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シルカ  作者: 鷹尾翠
生存主義
4/15

マスクヴァⅠ

 上空に接近してきた敵機に機銃を撃って位置を知らせる。自殺行為だが私にとっては釣りみたいなものだ。

 坂道に停車している私の74式戦車めがけて敵機P-47が降下してくる。私は油気圧サスペンションを起動して敵機を射線に収めて狙いをつける。

 P-47は小細工なしに真っ直ぐ突っ込んできた。腹には爆弾を抱えている。

「野郎ぶっ殺してやぁぁる!!」

 とかいう声が聞こえてきそうだ。だが残念。それは死亡フラグなのだよ。

「喰らえ〜♪」

 主砲発射。放たれた105ミリAPDSがP-47の翼を叩き折る。

 ロボットアニメで使われてるようなダイナミックなBGMが頭の中で流れ出し──

「うわぁぁぁぁぁ!」

 それと一緒に最後に殺すという約束を反故にされて(あれは嘘だ)奈落の底へ落ちていく悪役みたいな情けない悲鳴が聴こえる。もちろん私の幻聴、というか妄想だが。

「あっはっは!ざぁ〜こwざこざこwざぁ〜こwww」

 私は盛大に高笑いしながら舐めくさった動きをして針路を地面に変更するハメになったP-47を煽る。

 コントロールを失って墜ちてくるP-47が往生際悪く機銃を撃ちまくる。赤い曳光弾が無数に降ってきて何発かは私の74式に当たったが痛くも痒くもない。キャリバー50程度でMBTを殺せると思うなよ。

 P-47は少し離れた場所に落ちてバラバラに砕け散った。翼の破片が恨みがましく私の目の前に転がってきたが履帯で踏み潰して前進する。

 さァ、次の獲物はどこだ?


 ◇


 なんか今朝は懐かしい夢を見ていた気がする。前世でゲームに熱中していたときの夢。あの頃は敵機を叩き落として悦に浸っていたが、こっちに来てからはそうもいかない。

 私が敵を撃てばその敵の人生が終わる。飛行機なら1人か2人、戦車なら3人ないしは5人、歩兵なら撃った分だけ死なせることになる。やらなければやられるってのは頭じゃ理解してるつもりだけど、いざ敵を照準に収めた時私は撃てるだろうか。

 そんな疑問が浮かんだのは既に標的車目掛けて発砲した後だった。

 私の撃った弾が敵役の車両に直撃し、黄色いペイントが飛び散る。

『ん、なかなかやるな。合格!』

 ヘッドホン越しに教官の声が聞こえる。敵戦車撃破と判定されたようだ。

 車長役の先輩の指示に従って照準を合わせ、照準のブレが収まるのを待って射撃。もう手慣れたルーティーンだ。

 最終試験で私は全ての課題を難なくこなし、トップクラスの成績でパスした。これで訓練兵生活とはお別れだ。


 1週間後、私たち訓練兵は一堂に集められ、配属先を通達された。

「アルヴィナ・アバルキナ!第212機甲師団、第3戦車大隊!」

 200番台といえば首都の防衛に回されてる戦略予備扱いの部隊だ。

 その後に呼ばれる女性兵士も全員200番台だった。女性兵士はどうやら首都マスクヴァ方面の防衛部隊に配属となったようだ。さすがに最前線にいきなり出すのは得策ではないと判断されたのだろうか。

 いや、理由なんてどうでもいい。私が戦車兵になったのは祖国の敵を倒すためとかそんな御大層な理由じゃない。いいメシが食べられてそこそこマシな宿舎で寝られるからなのだ。あと、歩兵よりはちょっと死ににくいから。だからその上に最前線任務でないとなれば大歓迎だ。

 頼むから私だけ違うなんてことがありませんように。後方勤務のエリートコースを目指してるのに、最前線から離れられないギャグ体質なアニメキャラと同じ目にはどうか遭いませんように。

 私は自分の名前が呼ばれるまでそんなアホな神頼みをしていた。

「シルヴィア・アヴェルチェヴァ!第212機甲師団、第3戦車大隊!」

 よかった。私も同じだった。これでとりあえずは命の危険度は低い。

「やったね!私たちまた一緒にいられるね!」

 アルヴィナが嬉しそうにしている。コイツともまた一緒なのは少々複雑だが、知った顔がないところに行くよりは気が楽だ。


 その後、卒業を祝う盛大な打ち上げが行われた。あまり贅沢なものは出なかったがこれまで出てきたどの給食よりもいいものではあった。

 そして何より、酒が飲めた。ユニオンでは飲酒年齢制限はないようで、16歳になったばかりの私やアルヴィナが飲んでも咎められなかった。前世ではけっこうな酒好きだった私にとってはありがたいことだった。

 もう一つありがたいのは今世の身体は前世のよりも格段に酔いにくいこと。おかげでいろんな味が試せる。水割りとかカクテルを何種類も作って飲み比べできるのは実にすばらしい。

「なんですってぇ!?この!この!こんなもの…」

 喧嘩腰の鼻声が聞こえてきたと思ったら、どうやら喧嘩沙汰になったらしい。涙目になりながら女性兵士がアルヴィナと掴み合いになっている。悪口の応酬が激化していた。止めようとしてる奴は今のところいない。

 取り囲んでいた野次馬を突破してアルヴィナに近づき、ゲンコツをお見舞いする。

「こら!なに酔っ払って騒ぎ起こしてんだよ。迷惑だろ」

 注意して引き剥がそうとすると、

「メーワクって何よ!なんでアタシが悪いことしたって決めつけるのよー!」

 駄々っ子みたいな反抗をしてきた。コイツ、酔っ払うと幼児退行するのか?

「いいから行くよ!」

 襟首を掴んでズルズル引きずってその場を離れる。


「あんまりよおおおおお!」

 宿舎に戻ったアルヴィナが私に泣きついてくる。

「アタシ、置いてあったお酒飲んだだけなのにぃ〜!」

 どうやらあの女性兵士が何かの用事で置きっ放しにしていた酒の小瓶を勝手に飲んだらしい。打ち上げでは持ち寄りができたから、あの女性兵士も自分用に持ってきてたのだろう。それでそうとは知らないアルヴィナが勝手に飲んで、あまつさえ「名前書いてあるんですかー?」などと煽ったせいで揉め事になったらしい。

 やっぱりコイツのせいじゃないか。百歩譲って勝手に飲んだことは仕方ないところもあるだろう。だが相手を煽ったのはいただけない。

「ハイハイ、大変だったね」

 だが私はアルヴィナを責めない。そんなことしたって余計に泣かれてヘソを曲げられるだけだ。前世で学習済みだ。

 だから私はアルヴィナが泣き止むまで膝を貸してやり、頭を撫でてやる。


 その次の朝、西方連合との停戦期間延長交渉が失敗し、48時間後に戦闘が再開されるとのニュースがラジオで聞こえた。訓練所での最後の朝食を食べている最中だった。

 朝食が終わると駅へ。そこからそれぞれの任地へと向かう。

 男連中、その中でも成績のいい奴らが前線送り。私たち女性兵士や成績の悪い連中は首都方面。話では、従来首都の防衛を担当してきた部隊を引き抜き、前線に投入したことの埋め合わせによる配置だとか。

 係の誘導に従い、マスクヴァ行きの列車に乗り込む。一応寝台列車だがぎゅうぎゅう詰めでかなり窮屈だ。メリットといったらアルヴィナに布団に潜り込まれることがなさそうなことくらい。

 どこまでも荒凉とした平原が車窓を流れていく。

 前世で大阪から東京まで新幹線を使わずに普通の路線で行った時、静岡県がいつまでも終わらないように思えたのを思い出す。

 食事の時も食堂車などはないため、自分の席で配られたサンドイッチみたいなものをかじる。

 18時間もそんな調子で走り続けてようやくマスクヴァ中央駅に着く。

 12本ほど平行に並んだ線路とプラットホーム。それらに覆い被さるように設けられた巨大な屋根。とんでもなく大きな駅だ。

 そこから別の路線に乗り換え、第212機甲師団の駐屯地へ向かう。首都周辺の軍事基地は全部鉄道路線でつながっているそうだ。おかげで兵員や武器弾薬がスムーズに移動できるんだとか。

 ただし、首都周辺だけ。前線の方はそう恵まれてはいない。そもそもユニオン領は鉄道を敷ける場所が少ないくせにバカみたいに広い(線路が長くなる)。工事をする気も起きないわけだ。


「まずは諸君らに感謝を」

 駐屯地に着いた私たちに軍属神官が訓辞を垂れる。

「新兵諸君、祖国のためよくぞ立ち上がってくれた。遺憾ながら現在我々は非常に困難な時を生きねばならない立場にいる。これから先、戦局は極めて厳しくなると言わざるを得ない。それを打ち破るのは万の兵でも強力な兵器でもない。諸君らの勇気と献身のみである」

 なるほど、人生1回目の新兵にとってはとんでもない劇薬になる文句だ。新兵たちがその大して役に立たない肉体と拙い技術以外で唯一持っているもの、祖国愛にできることはまだある、と言われているのだ。喜び勇んで戦場に身を投じるのだろう。

 戦場の目の覚めるようなリアルを知った時、どうなることやら。

 軍属神官というのはソ連の政治将校とは似て非なるものらしい。命令書に副署したりとか軍事行動に介入したりはせず、もっぱら兵員への布教(というか扇動)とカウンセリング(というか洗脳)が任務のようだ。

 口調が荒っぽくて粗野な軍人たちに比べると物静かで親しみやすい、学校の先生みたいな感じだ。それゆえに素直に言うことに耳を傾けてしまうアブない特徴だが。

「諸君の献身はこの首都を守ること。望まぬ配置に不満な者もいよう。友軍と肩を並べて戦いに赴きたいと。だが諸君、どうか心に刻み付けてほしい。戦いとは、最前線で雄々しく戦うことだけが、攻撃だけが華ではないのだと。諸君らの役目とて全体にとっては欠かすことのできぬ大切なもの。誇るのだ。他の部隊の者になんと言われようとも諸君らはきちんと義務と献身を果たしているのだと」

 訓辞が終わると私たちは貼り出された割り当て表に記されたナンバーの車両へと急いだ。【T-K-6821】のナンバーを探してズラリと並んだ戦車の列へと入っていく。アルヴィナは別の車両だった。アイツともこれで顔を合わせる機会が減ることになる。

 別に寂しくはないが。

 見つけた私の車両は見たことのないタイプのMT-3だった。

 訓練で慣れ親しんだものとは違う、かなり砲身の長い主砲を搭載している。砲口径は57ミリくらいだろうか、少し小さめだ。

 訓練用車両にはなかった雑具箱が砲塔の両側面に付いてて、他にも大量の増加装甲とOVMが積まれている。おかげで余計にZSU-23-4(シルカ)にそっくりに見える。

 そして緑と黒のストライプ塗装。スイカみたいだ。誰の趣味だ?


「車長のフォードル・アントノフだ。第3中隊長を兼ねている。よろしく頼む。ではみんな自己紹介を」

 車長のアントノフ曹長が乗員を集めて顔合わせをやっていた。

 アントノフ曹長は洋画の俳優みたいな彫りの深いハンサムな顔立ちに無精髭が似合うダンディなオッサン兵士。正直言ってけっこうタイプだ。元から年上の男性はタイプだし、オッサンと少女のカップリングって、尊くて憧れる。なぜかあんまり理解されないけど。

 ちなみにスイカ模様はこの人の趣味。チーム名もスイカを意味する【アルブス】。

「ニコライ・ハリコフだ。アントノフ曹長殿の下で1年くらい砲手やってきた。よろしくなー」

 砲手のハリコフ伍長は私たちより少し上くらいの若手兵士。けっこう陽気で冗談が上手いタイプだ。面倒見の良い兄貴肌でムードメーカーってとこかな。

「アタシはイリーヤ・ニキーチナ。コイツとは同期の仲だ。操縦手やってる。よろしく!」

 操縦手のニキーチナ伍長はハリコフ伍長と同じ訓練団出身らしい。伸びっぱなしの髪を雑なポニーテールにした、ザ・女性兵士って感じの人だ。気温は肌寒いのにタンクトップに軍服の上着をプロデューサー巻きにしている。体温高いんだろうか。

「エレオノーラ・フォミーナです。ムータントフスク訓練団から来ました。エーリャって呼ばれてます。よろしくお願いします」

 エーリャは私と同じ新兵だ。見た感じだと普通の女の子っぽい。なんで戦車兵になったんだろうってくらい普通の子だ。可愛くて、礼儀正しくて、兵士にしては長めな髪をしている。

 アルブスはこの4人に私を加えて5人のチームだ。新兵2人の役職は私が通信手、エーリャが装填手と決まった。


 第212機甲師団の兵員は前線帰りのそこそこベテランな層と新兵に二極化している。

 しかも新兵のほとんどは訓練期間を従来の半分ほどに短縮した促成兵員であり、かつその中でも前線では囮の役にしか立たないような層だった。

 おそらくだが一種のパワーレベリングだろう。熟練兵と新兵を同じ部隊に編入して部隊の補充と新兵のスキルアップを図る寸法だ。

 字面で見れば良い手だが実用性はまるでない。新兵たちが知識・技量の不足ゆえにベテランの足を引っ張るということがさっそく起こりはじめた。

 アルブスでは車両整備中のアントノフ曹長とエーリャのやりとりがそれだった。


 アントノフ「オイ、何やってる。なんでわざわざ機銃に油差してるんだ?」

 エーリャ「? 油が差されてなかったものですからメンテが必要かと…」

 ア「違う。わざと差してないんだ。潤滑油など要らん。むしろ邪魔だ。さっさと洗い落とせ」

 エ「ですがマニュアルじゃ潤滑油を抜いたら故障しやすくなると……」

 ア「マニュアル通りにやっていますというのは阿呆の言うことだ!」


 エーリャの口答えが終わる前にアントノフ曹長が大きな声で一喝した。

 雷に打たれたようだった。

 前世でかなり好きだったセリフだ。それをそこそこ歴戦のダンディなオジさんが言うと……やばい。めっちゃサマになる。

「今でさえ朝はエンジンがかかりにくいほど冷えるんだ。そう遠からず寒さで潤滑油が凍るくらいに寒くなる。そうなったらそもそも機銃が撃てなくなる。それを防ぐためなら故障の危険が増えたって構わん」

 なるほど。潤滑油が凍るならそもそも潤滑油を差さなければいいってことか。シンプルな答えだ。ロシア、いや、ユニオンらしい考え方だ。

「そういうのも端折られてたのかよ。無茶するよなあ」

 ハリコフ伍長がボヤく。

 全くだ。私だって前世の豊富なミリタリー知識がなかったら同じように足を引っ張る役立たずになってたに違いない。

 前世のソ連みたく、戦車砲を数発撃っただけで訓練完了、などという無茶振りはしてないようだがユニオンの新兵育成メソッドは悪手ばかりだ。

「すみません」

 エーリャが落ち込んだ顔で機銃を取り外す。

 その泣きたいのを堪えてるような表情を見るとほっとけなくて、私はバケツにお湯を注ぎ込んでエーリャを呼んだ。油はお湯で温めれば液体になって簡単に洗い落とせる。

「おいでよ。私も一緒にやるよ」

 エーリャの表情がホッとしたような明るさを取り戻す。

「ありがとう」

 そう言って笑ったエーリャの目尻には涙の粒があった。

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