#06 ランクアップ戦!
心頭滅却しても火はあっつい。
黄色くなったゴブぞうで、俺はオーク・ロードとの決戦に臨む。
しかしその前に、黄色いゴブぞうがどれだけ強いのかを確かめる必要があった。
もしゴブリン装備が大して強くならない、微妙グッズならレベリングでなんとかする覚悟だ。
そんなわけで、俺とマスターは斧豚の町に再びやって来た。
「さあ、ゴブぞう。まずはオーク相手に肩慣らしだ」
「〈ウナギ食いまくる〉」
黄色くなったからか、口癖もアップグレードしたゴブぞうが出てきた。
まあ黄色くなったというか、断トツで鍛えたゴブぞうが着ぐるみ着っぱなしなだけだけどな!
「〈黄色いゴブリンぶひ、弱そうぶひぃい〉」
▽
ゴブぞうが黄色いからって、オークたちは徒党を組んで襲ってきた。
はずれなんてモンじゃねえ。
完全にバトルがノーマルからハードに難易度変更されちゃってる。
「ゴブぞう、それ脱げ。俺たちは担がされたんだ!」
「まあ待つチ、レイジ。ゴブリン装備がその程度と本気で思っているチか?」
「マスター。し、しかし……」
俺がマスターすら疑い始めた、その時である。
「〈ウナギ食いまくる~!〉」
ゴブぞうはなんと、下級とはいえ土魔法【ストーン・クラッシュ】でオークたちを殲滅したのだ。
「ゴ、ゴブぞう」
俺は口をパクパクさせながらも、なんとか落ち着いてゴブぞうを労った。
▽
どうやらゴブリン装備は、黄色い見た目通りというべきか下級土魔法を魔法パワーなしで無限に使用できる、ちょっとしたチート装備らしい。
「これ、他のゴブリンを鍛えるのにも便利すぎますよ」
「良かったチねえ。苦労の甲斐があったのチよ」
マスターはのんきなモノだ。
気付いてないんだろうな。俺が陰でミュスって呼び捨てにしてるの……。
(だって、【魔物の書】に見捨てられかける、へっぽこな俺を助ける時点で見る目なさすぎだろ?)
まあいつか話したとは思うけどその前から、ちょいちょいディスってはいた。
具体的には、マスターって呼び始めて間もなくだ。
▽
だってそりゃそうだろ?
女神だったとか言い出す幼女だよ?
そりゃテイマーとしては確実に俺より格上なだけにマスターとは呼ぶようにしている。
でも、他のテイマーを知らない俺からすれば、いまだに半信半疑でマスターとしている節はある。
もしかしたら俺が無知なだけで、俺より底辺じゃないだけの底辺かもしれないマスターをミュスとは呼んでしまってるわけだよ。
(冷静に考えたら幼女をマスター呼ばわりしてるキモい冒険者なんだよな、俺って)
人として踏み入れてはならない領域に足を突っ込む。
パーティー追放の混乱はあったとはいえ、俺ってだいぶ第二の人生すら狂ってんな~。
まあ楽しく生活させてもらってるから意外と不満はないけどな。
ゴブリン育てるのがまさか面白いとは思わなかったし。
▽
おっと。そんな事より、オーク・ロードだ。
まっ、オークを一撃で屠る岩魔法なら、少なくとも前よりは善戦するだろう。
「ブリゥビャヤヤビジヤ」
オーク・ロードは前にも増してアンデッドな鳴き声だ。
だが別に見た目も雰囲気も、前と変わってない。つまり強くなったりはしてなさそうだ。
「リベンジ行くぞ、ゴブぞう」
「〈ウナギ食いまくる〉」
ゴブぞうは【ストーン・クラッシュ】を唱えた。
「〈なんだその泥団子は!〉」
オーク・ロードは鎧で岩を弾いてしまった。
「〈ウナギ食いまくる〉」
「〈無駄だ無駄だ〉」
「〈ウナギ食いまくる〉」
「〈効かぬわああ〉」
下級岩魔法使い放題なので攻撃チャンスはあるが、そのたびにオーク・ロードは鎧で弾いてしまう。
▽
「ゴブぞう、顔だ。ヤツは顔なら丸出しだから倒せるぞ」
「〈ウナギ食いまくる〉」
ゴブぞうは【ストーン・クラッシュ】を放った。
オーク・ロードの顔に命中した岩石は四散したが、敵はかなり痛がっている。
「よし。効いてる、効いてる」
しかし、相手はCランク魔物。学習能力のあるオーク・ロードは、なんと腕で顔をガードしてきた。
「うげ。ど、どうするゴブぞう」
「〈ウナギ食いまくる〉」
食いまくっててくれと投げやりになりたくなる気持ちをこらえ、なんとか対策を練らねばならない俺。
まあ、Cランク魔物でさえあれば別の魔物でも問題ないけどな。
ちなみにゴーレムもCランクみたいだけど、今さら魔核を頂くのは、なんとなくやめておいた。
▽
オーク・ロードに顔への【ストーン・クラッシュ】作戦が通じない以上、ゴブリン装備の利点はほとんど無効化された。
「マスター。ゴブリン装備で何か他に出来ることはないんですか?」
「ふむ。さっぱり分からんチ」
なんてこった。
それじゃあ何のための試練だったんだ?
「ゴブぞう、仕方ないからレベリングするか。魔法でも勝てないなら地道に限る」
すると、珍しくゴブぞうは無口になった。
やはり汗水流して得た装備で勝てないのは悔しいのだろう。
「〈ウナギ食いまくる〉」
「ゴ、ゴブぞう」
ゴブぞうはそれから何度も【ストーン・クラッシュ】をオーク・ロードに食らわせようと試みたが、やはり鎧と腕防御でなんともならない。
▽
「ゴブぞう、どうして……」
どう考えても、もう敵の構えは完ぺきで話にならない。
諦めたくないとしても、ゴブぞうはおとなになるべきなのだ。
「〈ウナギ食いまくる〉」
俺はゴブぞうに似ている人を知っている。
昆布太郎時代、作家になる前の勤め先。
とある商事会社の社長だ。
「おっしゃあお前ら、ウナギだウナギ。ウナギ食いてえだろお!」
「「「おーーー!」」」
みんな、根拠のないなりに野心とか自信とかに満ちていて、ほとんどめちゃくちゃな会社ではあったけど楽しさもあった。
まあ、めちゃくちゃだったから普通に倒産して、絶望した俺はウェブ小説という選択肢を選んだわけだ。
▽
そんな社長に、今のゴブぞうは重なっていた。
ウナギ、ウナギ、ウナギ。
気持ちをしっかり持てば絶対にいつか勝てる。確かにその思いは素晴らしいと思う。
でも、現実はそんなに甘くない。
「グ……グル……」
ゴブぞうはいつしか満身創痍になっていた。
幾ら動きが鈍重でも、オーク・ロードは賢い。
単調になりがちなゴブぞうの動きは先読みされ、予期せぬ動きで的確にゴブぞうは大量の打撃を浴びていた。
「おらあ、死ねやクソジジイ!」
「勘弁してください……こ、この通りですから」
怯えながら元社員に土下座し、それでも殴られ蹴られていた社長。
身も心も底辺だった俺は、見て見ぬフリをしたんだ。
俺には止められない思い。
たとえつまづくとしても、社長もゴブぞうも俺とは違い、恥をかき地べたを這っても戦うのだろう。
▽
「く、くそったれがあああ」
気付けば俺は、オーク・ロードの脛にしがみついていた。
「〈ご主人様……?〉」
泣けるね。【書】とは違って俺をいつまでもご主人様と呼んでくれる、純粋なゴブぞう。
「昆布くん……!」
社長の声が聞こえたような気がした。
あの時は助けなかった分を、俺は今、社長の分身を思わせるゴブぞうに対して体を張っていた。
(懐かしいな。ウィッシュをテイムした日を思い出す)
後にウィッシュと名付けられるウィスプに掴まり、ゴブぞうと共に初めて戦ったあの日。
それを思い出しながら、俺は壁に激突した。
▽
「がは……っ」
俺が不死なんて知りようがないとは思うが、用心深いのかオーク・ロードは俺を自らの脛ごと地下室の壁に押し付け続けた。
ざまあない。いくら不死でも、動けなければ意味はない。
(あの時と一緒だ)
ジルたちと最後に戦った《獄賢者》ルガシンラとの戦い。
あの後も俺は油断して不死の弱点、気絶という目に遭った。
「〈ウナギ食いまくる〉」
「ぶるびるあぁああ」
ゴブぞうはしかし、油断しなかった。
見事にオーク・ロードの一瞬の隙を突き、【ストーン・クラッシュ】を後頭部に叩きつけて倒したのだ。
オーク・ロードは倒れ、口からキラキラと魔核が飛び出てきた。
「や、やった……な、ゴブ、ぞ……」
「レイジ、レイジぃー!」
「〈ご主人様ー!〉」
俺はマスターとゴブぞうに心配される中、意識を失った。