軋轢
「こんのォォォォォ!!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
美少女2人が凄まじい形相で殴り合っている。
美少女2人が殴り合っている。
こういう状況は頭が追いつかないから勘弁してほしいのだが現実逃避しても状況は何も変わらない。
だが私は声を大にして言いたい。
どうしてこうなった!?
◇
車長、砲手、操縦手を失ったアルブスは解体──されなかった。
私が主砲で航空機を撃ち落としたことは目撃したエーリャやそのほか数名の兵士たちによって噂になり、私はちょっとした有名人になった。
上官方はその噂を信じていなかったが航空機を撃墜したこと自体は戦果として認められ、あろうことか私は「クルーが全滅寸前になってもなお戦意喪失せず、その勇敢なる戦いぶりを以て敵に一矢報いた」として航空機1機撃墜という戦果で兵長になってしまった。
そしてアルブスは私を車長にしてエーリャ、アルヴィナと補充要員の新兵2人で再編成されてしまった。正真正銘、ただの寄せ集めだ。アントノフ曹長たちみたいなベテランの指示はもう仰げない。
おまけに補充要員の新兵2人というのがこの手の展開のお約束でクセが強い。
戦争は映画とは違うんだぞ?落ちこぼれとか寄せ集めの部隊が友情と根性で活躍とかリアルじゃあり得ねえから。そーゆーやつは囮や使い捨てにされるか、鴨撃ちにされて死んで、活躍するのはちゃんと訓練して実戦経験積んで仲間同士の仲が良くて連携もきちんと取れるベテランたちだから。
なのに私たちはなんだ?全員訓練期間を半分に減らした促成兵士、しかも体力的に不利な女で、メンバー内でソリが合ってないとか絶望的じゃないか。
車長 シルヴィア・アヴェルチェヴァ
砲手 エレオノーラ・フォミーナ
操縦手 グゼル・ナロリナ
装填手 アルヴィナ・アバルキナ
通信手 イザベラ・ラボーチキナ
顔合わせでお互いの名前と顔と役職を確認した時、「あ これ面倒なことになるな」ってはっきり思った。
だって全員が全員、突出した才能はないくせに問題はありありなんだからさ。
まず車長の私は、乗員に指示を出して戦車を動かすことは、とりあえずできる。
でもそれだけだ。ゲームでは自車両だけで好き勝手に動いていたし、戦車は自分の手だけで思い通りに動かせた。でも実戦では部隊単位で連携して戦うのが普通。そして自車両も1人では動かせない。今の私は自車両を動かすだけで精一杯で部隊の動きについて行けるかどうかも怪しいところだ。
そして車長のもう一つの大事な役割、乗員の人間関係を調節してまとめ上げる、これは私には難題だ。前世ではゲーマーサークルのメンバー以外とはまともに会話すらしない人見知りだったのだ。
砲手のエーリャ。この子はなんで兵士になったのかってレベルで普通の人間だ。聞いたところじゃ私と同じく住んでいた町から逃げてきたらしいが、まずもってメンタルが軍人向きじゃない。なんというか、感情を抑えられない感じが言動の節々から漂ってくる。そりゃ好きだった人を殺されたら怒りも湧くし、復讐したくもなるだろうが戦争に私怨を持ち込んだら死にやすくなる。
怒りで冷静さを失わないように教育したいけどどうしたもんかな。
次に装填手のアルヴィナ。訓練兵時代からのコイツとの付き合いで分かったのは突拍子のないアホの子だってことだ。たしかにコミュニケーション能力は私より上で誰にも可愛がられるタイプだが、交友関係が狭くて気を許した相手にべったり、もとい依存するタイプでもある。おまけに無駄に喧嘩っ早い。正直戦車兵向きじゃない。
そしてアルヴィナは基本的にふたつ以上のことを同時にできない。だからこそ一番頭への負担が少ない装填手にされたのだろう。
ここまでの3人は私の知人。そこそこ勝手知ったる関係で扱いも分かる。ただ、操縦手と通信手の2人は全くの初対面だ。
操縦手のグゼルはとにかく口数が少ない。自分から誰かに話しかけるということが全くと言っていいほどなく、何か聞かれたらハイかイイエで答える有様。自己紹介の時も名前と役職しか言ってなかった。アルヴィナが持ち前のコミュ力で絡んでもそれは全く変わらなかった。
正直何考えてるのか分からなくて気持ち悪いレベルだ。これで美少女でなかったら同じ空間にいることすら不快に感じただろう。そう、このグゼル、顔立ちはものすごく綺麗だった。クールビューティーっていうのだろうか、とにかく次元が違う。
まあ私主観の印象はともかくこれほどまでに無口では意思疎通、ひいては戦闘行動にも支障が出かねない。ていうかよくこんなので戦車兵になれたな。
そして通信手のベルことイザベラ。彼女だけ1年後輩だ。
後輩は可愛いものかもしれないがコイツは私が嫌いなタイプの女に見事当てはまっていた。一言で言うなら告げ口野郎だ。いや、女だから野郎じゃないか。
自分の頭では何も考えてないくせに告発と行動力には長けたヤツ。
ルールとか、建前とか、そういう他人が決めたことを簡単にかつ頑固に信じ込む権力者のイヌ。タチの悪いことにそれが正義だと信じて疑わない。
ベルが信じてるのはユニオンの宗教的建前。要するに「他者への献身」。ピュアとか敬虔といえば聞こえは良いが、やはり軍人向きなメンタルじゃない。
早いとこ目の覚めるようなリアルをその異様なる頭に捧げたいところだがそれは実戦ってことだしな。最前線に行くのは私は嫌だ。
さて、ざっと新アルブスのメンバーを紹介したが、さっそく軋轢が生まれている。
コトの発端はアルヴィナが私物箱に入れていた秘蔵のボトルがないと言って騒ぎ出したことだった。
「シ、シルカァァァ!」
「なんだよ。何かなくしたのかよ?」
「この箱にけっこういい値段するウイスキーのボトル隠してたの!ゆっくり大事にチビチビ飲もうって思ってたのに、昨日の今日で消えちゃったのよー!」
宿舎の部屋には木箱がいくつか置いてあってそこに兵員の私物を入れてあった。アルヴィナはそこにウイスキーを隠していたらしい。
それにしても──いい値段するウイスキーねえ。
わざわざ高いお酒を欲しがる人の気持ちはよく分からん。ていうか、そのウイスキーって絶対ヤミ市で買った敵性品だろ。
「そうか。そりゃ災難だったなドンマイ」で済めばどれだけ良かったことやら。
軍属神官殿が敵性品所持の咎でアルヴィナを呼び出し、アルヴィナは「皆が戦争のために色々なものを犠牲にして献身しているというのに貴様は……」という内容のお説教をたっぷり聞かされた挙句、罰として整備の下働きを命じられたのだった。まあ懲罰としては軽い方だろう。下手をすれば懲罰部隊送りだ。
ただ、問題はこの後。軍属神官殿にチクったのがベルだったと分かったのだ。
私はアルヴィナの耳に入れたくはなかったがすぐにアルヴィナが噂を聞きつけてベルを詰問した。
そしたらベルは悪びれもせず、軍属神官殿と全く同じ内容でアルヴィナを責め立てたのだ。おまけに連帯責任を逃れるために内部告発という手段に出たことも明かした。
当然というか、アルヴィナはブチ切れた。
そして冒頭の殴り合いと相成ったわけだ。
「5万ラゾもしたのに!お給料からやりくりして買ったのに!よくも!!」
「はあ!?そんなに出してわざわざ敵性品買う方がおかしいでしょうが!」
「黙れ黙れ黙れええええ!」
アルヴィナがマウントを取ったと思ったらベルが機転を利かせて唾を吹っかける。
アルヴィナが一瞬怯んで力を緩めた隙にベルがアルヴィナのお腹を蹴っ飛ばして脱出する。
しかし、完全に脱出する前にアルヴィナが再び組みついた。
もう収拾がつかなくなりそうだったので私は強硬手段に出ることにした。
「痛っ!」
「痛い!」
2人揃って私にシャベルで引っ叩かれ、頭を押さえる。
手加減はした。本気で殴ったら死にかねないから。
◇
2人を座らせた私は改めて2人の言い分を聞く。
「2人とも1分で言い訳しろ。内容が気に入ったら報告しないでおいてやる」
なんて言ってみたがたぶん様になってない。まあ、指摘してきたらまた引っ叩くだけだけどね。
「アバルキナが敵性品を……」
「先輩、だろ?」
ベルがアルヴィナを呼び捨てにするので睨んでおく。放置したらこの手の人間は増長しやがるからな。
「アバルキナ先輩が所持禁止の敵性品を隠し持っていましたのでルール違反を見過ごせませんでした」
どうみても自分は悪くないと思っている顔でベルが申し開きをする。
「はあ!?敵性品って何よ!ただのお酒じゃない!」
「ルールで決まってるんだから守りなさいよ!」
「そんなルールある意味ないじゃない!」
また言い争いが始まった。
これじゃ埒があかない。
「あーもう!分かった!2人別々に言い訳聞くわ。アルヴィナは出てって」
まずベルから対処することにした。コイツとは少し論争が必要そうだから。
それにアルヴィナの慰め方は簡単だ。泣き止むまでハグして胸に埋めてやればいい。だから後回しでもいいだろう。
アルヴィナはわんわん泣きながら走り去っていった。
今夜はまた添い寝になるかな。
さてと。問題はこのルールにこだわるベルだな。
「ねえ、ベル。そのウイスキーを見つけた経緯は何?」
「──掃除してたら箱をひっくり返してしまって、偶然見つけました」
なるほどな。息子の部屋を掃除してたら思春期少年のバイブルを発見した時の母親みたいなパティーンだ。
「ベル。この際だからハッキリ言っておく。今度何か見つけたらまず私に言え。いいな?」
「それって……」
「私に言え。いいか?軍隊だって所詮人の集まりだ。人が皆素直にルールに従うわけじゃないことくらいわかるだろ?それに何か楽しみがないと辛い仕事はやってられないってことも」
ベルは黙り込む。
私はベルの楽しみを聞き出す。
「ベルの楽しみは何なんだ?食事か?」
「──はい。正直量ばかりで味は好きじゃないですけど」
「素直でよろしい。楽しみなメニューとかない?」
「──あります。時々出るシルニキとか」
シルニキか。いつ出てくるかわからない小さなチーズパンケーキだ。
およそスイーツというものがほとんど存在しないこの世界のユニオンで唯一と言っていいお手軽な甘いお菓子。
女性兵士たちの多くが次に食事で出るのを楽しみにしている。
やっぱりベルも女の子だ。
「あいつにとっては酒がベルにとってのシルニキなんだよ。それにね、あいつはこらえ性がないから支給品じゃ足りなくて自分で買いたがるんだ」
情に訴えてみるがベルは納得していない。
「でも、敵性品ですよ?」
ならば次の手。
「ベル。敵性品とか禁止物って誰が決めたの?」
「それは──政府の人たちでしょうか」
「要するに他人が決めたことだろ?ベル、兵士はね、自分で考えなきゃいけないんだよ。上官の命令に服従するのはもちろんだけど、最後に頼れるのは自分の頭だけ。自分を体を思い通りに動かせるのは自分だけだろ?」
「──はい」
「何が正しいか、何のために戦うのかは自分の頭で考えて答えを出して初めて信じていいものなんだよ。他人が決めたことを何の疑問もなく信じていたら大事な判断とか決断も他人に任せるようになる。そうなったら──後は死ぬだけだよ」
ベルが目を見開く。
まあ、名言か迷言かはさておき、私が今言葉にできる信念だ。
似たようなことは前世でもよく言ってたが独り言としてだった。
言ってしまってから恥ずかしくなってくる。
「敵性品を持ってたからってアルヴィナは裏切り者でも何でもない。ただ大好物を我慢できないだけのバカだよ。ルールを破ったのは確かだけどそれにしたってあいつ1人で私にもバレずに隠してたんだ。大勢でつるんで、発覚したら責任をなすり付け合うクズに比べりゃ可愛いもんじゃんか」
ベルは俯いている。
「アルヴィナに謝れとは言わない。でもね、あいつの気持ちも考えてやれよ」
「──はい。すみませんでした」
ベルは涙をこらえていた。
まあ無理もないかな。自分の正義を否定されるのって辛いものだし。
でも戦車は1人じゃ動かない。クルーがぶつかり合ってたらまともに戦えなくなる。普段衝突が絶えない仲間同士が戦場ではうまく連携する、などという都合のいい話はない。
日頃から価値観のすり合わせや折衷を怠るわけにはいかないのだ。
◇
その夜、私はアルヴィナと飲みに行った。
そこで彼女の言い訳、もとい愚痴をたっぷりと聞かされたのだった。