かった。というか思い出した、だろうか(ゲームでも索敵の優劣で勝敗が決まることは多かった)。それでもやはりゲームと現実では難易度は桁違いだ。

『こちら4号車。B-3地点にて敵戦車発見。数8両。車種はHT-1及びMT-3。現在位置はB-4、Bラインを東進中』

 偵察車両からの報告をアントノフ曹長に伝える。

 ゲームと違ってミニマップに敵位置が表示されるわけではないため、偵察車はグリッド座標に整理された地図と睨めっこして敵の位置を計算し、それを本隊に伝える。受け取った方は偵察車から送られてきた位置情報を基に立ち回りを決める。

 手間のかかる作業だが、地図がグリッド座標に整理されているだけまだマシだろう。防衛戦術の一環として、砲兵隊が綿密な測量と試射を行い、従来ならば「第●中隊の正面、距離…」などと長々と言う必要のあった(かつ、誤解も容易に生じ得た)座標情報をたった一言で表せるようになっているのだから。

 もっとも例に則り、こんなことが為されているのは大都市近郊だけ。交戦地域全てでそんなことをやる余裕はユニオンにはない。

「4号車、追跡を続行せよ。第3中隊、全車陣地転換」

 私たちはマスクヴァから40キロほど離れた荒野を演習場にして、進軍してくる敵機甲部隊を捕捉撃滅するための訓練を行っていた。

 マスクヴァ近郊では目下巨大な防衛陣地の構築が行なわれているらしく、部隊の訓練はマスクヴァから離れた所で行われていた。

 その時の私たちは知らなかった。ユニオン上層部の腹づもりを。そして私たちがどう見られているのかを。


 ◇


「将兵諸君。重大な報せだ。本日を以て中央委員会最高議長閣下、ならびに中央教会大司教猊下の名の下に『非常事態法令217号』が発せられた。今後、後退を命ずる権限は前線指揮官にはなくなる。最後の一兵まで戦うことを義務付ける内容だ。諸君、今こそ我々の献身が試される時だ」

 軍属神官が熱を帯びた口調で訓示を垂れる。

 だがその内容は嫌すぎる予感しかしない。

 配布されたビラ、もとい文書を見てみたら、予想通りとんでもなく陰惨な内容が書き連ねられていた。

 いかなる指揮官も師団長以上の司令官の命令無しに後退してはならず、これに逆らった者は、司令官の判断により、先任順位に応じて軍法会議にかけられる事を明記している。

 要するに、理由の如何に関わらず、前線指揮官が後退を命じれば、問答無用で軍法会議に諮ることができる、ということだ。徒らに犠牲を増やす柔軟性のない部隊になること請け合いだが、ユニオン軍上層部にはもはや自分たちの所業を振り返る余裕すらないらしい。

 実際のところは後退しようとした指揮官は政治将校ーーこの世界だと軍属神官か、それとも督戦隊を作るのだろうかーーによって軍法会議にかけるまでもなく即座に射殺され、生き残った兵士は懲罰部隊に組み込まれるのだろう。

 実際、軍属神官は銃を携行しているし、懲罰部隊も存在している。細かな違いこそあれ、コンチネンタル・ユニオンはソ連にそっくりだ。

 これだけならまだ良かったのだが、残念ながらこれはほんの始まりに過ぎない。

「最後の一兵はもちろん、市民一人に至るまで武器を取って連合軍に抵抗させる」

 これこそが真の内容だ。

 軍への協力、例えば食料品や労働力の提供を躊躇した市民は献身の義務を怠る者として逮捕され、全財産を差し押さえられた上で強制的に労働に駆り出される。

 そこに一切の斟酌はない。たとえその食料品が、一家が冬を越すために貯えていたなけなしのものだろうと。

 取り上げられた食料品等の代わりに市民たちには急造品の拳銃が1人1挺支給され、敵が迫ってきたらそれを持って戦いに参加せねばならない。

 ちなみに、普段小火器を携行しない戦車兵にも拳銃が支給された。たとえ乗車を撃破されてもそれで抵抗を続けよ、ということなのだろう。

 戦車を失った時点で死んでるか、重傷を負っていて抵抗もへったくれもないのが戦車兵なのだが。ただ、故障による喪失なら多少話は変わるかもしれない。

 いずれにせよ、ユニオンはなりふり構わず戦力をかき集め、恐怖と圧力で秩序と士気を保たせ、兵士たちを死に物狂いにさせようとしていたのだ。

 もはや狂気だ。どうせ憔悴した司令部の参謀かユニオン政府の誰かが勢いで思いついたんだろう。正気の状態でやるようなことじゃない。

 ユニオン上層部にとって、私たちのような兵士どころか、守る対象であるはずの市民すらも犠牲を厭う対象ではなくなっていた。


 ◇


 非常事態法令217号、通称217号令は陰惨極まる悪法であったが、2週間もしないうちに絶大な効果を発揮し始めた。

 軍警、もしくは部隊の兵士の中から選抜された1個中隊を基本とした督戦隊が組織され、許可なく後退してくる部隊、脱走兵を問答無用で撃ち殺すようになったことで、物理的に後退が許されない状況に置かれたユニオン軍の兵士は死に物狂いで現地点を死守した。市民もまた献身的に軍に奉仕するようになり、食料は勿論のこと、陣地構築に動員する作業員の手配にも苦労しなくなったようだ。

 また、ユニオン軍は本格的に都市籠城戦によって西方連合軍の機動戦に対抗し始めたらしい。たしかに都市に立て籠もってそこを死守している相手を倒すのは楽じゃない。都市全体を完全に包囲して孤立させるか、空襲によって焼き尽くすくらいしか手段がないが、手間も時間もかかり過ぎる。西方連合軍がいくら強力でも簡単にできることじゃないだろう。

 実際ラジオの戦局情報も連合軍の進撃が停滞していると繰り返している。

 特にマスクヴァと街道一本で繋がったスモリンスクでの英雄的な抵抗は素晴らしく、西方連合軍は伸び切った補給線のせいもあって都市の完全包囲には至れていないという。

 そして目下構築中の『マスクヴァ防衛線』。

 怒涛の進撃を続けている西方連合軍をマスクヴァで迎え撃つべくユニオン軍が政府と協力してマスクヴァ外周に構築させた、一大防衛陣地だ。

 ユニオン諸都市の必死の抵抗が稼いだ貴重な時間を使って、政府の指導の下で市民たちは率先して首都をぐるりと取り囲む一大防衛陣地群の構築に勤しんだのだ。

 ちなみに、仕事ぶりが熱心過ぎて(過酷な重労働に)誰にも止められなか(耐え切れなかった)った市民の急死も多発したが、

「彼(女)の名は『英雄』として歴史に永遠に刻まれるのです、これほどの名誉はありません!」

 と、遺族は国営メディアのインタビューに()()()()()()()ので問題はない。


 防衛線は完成を目前にしており、上層部は西方連合軍を敢えてマスクヴァ防衛線まで引きずり込むつもりのようだ。それほどにマスクヴァ防衛線に自信があるらしい。

 実際、一部お披露目されたのを見ただけでも完成度が高いのは分かった。

 侵攻してくる敵部隊を誘導するように接地された障害物の数々。

 入り込んだ敵部隊を十字砲火に捉えるように設置された機関銃座。

 敵重砲の直撃にも耐えられる分厚いべトンで塗り固めたトーチカと、そこに据えつけられた大口径砲。

 敵戦車部隊を側射出来るよう、巧妙に隠され、設置された対戦車砲群。

 大型迫撃砲でも任意の地点で運用できるように造られた塹壕。

 これらが10キロを軽く超える縦深を取って構築された要塞都市。

 それが今のマスクヴァであり、ユニオン軍首脳部が「如何なる軍隊であろうとも、この防衛線を突破することは不可能」と豪語するほどだった。

 さらに周辺都市からも続々と兵力が集結しており、スモリンスクなど、西方連合軍の攻撃を受けている都市からも遅滞戦闘に当たる部隊を除き、兵力をマスクヴァへと脱出させる計画が進んでいた。事実上の損切りというわけだ。

 敢えてスモリンスクなどの諸都市は一旦くれてやり、マスクヴァ防衛線に戦力を集中して首都マスクヴァをなんとしても守り抜く。その後、敵戦力がすり減ったところで反攻に転じれば奪われた諸都市も解放できる、という筋書きだ。

 ユニオンの上層部は実に理性的だ。

 少なくとも、死守命令に固執するほど頑迷でもない。

 より大きな戦果が得られる方法があるならば、自分たちが過去に出した命令と真逆だろうが、矛盾しようが平気で採用できる程度には柔軟な思考の持ち主だ。

 もっとも、一番効果的だと思われれば、死守命令だろうが焦土戦術だろうが平気で立案実行出来るという点からして彼らは狂気と呼べるほど理性的なのだろうけど。


 そのマスクヴァ防衛線での戦いにおける私たち機甲師団の役割は、敵が防衛線に到達する前の敵戦力の漸減、及び戦線が膠着状態に陥ったところに、側背面からの攻撃をしかけることだ。

 敵機甲軍の捕捉撃滅訓練はそのためのもの。いくら防衛線が強固でも守るだけでは勝てない。斥候や先鋒を叩いて敵の出鼻を挫き、敵が消耗すれば打って出て勝ちを取りに行くことが必要だ。

 普段からユニオン軍上層部の無茶ぶりを愚痴っていたアントノフ曹長もマスクヴァ防衛線の出来と作戦自体は評価しているらしく、根気強く私たちを指導してくれた。

 ハリコフ伍長やニキーチナ伍長も嫌な顔ひとつせず、親切に面倒を見てくれた。

 私はHEAT弾対策として鎖や燃料缶で作ったサイドスカート、中空構造の増加装甲、金網を使ったHEAT防護柵といったものを使うことを提案したりしてそれに報いようとした。

 それまでのHEAT弾対策といったら、予備履帯や土嚢を大量に貼り付けるくらいしかなく、それにしても当たりどころ次第で対戦車槍にすら貫通されるほどだった。大口径砲のHEAT弾ともなれば理想的な角度で当たってもお構いなしに本体装甲までぶち抜いてくる。

 無論、当たって貫通されたからといって被撃破確定となるわけではない。

 HEAT弾というのは爆発の圧力によって液状化(ユゴニオ弾性限界)した金属の奔流ーーメタルジェットと呼ばれるものーーの圧力で相手の装甲を液状化させて突き破るものであって、熱で装甲を融かすわけじゃない。当然車内を焼き尽くすような能力はなく、弾薬庫や燃料タンクにメタルジェットが直撃しなければ致命傷にはならない。

 だが致命傷にはならなくても相性の悪い弾なのは変わりない。ユニオン軍の戦車は良くも悪くもコンパクトでモジュールも乗員もぎゅうぎゅう詰め状態。つまり、貫通されたら即撃破とはいかなくても被害甚大は確定なのだ。どこに食らおうが、何かしらぶっ壊され、誰かしら死ぬ。特に車体正面に食らった場合、通信手である私か操縦手のニキーチナ伍長が死ぬ。

 戦車自体は修理すればまた戦えるだろうが乗っている人間はそうはいかない。メタルジェットで頭を吹き飛ばされでもしたら即死。メインカメラをやられたどころの話ではない、ほぼ全ての感覚器官と頭脳、生命活動の制御装置を一気に失うのだ。

 だからHEAT弾対策はやり過ぎということはないはずだ。

 私の提案をアルブスの先輩方は真面目に聞いてくれた。そのせいでアルブスの車両はゴテゴテといろんなモノを取り付けて原型を留めないほどになってしまったが、生存性が上がるなら安いものだ。

 ちなみに爆発反応装甲も提案してみたが、結局作れなかったのはご愛嬌だ。


 さて、マスクヴァの徹底的な要塞化と兵力の集結によって西方連合軍を地獄に叩き落とそうと目論んでいたユニオン軍だったが、西方連合軍はユニオン軍よりも何枚も、いや、むしろ不自然なほどに上手だった。

 遅滞戦闘に当たっていたスモリンスク残存守備隊が《祖国同胞万歳 ユニオンに勝利を》の符丁を残し、西方連合軍に最後の突撃を敢行して全滅したとの報せがラジオで流れてから1週間ほど経った時。

 スモリンスクの残存兵力を壊滅させた西方連合軍はマスクヴァまで進撃してくるものと思われていたが、その予想に反し、西方連合軍は速やかに後退を始めたのだった。

 厳寒期が来る前にマスクヴァを攻め落とそうとするのではなく、少なくない犠牲を払って陥落させた都市すらあっさりと放棄して後退する。

 西方連合軍の視点で考えてみれば冬の戦いを避けて兵站の改善を図り、軍を立て直す合理的な判断だと分かるが、ユニオン軍にとっては完全に予想外だった。

 西方連合軍にしたところでいくら合理的とはいっても敵の首都という最大の目標に手が届くというところでなぜ後退という選択ができたのか。なぜ、この勢いで一気にマスクヴァを攻め落とすべきだという意見が通らなかったのか。


 まさか、まさかとは思うが、西方連合軍の中枢、それも総司令官クラスのやつに私のような転生者がいるのか?

 そんな考えまで出てくるほど堅実で合理的で、およそこの時代の人間らしくもない西方連合軍の行動だった。

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