#07 ゴブリン狩りのキーくん
パプアニューギニアは、ギニアとは違うんで。
ついについに、俺はオーク・ロードの魔核を納品して念願のCランク冒険者になった。
「いえーい!」
そしてやはりルルエナさんに満を持しての愛の告白をするため、その日の夕方、斧豚の町から戻ると勇気を出してデートに誘った。
「ルルエナさん。ぼ、ぼぼぼボクと一緒に、その……」
俺はつい、どもってしまう。しかし、
「え、なんでしょう?」
とグリーン・ロックを支えてきた女神の笑みで、ルルエナさんは俺に微笑んだ。
いやあ、Cランクになって拝むルルエナさんのスマイルはまた格別だ。
「ふふ、なんでしょう?」
何度でも微笑んでくれるルルエナさん。
「ぼ、ボクはあなたが……」
「レイジくん、おめでとう!」
ジルだ。なんて間の悪いヤツなんだ。
「ジル。すまない、今は俺がルルエナさんと……」
俺は会話の主導権を握ろうと、ジルに発言させないよう遮ろうとした。
「ほう。Cランクになったからってすっかりご機嫌みたいだが、何事も油断は禁物だぞ」
とまあ、ジルはいつもの如くではある。
▽
大した会話もしていないのに、やがてジルは帰ってしまった。
「何だったんだ、アイツ」
俺はため息まじりに呟いた。
「あれでも心配してるみたいですよ、レイジさんのこと」
ルルエナさんはそう言うが、俺はジルがそんな善人とは思えない。
「え~、まさか。だってジルはAランクの頂点で、俺はついこの間まで底辺Dランク。そんなアイツが何を心配するんです?」
「……レイジさん、変わりましたね」
まただ。初心者の試練でも聞いた。
みんな、そう言うんだ。なんでだよ?
「いや、気のせいですよ!」
俺は思ったままを言った。
「色々ありすぎたのかもしれないですけど、あなた、おかしいですよ」
意味が分からない。
▽
「俺が変わったのなら、それはもう戻らないですよ」
俺はまたしても思ったままを言った。
「レ、レイジさん……」
こんな事を言うつもりじゃなかったんだけどな。昆布太郎の頃の自分を受け入れるのは、俺には早すぎたのかな。
(社長……時間って待ってくれませんね!)
もしかしなくても俺はやっぱり、昆布太郎の頃からの人間的な欠陥を抱えっぱなしで見た目だけ良い人間で、それが露見しちゃっただけなのかもしれないな。
だって社畜で底辺が芯まで身に染みてて、急に女神が来て王子になれるか?
なれないよ!
「レイジさん、やっぱり変わりました」
俺はもう何も言葉を交わすことなく、マスターをも顧みないで外に出た。
▽
「ああああああ」
俺はパープ平原で思い切り叫んだ。
「ああああああ」
似たような境遇からジルみたいに這い上がって、誰からも期待される人間に進化したヤツもいるかもしれない。
でも、そんなの一握りだろと思う。
そりゃ、勢いでルルエナさんをデートに誘えてたら何か違ったかもしれない。
でも、そんなの気のせいだろと思う。
なぜならルルエナさんは、俺を変わったと考えていた。
つまりそれは、デートに誘ったって断られていたということだ。
「俺は誰なんだよ?」
俺は誰なのか、だんだんそれが曖昧になってきた。
▽
「すみません、ちょっといいですか?」
ふと声のする方を見ると、1人の少年がいた。
以前にバーヌに絡まれていたセレブっぽい少年ではなく、あの少年よりは戦士って面構えだ。
装備も鉄鎧で気合いが入ってる。
「何かな。俺は今、1人になりたいんだ」
すると少年は、不思議なことを言い始めた。
「ゴブリンを出せませんか?」
ゴブリンを出す。
正確な意味は掴みかねたが、おそらくテイムしたゴブリンを召喚出来るかという意味と思われた。
「キミ、俺が魔物使いだって分かるのかい?」
俺が魔物使いだと知っているなら、ジルとかバーヌとかの知り合いかもしれない。
なぜならヤツらは俺を嫌っていて、良からぬ情報を誰かに与えているはずだからだ。
「えっ。い、いやまあ、そんなことより出せるんですか。出せないんですか?」
怪しい。すごく怪しい。
▽
「出せるよ」
まあ、ゴブリン出すくらいわけないから俺はそう言ってゴブぞうを出した。
「〈ウナギ食いまくる〉」
ゴブぞうはゴブぞうで、いつも通り。
と、次の瞬間。
「グルルルルル」
ゴブぞうは呻き声をあげていた。
それは痛みから来る苦しみの声だ。
「ふっ、……ははははは」
少年の手には禍禍しい形のダガーが握られていた。
『お、おい。レイジさん。あれはマズい』
なぜか【書】が怯え出した。
▽
そしてゴブぞうは戦闘不能になり【書】に戻ったが、ゴブぞうの名前の上に不気味な紋様が浮かび上がっていた。
まるで死神に翼が生えたような、薄気味悪い模様だ。
「ボクを殺すか、この〈鬼刺し〉を壊すかしないと、もうそいつは出てこれない」
少年は余裕と歪みがないまぜになった表情で解説をした。
「ボクを殺すなんて出来ないよね、だってバーヌさんを見逃す甘ちゃんだもん」
どうやらやはりこの少年は、バーヌの息がかかった悪い少年なのだ。
「それは違うぞ、少年」
「キージュプラ=イダーカルシ。キーって呼んでくれていいよ」
少年はなぜか自己紹介してきたが、構わず俺は続けた。
「俺はバーヌを見逃したんじゃない。俺は戦闘能力が低いカス冒険者だから逃げただけだ!」
▽
正直者はバカを見るというが、今回ばかりはバカを見ているのは確実にキーとかいう少年だ。
「くくっ。何がカス冒険者だからだ。ゴブリン狩りであるボクに向かっていきなりゴブリン装備を見せびらかすなんて、とんだベテラン・テイマーじゃないか!」
キーは変な角度からぶちギレてきた。
「狂ってるな。ふん、どうせその短剣に呪われたか、バーヌに洗脳されたかだろ。待ってろキー。いつか必ず、その呪いを解く」
俺も思わずテンパって、呪いとか持ち出してしまった。
「くくくく。本当に勘が鋭いお兄さんだ」
偉い。ちゃんと見た目通りにお兄さんなんて呼んでくれる純粋な少年を異世界で発見した俺。
「鬼刺し。このダガーこそが今の俺の人格だ。この体の本当の持ち主、本物のキーはこの体の中で眠ってもらっている」
人格とか高尚な言葉すぎて一瞬ビビッたけど、どうやら目の前にいるのは鬼刺しが人格の眠ってキー少年のようだ。
は?
▽
「ごめん、本物のキーがなんて?」
「くく、とぼける天才だな。そんなに愚かでテイマーの上位職、魔物使いであるはずがなかろう!」
えっ、魔物使いってテイマーの上位職なの?
へえ、で、上位職ってなんなんだ。
「よく分からないけどな、キー。俺はもうまともに戦えるゴブリンをテイムしてない。帰るんだ」
よし、言うべきことを言った。
「か、帰れだと? 鬼刺しの怖さを知らないんだな。呪縛こそゴブリンにしか効かないが、殺傷能力は折り紙つきだ」
殺傷能力という恐ろしい表現からの折り紙つきとかいう愛らしい表現に戸惑うしかない俺を、ダガーが貫いた。
「いででで。な、何回刺すんだ」
俺は不死だが、刺されたら痛い。
全く、肝心なことをバーヌは伝え忘れているな。
いや、そう言えばバーヌはそこまでは知らないかも。
▽
いや、知ってなかったか?
まあ、どっちでもいいか。バーヌだし。
「って、何回刺すんだよ?」
かれこれ千回くらい刺されて、俺は俺でなんで逃げないんだろう。
「はあ、はあ。ば、化け物かお前!」
千回刺さないと気付けないとか、どんだけおバカさんなんだか。
「おいおい。キーくん」
「く、くん付けするな!」
少年だなあ。
くん付けされるの避けたがる、俺もそんな子どもだった。
「キーくん。もうゴブリンは出せないから帰るんだ。家まで送ろうか?」
俺も俺で親切だなあ。
この親切さは、不死で培った忍耐のたまものだ。
「いや、いいよ。帰れるよ。じゃあな」
そしてキーは帰っていった。
多分、方角からして斧豚の町だ。
今度、立ち寄ったら探してみようと思う。