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#08 再びの転生

またたびの先生

 俺は気付くと、謎の空間にいた。


「ここは……?」


 だけど俺には、なんとなく見覚えがあった。


「確か、ここって……」


 俺は辺りをキョロキョロと見渡した。


 ひたすらに灰色なだけの無機質な空間。

 水中みたいに漂っていられる、重力が変質した場所。


「田中さま。お久しぶりです」


 女神だ。


 純白の外套、天使の羽根、そしてさらっさらの肩まで金髪。


 間違いなく俺の目の前には今、女神がいた。


「女神さま。ルーヒューさまですか?」


 俺が最近、会ったのは初心者の試練にいた女神ルーヒューだから、とりあえずそう聞いてみた。

 すると女神は気持ち不機嫌そうに、


「田中さまと知っている私を分からないなんて、ちょっと悲しいです……」


 と言うので、そこで俺はこの女神が誰かようやく分かった。


 ▽


 女神ホワイトル。

 見た目だけだと女神ってそっくりだから混乱してしまっただけで、言われてみれば女神ルーヒューは確かに、俺を昆布太郎とは知らないのだ。


「田中さま。今日は田中さまにお聞きしたいことがあり、お呼び立てしてしまいました」


 丁寧に、女神は俺にそう挨拶した。


「あの、ホワイトルさまと会うのって俺が転生してからは二回目ですよね?」


 俺はこの世界に転生してから、一度だけ【ステータス】と【アイテムボックス】をもらうためにこの空間に呼び直されたことがあった。


 初めて初心者の洞くつに来た時。

 その時に俺は女神とそんなやり取りをしたんだった。


「おっしゃる通りです」

「まあ、それは別にいいんですけど、聞きたいことっていうのは……?」


 俺は自ら脱線させかけた話を本筋に戻した。


「それは、田中さまはまだ今の世界に未練があるかどうか、ということでございます」


 ▽


 この世界への未練。

 まるで今の世界でも俺が餓死か何かしてしまうとでも言うかのような表現に、俺はちょっぴりムッと来た。


「未練っておかしくないですか? 俺は魔物使いとして、そりゃ色々ありますけど今はゴブぞうたちとも、うまくやってます。マスターも良い人で、俺は幸せです!」


 ひと息にそこまで言い切ってみせた。


「ふふ。それは何よりです、田中さま。ただ、田中さまに私は謝らなければならないこともあるのです。まずはそれを聞いていただけますか?」


 女神があんまり澄んだ瞳で俺を見るので、俺はうっかりうなずいた。


「ありがとうございます。実は田中さま。あなた様はまだ、死んでいないのです」


 まだ死んでいない。

 そりゃそうだ。俺は不死チートを持つのだから死ぬわけはない。


 ▽


 とは言っても、話をよくよく聞いてみるとどうも女神が言いたいのは、そういうことではないようだ。


「つまり、こういうことです。――田中さまは、元の肉体が生きた状態で魂だけが剥がれてしまった。つまり幽体離脱のような状態なのです」


 そういえば、と俺はそこまで聞いて思い出した。

 餓死しかけて幽体離脱していた俺。そんな俺はその後、確かにそのまま女神ホワイトルがいるこの空間に来ていた。


「なんとなくは覚えてますけど……」


 俺は正直に答えた。


「田中さまのいる世界の時間は、田中さまが、その……いわゆる生死のハザマをさ迷い出した瞬間に止めさせていただきました」


 女神ホワイトルは「生死のハザマ」という言葉を言いにくそうに、しかしかなりとんでもない事実を俺に告げた。


「それって、俺は、昆布太郎の俺はどうなっちゃったんですか?」


 分かったようで分かってない、まだ混乱気味の俺はそう女神に聞いてみた。


 ▽


 女神はおおよそ、次のような説明をしてくれた。


 元の世界は今、俺がほぼ死んだ時点で時間が止まっているらしい。


 そして、俺は魂だけを新しい若い肉体に移され、レイジ・マクスガムとして新たな人生を送っているということだそうだ。


「そこで田中さまにお聞きしたいのは、元の世界に戻りたくはないか、ということなのです」


 元の世界に戻る。

 それは結局、昆布太郎に戻るということになるだろう。


「俺は、……いや、ホワイトルさま。そんなのもっと早く言ってくださいよ~」


 だって今の俺には、マスターがいて、【魔物の書】がいて、ゴブぞうたちがいる。


 嫌われちゃったけどルルエナさんもだ。


 ▽


「それに関しては、本当に申し訳なく思います。第二の人生を楽しんでほしいという思いは、田中さまが田中さまとしてここに来た時から真実、変わってません」


 女神はとても丁寧に話してくれるので、ついつい俺も真剣に聞いてしまう。


「けれども、神々の間での話し合いの結果はいつも出るのが遅いものなのです」

「神々の……話し合い?」


 神々の話し合い。

 俺が転生を認められたのも、そもそもは女神ホワイトルよりずっと偉い神さまたちの話し合いで決まったらしいのだ。


 そして、つい先日になって俺に関する色々が決まってきたようなのである。


「田中さまはレイジさまとなられてからも、とても頑張っておられました。神々はそれを大いに評価し、あなた様に再転生の許可を与えたのです」


 ▽


「さ、再転生?」


 聞き慣れない言葉に俺は何回目か分からない混乱を覚えた。


 俺を昆布太郎として元の世界で復活させる。それを神さまたちは再び転生するという意味で、再転生と名付けたらしい。


「田中さまは世界を変えたのです。今までにも転生して強い冒険者になった人間はたくさんいます。しかし田中さまは誰よりも優しい、新しい冒険者として神々に認められ、異例である再転生という方法をして良いと決まったのですよ!」


 優しい冒険者。

 魔物と常に対等に向き合ってきて、ぶつかっては乗り越えて来た俺を神さまたちは、そう見ていたらしい。


「で、でも。そうだとしても俺には……」


 再転生したとして、俺に待つのは売れない小説家、底辺の人生が待つだけだ。


 下手したら社長みたいに、誰とも知れない不良にボコボコにされて死ぬかもしれない。


 ▽


「田中さま、どうなさいましたか?」


 女神は心から心配した様子で俺を見た。


「そ、そうだ。俺には昔、勤めていた会社があるんですけど、その社長がどうしてるか分かりませんか?」


 ゴブぞうをきっかけに蘇った、懐かしい社長の記憶。

 それが俺に、そんな質問をさせた。


「……それはカナマワリ社長のことですね?」

「えっ。ああ、確かにその人です」


 カナマワリ商事のカナマワリ社長。

 会社がある内は、近所でも評判のバイタリティー溢れる会社だったのを俺は思い出した。


「社長は、事故でお亡くなりになりました。奇しくも田中さまがこうなる前日のことです」


 ▽


 俺は目の前が真っ暗になった。


「だったら尚更……俺には生き返る意味がない」


 せめて社長に会えれば、前向きな気持ちを取り戻したことを伝えられればその後は極端な話、死んだっていい。


 でも、俺には他に頼るべき人はいない。


 クズに成り下がっていた俺のせいで、ろくに良い思いを出来なかった両親はどちらも重い病で死んだ。

 俺のせいだ……。


「生き返らないです。またマスターたちがいる世界に戻してください!」


 俺は決意した。

 意味がないのだから戻らない。


 もう、あの世界は俺を必要としていないのだ。


「た、田中さま。本当によろしいのですか? 今後の行動次第では、再転生の許可は取り消される場合があります」


 俺が今の世界で何かやらかしてしまったら、折角の再転生は禁じられるかもしれないと女神は言っている。


 俺はそれを聞いても、少なくとも今は生き返る意味を見つけられないでいた。


「構いません。いや、分からないけど、今はまだ俺を必要としてくれる世界にいたいんです」


 女神は心なしか悲しい顔をした。

 優しい女神さまだ。そしてそんな女神を悲しませる俺は、まだまだ底辺のカス野郎なんだろう。


 しかし無情にも俺の言葉は聞き入れられ、俺は今の世界に帰っていった。

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