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シルカ  作者: 鷹尾翠
雪嵐
14/15

トゥブロヴノ市強襲

 どうなってる。もう10時間もぶっ続けで行軍し続けている。

 夕方に出発して、西方連合軍の空襲を避けて夜の間に移動するのはいい。

 これまでにも散々あったことだから。

 でも10時間もほとんど休憩なし──せいぜいが車両給油のための小休止──で動き続けるなんておかしい。

 戦車にいくつもくくり付けた燃料缶はほとんどが空になってしまっている。

 それにどうしようもなく寒い。

 戦車の中にいればちょっとはマシだが私は車長だ。

 視界を取っていないと道から外れたり、味方を轢いたりしかねないのでずっとハッチから顔を出したまま。

 二重に重ねた布で顔と耳を保護していないと間違いなく凍傷を起こすレベルで寒い。

 ありがたい事に私はゴーグルを支給してもらえたが、ゴーグルをしていない男性兵士たちは睫毛が凍りついていた。

『こちら11号車。前方に倒木を確認。除去作業完了まで停止されたし』

 先頭を進む車両から通信が入る。

 前の車両が減速するのを確認してからグゼルカにブレーキを命じる。

 戦車にブレーキランプはないから慎重にやらないと追突したりされたりしてしまう。

 まあ、ぶつかっても「おいコラァ!降りろ!免許持っとんのかコラ!」とはならないんだけど舌打ちくらいは普通にされる。女相手でも。いや、女相手だからだろうか。

 皮肉なことに先頭車の連中が道を切り開く間が小休止になる。

 出来るだけゆっくりやってほしいところだがそれだと彼らがクレシェフ少将にどやされる。

 あの少将閣下は道の安全確認やら倒木の処理やら、スタックした車両の救助やらでちんたらとしか進めない中で、

「もっとペースを上げろ!行軍演習コースではないぞ!」

 と宣ったのだ。

 しかも尻を叩くために司令車を先頭集団のすぐ後ろに配置するという念の入れようだ。

 なるほど、師団長がすぐ後ろにいたら嫌でも気が引き締まるだろう。

 こんな寒い中で気の毒なことだ。

「シルカ、ブランデー飲みなよ」

 アルヴィナが携帯ボトルを差し出してくる。

 ありがたい。ブランデーは体を温めてくれる。

 グビリとひと口流し込む。

 喉が焼けるような感覚だが寒い中では心地いい。

 お腹に落ちていくとじんじんと熱を持ってくる。体の芯からカッカポッポして呼吸が少し早くなる。

「…お腹あったかい…」

 思わず吐息まじりに漏らしてしまうくらいに効果抜群な飲み物だ。

 肝臓が少し心配になるけど。

「え、何今の?なんかエロい」

「うるさい」

 軽口を叩くアルヴィナにボトルを返すとアルヴィナはひと口飲んでからエーリャに渡す。

 回し飲みや間接キスなんて軍隊では気にしていられない。

 むしろなんでこの程度のことを前世では気にしてたんだろうか。


 トゥブロヴノ市。

 それが882師団こと、第882混成師団の目的地だ。

 マスクヴァ街道と呼ばれる舗装道路──西方連合軍が後退に使っている──を進み、最短距離でレミングスクを目指す主力部隊を側面から援護する。

 そのための兵站拠点としてトゥブロヴノ市を押さえなければならない。

 空軍が出した偵察機の情報ではトゥブロヴノ市郊外に西方連合軍が確認されており、彼らによる主力部隊への側面攻撃を防ぐことも役目のひとつだ。

 そのために師団の後ろに砲兵3個大隊と輸送部隊が続いている。

 もっとも882師団がこの調子でどんどん進んでいるから置いてけぼりを食らっているが。

 それにしてもなんでこんなにぶっ続けで行軍してるんだろうか。


 疑問に思っても口に出せないでいると、前の方に停まっていた機甲大隊の大隊長車からデグチャレフ少佐が降りてきた。

 意見具申に来たらしい。

「閣下。もう間も無くチェックポイント11に到達します。そこで一旦休憩を取りましょう」

 10時間以上もぶっ続けで進み続けて少佐本人も疲れているようだ。

 まして先頭集団や徒歩の歩兵部隊の疲労は如何ばかりか。

 ところがクレシェフ少将はそれを突っぱねた。

「休む必要などない。兵士には任務を遂行する意思があればいい」

「はぁ…?」

 唖然とした表情のデグチャレフ少佐にクレシェフ少将が苛立ちを見せる。

「エリク・デグチャレフ少佐。私の言ったことが分からないのかね?」

「と…言われましても…」

「では貴官に質問しよう。私の戦略に従うのに必要なことは?」

 たじろぐデグチャレフ少佐だがすぐに背筋を伸ばして諫言する。

「閣下。夜の行軍は歩きにくく車両の速度も落ちます。道路状況も劣悪です。そういった悪条件に拘らず、予定より速く進んでおります。兵員たちを休ませてやって下さい」

 だがクレシェフ少将は考えを曲げなかった。

「少佐。貴官は忘れたのか?この師団の任務を。後ろを見ろ。大勢の兵士がいる。彼らの役目はトゥブロヴノ市を早急に押さえることだ。休憩などという贅沢をユニオンは認めない。我々は精鋭とは言い難いが、それでも重要な役割を担っている。我々が遅れを取れば、友軍が危険に晒され、彼らに犠牲を強いることになる。それを理解しているのか!?他の者たちはどうなのだ?」

 誰も反論できない。

 そういえばこの時代は第二次世界大戦頃に相当する。

 ということは休憩=贅沢などという風潮がまだ蔓延ってたんだったな。どこの組織もブラックで、だからこそブラック企業なんて言葉もない時代。

 先頭車から作業完了の発光信号が送られてきた。

「前進だ!」

 信号を確認したクレシェフ少将が自ら後続に発光信号で前進続行を伝えた。

 デグチャレフ少佐は急ぎ足で戦車に戻り、部隊は再び前進し始める。


 結局行軍を止めて野営地を設営し、寝袋に潜り込めた時には行軍開始から13時間も経っていた。


 ◇


 翌日──。


 1時間ほど轟いていた雷鳴が止むと耳がおかしくなったような感覚に襲われた。

 キーンあるいはシーンというような耳鳴りが体感時間にして1分ほど続く。

 強行軍でトゥブロヴノ近郊まで予定より1日早く辿り着いた882師団は強行軍の疲れも取れないうちから攻撃を始めようとしていた。

 後続の砲兵隊に連絡を取り、連合軍陣地と思しきエリアにたっぷり1時間ほど制圧射撃をしてもらった後、浸透強襲を掛ける。

 ここまではよかったが、その方法についてクレシェフ少将とデグチャレフ少佐がまたしても対立していた。

「作戦に変更はない。我らが882師団は83号街道を突き進み、トゥブロヴノ市街地に総攻撃をかける」

「お言葉ですが、まだ西方連合軍の状況が判明していません。損害軽微のまま森林等に潜んでいる可能性も十分考えられます。見通しの良い83号街道を通って進めば攻撃してくれと言わんばかりではないかと」

「命令が聞けないのか!?」

 クレシェフ少将は地図を叩きつけた。

「市内へ通じる道は83号街道を除けばどれも戦車は1列でしか進めぬほど狭い!その上周囲は森林ばかり。対戦車兵にでも襲撃されればろくに身動きが取れぬままやられてしまう。それならば戦車と歩兵の共同戦術で正面から制圧した方が効果的だ。攻撃は全部隊で行う。戦力の分散はしない。敵に立て直しや逃走の時間を与えぬためにも迅速にかつ、最大の衝撃力をもって攻撃する。これが師団長たる私の命令だ。命令には絶対服従すること!私の言ったことが分かったかね、エリク・デグチャレフ少佐!?」

 まくし立てるクレシェフ少将は苛立ちを隠そうともしていない。

 彼の言い分にはたしかに一理あるけど、偵察を出してから決めてもいいだろうに。

 それに対戦車兵は歩兵がカバーしてくれれば早期に排除することもできる。

 私の素人考えだろうか。

「──ハッ。了解であります」

「ではかかれ!」

 乗車へと向かうデグチャレフ少佐の背中には憤りが見て取れた。


 ◇


 それぞれ別方向に砲塔を指向し、互いの死角を補いながら戦車小隊が一列横隊で進む。エンジン音で気付かれるのを遅らせるため、回転数を落としている。

 歩兵部隊は戦車を盾にしつつ周囲を警戒する。

 これらを凸字型に配置した陣形で先鋒の機甲中隊、随伴歩兵部隊は83号街道と呼ばれる幅広の道路を進む。

 距離を開けて後ろに機甲部隊残余と歩兵部隊主力が続く。

 司令部と直掩隊は状況把握と指揮のため最後尾。

 オーソドックスな浸透強襲戦術だが、街道の両脇は林が点在する平地。

 見つかっている可能性は極めて高いが、今のところは西方連合軍の気配はない。

 今朝の空軍の偵察情報ではまだ確実にいるはずだが。

 中隊長と第3小隊長を兼任して機甲中隊を指揮するデグチャレフは疑念を拭えない。

「なあ、なんでいきなりド正面から突っ込むことになったんだろう?」

「将軍には将軍の考えがあるんだろ?」

 歩兵たちの話す声がエンジン音に混じって聞こえてくる。

「中隊長殿。この作戦無謀じゃありませんか?」

 若手のステッセル伍長がデグチャレフに耳打ちしてくる。

 彼は砲塔後部に増設された14.5ミリ機銃を操作するため、歩兵から引き抜かれてきた臨時の追加要員だ。砲塔を盾にできるとはいえ、車外にむき出しのまま立っているので危険な役だが、彼は恐れずにやってくれている。

 ついでに言うと少佐である自分相手に上層部批判とも取られる発言をしてくるあたり、物怖じしないというか、鈍いというか──。

「考え直してくれるよう食い下がったのだが、聞いてもらえなくてな。それより見張りに集中しろ。目は多い方がいい」

 振り返らずにステッセルを嗜めて双眼鏡を覗き込む。

 だが気味が悪いほど何もないまま林をふたつほど抜け、ひらけた場所に出る。

『あー、どうにも静かすぎるな』

 第2戦車小隊長グルーシェンコ軍曹が無線でぼやく。

 多分それはこの場の全員の総意だろう。

 何も起こらないが故にどうにも嫌な予感がする。


 ふと視界の隅で何か光ったような気がした。

 次の瞬間、最前列を進んでいた第1戦車小隊のMT-3の1両が爆発した。

 続けて2両、3両と次々に爆発する。瞬く間に1個小隊が壊滅。

 爆発音にかき消されたのか砲声は聞こえなかったが前方の林にかすかに白い煙が上がっている。

 急いで残存各車に砲撃指示を出そうとしたデグチャレフだったが次の瞬間林の縁で多数の発砲煙が上がり、ワンテンポ遅れて甲高い砲声が響いてくる。

「正面より砲撃多数!」

「迫撃砲だ!伏せろォーッ!」

 ヒューッという笛のような風切音がしたと思ったら、迫撃砲弾がそこら中で炸裂し、大量の土煙が上がる。

 その土煙が晴れないうちに無数の赤い曳光弾が飛んでくる。

「マズい!」

 戦車の後ろに隠れようと動いた歩兵が次々になぎ倒されていく。

「ぐあっ!」

 デグチャレフのすぐ後ろでステッセルが撃たれて転げ落ちた。

『完全にバレてます!』

『反撃しないと!』

「落ち着け!下手に撃つな!ターゲットを確認してからだ!」

 パニックを起こしかけている味方を制止するデグチャレフだが、予想以上の火力密度に肝が冷える。

『こちら第2小隊2号車。10時の方向!距離約200!林の縁に機銃です!数約3!密集してます!』

『こちら第2小隊4号車!2時の方向からも曳光弾多数!機銃です!数約4以上!」

「第2小隊!ターゲットを確認次第各個に攻撃!機銃を潰せ!後の全員は対戦車砲を探し出せ!発砲煙が出るはずだ!」

 最大の脅威は先ほど味方3両を吹き飛ばした対戦車砲。少なくとも3基が潜んでいる。発砲煙を目印に見つけ出すまでにまた犠牲が出るだろうが、自分でないことを祈ることしかできない。

 デグチャレフはその犠牲を無駄にしないためにも全力で双眼鏡に目を凝らし、部下たちを鼓舞する。

「これでも喰らええええ!!」

 グルーシェンコのハイになった声が聞こえてくる。

 エンジン音に加えて機銃の発砲音と弾が戦車を叩く音の中でも響いてくる大声だ。好戦的な彼はこんな中でも興奮が恐怖を上回るらしい。

 自らハッチの外に乗り出し、敵機銃の曳光弾が飛んでくる方向に機銃を撃ち返している。

「対戦車砲はまだ見つからないのか!?」

 無線機に向かって叫んだ次の瞬間、後ろにいたMT-3が1両炎上した。

 振り返ると正面に破口はない。

『こちら第3小隊4号車!5時方向の林に発砲煙!対戦車砲です!3号車が撃破されました!』

 双眼鏡で見てみると先ほど通り過ぎた林の中から白い煙が上がっている。

「後ろからも撃たれている!警戒しろ!?」

 言い終わらないうちにその林から赤い曳光弾が飛んできた。

 加えて前方からも敵対戦車砲と迫撃砲の第2射が降り注ぐ。

 防ぎようのない鉄の雨。

「全方位から来てる!」

「隠れる場所がない!」

 今度は幸運にも戦車に被害はなかったようだが、部隊は混乱していた。

 ものの数分で戦車が4両も失われた。機甲中隊としての戦力的には壊滅状態だ。

 そして迫撃砲と機銃掃射で歩兵部隊、工兵隊の被害も甚大だ。

 このままでは後続から応援が来ても到着前に全滅してしまう。

 かといってクレシェフ少将に無許可で退却を命じれば『非常事態法令217号』に抵触する。

 司令官の許可なしに退却した指揮官は問答無用で軍法会議、部隊員は懲罰部隊送り──で済めば御の字という悪法は空振りに終わったマスクヴァ防衛戦後も解除されてはいなかった。

 それでも──

「一旦退却しよう。後続と合流する。第2小隊、前方に煙幕を張れ!第3小隊は5時方向の林を掃射。全部隊!直ちに退却せよ!」

 ここで鶴瓶撃ちされて死ぬよりクレシェフ少将の説得というわずかな可能性に賭ける方をデグチャレフは選択した。

 異議を唱える者はいない。

 第2小隊が発煙筒をばら撒いて前方に潜む敵から部隊を隠し、その隙に残存歩兵部隊を乗せられるだけ乗せて機甲中隊は退却を開始する。


 ◇


「臆病者共めが。機甲大隊残余は直ちに全速前進!先鋒隊を援護してやれ!第2、第3直掩小隊は歩兵部隊援護に回れ!彼らと共同して隠れたネズミ共を駆逐しろ!」

 クレシェフ少将は先鋒隊が待ち伏せを受けて退却してきたと聞いて、忌々しげに命じた。

 小隊長のメドベージェフ曹長が出発を命じ、私たちは全速力で前を進む歩兵部隊の援護に向かう。

『助かった。援護に感謝する』

 デグチャレフ少佐の声が無線から聞こえてくる。

『全車。小隊ごとに横隊を組め!歩兵部隊は戦車の後ろへ!これより林に潜む敵を掃討する!』

 態勢を立て直した882師団は先ほど先鋒隊を攻撃してきた敵が潜むらしい林へと進む。


 林の縁まで200メートルほどまで近づいた時、ガーンと甲高い金属音が響いた。

 対戦車砲に撃たれたらしい。

『2時の方向に発砲煙!砲塔左!』

『跳ねただけだ!損害なし!』

『馬鹿野郎!超音速砲だぞ!』

『数は!?』

 無線が一気に騒がしくなる。

 ちなみに超音速砲というのは西方連合軍の75ミリ対戦車砲のあだ名だ。発砲音より先に弾が飛んでくるほど弾速が速いことから付けられたんだとか。

 MT-3の装甲では防げないほどの貫通力があるらしいが、幸運にも跳弾させられたらしい。

『全車榴弾装填!2時方向の発砲煙に撃ち込め!』

 デグチャレフ少佐の怒号が無線に割り込み、前を進む味方戦車が一斉に主砲と機銃を発射し始める。

 私たちも続かなければ。

「エーリャ!砲塔ちょい右!仰角15!」

「了解!仰角15!砲塔、ちょい右!」

「砲塔ストップ!」

「装填よし!」

「撃て!」

 エーリャが57ミリ砲を発射した。

 私は双眼鏡を覗いたまま目を離さない。

 お世辞にもうまいとは言いがたい一斉射撃は狙いもタイミングもばらけまくっていたが、誰かが撃った強運の砲弾が偽装の草を引き剥がし、土嚢を積み上げた簡易陣地を暴き出した。

 そこにいたのは土塊と草を迷彩代わりにした対戦車自走砲と弾薬運搬車。すぐ隣には迫撃砲と重機関銃も見えた。

 私が無線機のマイクに向かって口を開くより早く、味方は次の砲撃準備に移っていた。

『敵発見!』

『全車照準合わせ!目標!クソの運び屋(弾薬運搬車)!』

『『『『目標!クソの運び屋!』』』』

『撃ーッ!』

 敵の弾薬運搬車目掛けて榴弾が殺到し、大爆発を起こさせた。赤白の火花が無数に飛び散り、花火が暴発したかのような光景になる。

 私たちの車両は装填が間に合わず、撃てなかった。

 それでも矢継ぎ早に指示は飛ぶ。

『歩兵を展開!掃討に移行せよ!』

 命令を受けて戦車の影に隠れていた歩兵部隊が一斉に突撃を開始した。

 すると、先ほど大爆発が起こった辺りから白い煙がもうもうと上がりはじめた。

 煙はすぐに広がり、私たちの前方視界を奪う。

「向こうが退却したぞ!」

『深追いするな。また鴨撃ちにされかねん』

 デグチャレフ少佐は追撃指示を出さなかった。


 ◇


「デグチャレフ少佐。貴様やきが回ったか!許可もなしに退却を命じるとは!今頃敵は戦力を立て直しているだろう。作戦が台無しになったではないか!貴様の、判断ミスで!!」

 クレシェフ少将が大勢の将兵の目の前でデグチャレフ少佐を責め立てる。

 デグチャレフ少佐の意見も聞かずに無茶な作戦を押し付けておいて、失敗すれば頭ごなしに責め立てるとは何事だろうか。

 どう考えても理屈がおかしいが、そもそも組織とは詭弁や支離滅裂な理屈が階級や勢いでまかり通るものだったな。

 だが歩兵部隊の指揮官、オレーク・グーロフ少佐は抗議した。

「閣下。差し出がましいようですが、デグチャレフ少佐は機甲部隊、歩兵部隊共に多くの命を救いました。まさかそのことにお気付きではないのですか?」

 するとクレシェフ少将は拳銃を抜いてグーロフ少佐に突きつけ、ドスの効いた声で制した。

「オレーク・グーロフ少佐。口を挟むな」

「え……は、はい……」

 仰天した顔で拳銃とクレシェフ少将を交互に見やりながらグーロフ少佐は下がる。

 味方に銃を向けるなど予想外だったらしい。217号令の内容を知ってはいても理解はできてなかったようだ。

「閣下。閣下は私の所為だと仰いますが、自分は命令に従いました。たとえその命令が、個人的には間違いだと思っていたとしても。犠牲になった兵士たちは、機械や兵器ではなく、人間です!」

 デグチャレフ少佐がクレシェフ少将に申し立てを始めた。

 217号令がある現状では下手をしなくても軍法会議ものの言動なのに、なんて勇気のある人だろう。

「もちろん上官である閣下の名に従うのが自分の仕事ですが、自分のもうひとつの仕事は部下の命を守ることです」

 デグチャレフ少佐の申し立てをクレシェフ少将は黙って聞いていた。

「貴官は頑固なところが魅力と見えるな。たしかに私と貴官では戦いのやり方が食い違うだろう。だがそれも偏に祖国に与えられた目的を達成するため。貴官の部下に対する誠実さは見上げたものだ。部下の信頼も厚くなろうというものだ。優秀な指揮官には必要な資質」

 驚いたことにクレシェフ少将はデグチャレフ少佐に激怒するどころか、賛辞まで口にした。

「それではデグチャレフ少佐。貴官の意見は了解した。解散だ」

 クレシェフ少将は歩き去っていく。

「あの少将閣下が褒めてましたね」

 グーロフ少佐が立ち尽くしたままのデグチャレフ少佐に話しかける。

「いや…本心かどうか」

 デグチャレフ少佐は難しい顔でため息をついた。


 私はその場にいた大勢のモブ将兵と同じようにその会話に聞き耳を立てていた。

 エーリャが配給されたレーションを渡してくれたが、どうにも喉を通りづらい。

 休んでいる暇などないと明後日にまたトゥブロヴノ市への総攻撃を行うことになったのだ。

 あのクレシェフという将軍はこんなやり方で本気で西方連合軍を叩けると考えているんだろうか。

 考えても分からないことにもやもやしたまま夜は更けていく。

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