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#05 餓鬼の道具

ペパーミントで大抵は無難。

 初心者の試練を乗り越えた俺たちは、最後の部屋に進んだ。


 なんとも言えない色合いの、柔らかで神々しい光が差し込む、強くて優しい空間だ。


「レイジさん。そこにあるのが餓鬼の道具、ゴブリン装備です」

「あ、ああ……」


 女神ルーヒューに案内されるままに、俺は部屋の中央にある台座へと進んだ。


 台座には黄金の宝箱が置かれている。


「防犯でカギが付いてますけど、これで開けてくださいね」


 女神ルーヒューから天使の翼をあしらったカギを受けとると、俺は宝箱を開いた。


(期待と不安が入り交じるってこういう感じか……)


 びびりな俺は目をつぶっていたが、ついに勇気を振り絞って目を開けて、ゴブリン装備を直視した。


 ▽


「こ、これは」


 なんというか、黄色のゴブリンだ。

 ゴブリンがちょうど着られるサイズの、着ぐるみという表現が適切なんじゃないかという勢いでゴブリンそのものである。


「頑張ってくれたゴブぞうくんに、早速、着てもらってみてはどうでしょうか?」

「はい。ゴブぞう、来い!」


 召喚されたゴブぞうは、よちよちと歩きながら黄色のゴブリン着ぐるみに辿り着いた。


「〈ウナギ食いてえ〉」

「じゃあ、それ着たらその内、ウナギ食わせてやる」


 ゴブぞうは速攻でうなずくと、いそいそと着ぐるみを装着した。


「〈ウナギ食いてえ〉」


 黄色いゴブぞうだ。


 ▽


 帰るには部屋の奥にあるクリスタルに触れれば良いらしい。

 女神ホワイトルがいた空間にあったのと同じようなヤツっぽい。


「じゃあ女神さま、お世話になりました」

「またいつでもお待ちしてまーす」


 もう用はねえよ、と思いながら、俺はゴブぞうと共に帰還用のクリスタルに触れた。


「あれ……?」


 なんだかクリスタルが機能していないようだ。


「女神さま、クリスタル触りましたけど」

「えっ、何も起きませんか?」


 とたとたと駆けてくる女神ルーヒュー。

 女神の衣装って動きにくそうだな、というのと、ルルエナさんには申し訳ないけど可愛らしいな、というのが半々だ。


 ▽


「魔法パワーを注入したので、今度こそ大丈夫なはずですよ」


 そうは言われたものの、俺は翼の付いたカギを返し忘れていたことにそこで気付いた。


「しまった。女神さま。カギ、カギ」

「あらら。私もすっかり忘れてましたわ」


 カギをしっかり渡したことを確認して、俺たちは帰ろうとクリスタルに触れた。


 そしてまばゆい光が俺とゴブぞうを包んだ。


 ……。


 ……。


 あれ?


「な、なんだここ?」

「〈ウナギ食いてえ〉」


 そこは見覚えのない、しかし先ほどの神々しい感じの光が当たるどこかの建物の屋上だ。


 ▽


「誰か、誰かいませんか?」

「〈ウナギ、ウナギ食いてえ〉」


 俺は声を張り上げて人を呼んだ。


 いるのは見覚えのある白いドラゴンだ。

 確か女神ルーヒューがうっかり召喚してしまった、あのドラゴンである。


「くくっ。女神に巻き込まれたようだな」

「うわ、ドラゴンがしゃべった!」


 なんと、【書】の通訳なしで白いドラゴンがしゃべったのだ。


「何を驚くことがある。今どきのテイマーなら、語学は魔物に教えるべき基本にして必須事項だろう?」

「そ、そうなんですか?」


 ドラゴンは、下手したら俺の何段階か知力が高そうな文章をすらすらと組み立てて話していた。

 そして、それに俺はひたすら戸惑っていたのだ。


 ▽


「レイジか。良い名前だ。我はグラデアフス。偉大な龍、ドドラゴーリンの血を継ぐ始祖の末えいである」

「コイツはゴブぞうです。血とか、よく分からないですけど、すっごくまっすぐで一生懸命なヤツなんですよ」

「〈ウナギ食いてえ〉」

「ふははは。元気でよろしい。将来が楽しみである」


 グラデアフスは豪快に笑った。

 背丈がオーク・ロードよりずっと大きく、七十メートルはある巨体を揺らして笑うので、それだけで酷く空気が振動した。


(女神ってこんな大変な生活するのか)


 俺は他人のこととはいえ、少しばかり女神ルーヒューに同情した。


「そうだ。そういえば、ゴブリンリンはいますか?」

「今は用事でな。こことは別の神庭にいる」

「神庭……?」


 ▽


 神庭っていうのは、神や女神が暮らす神聖な場所らしい。


「そ、そんなすごい所にいて大丈夫かな、俺……」

「大したものだ。神庭に足を踏み入れてそこまで変わらずにいられるのは、心が汚れていない証拠であるぞ」

「そうなんですか?」


 俺、単なる昆布太郎なのにめっちゃ褒められた。


「よし、じゃあ我は女神を呼んで来るから待っていろ」


 そう言うとグラデアフスはすうっと姿を消した。

 どうやらグラデアフスは、女神に召喚されなくても転移魔法で移動できるみたいだ。


「ぽかぽかして、あったかい所だな。ゴブぞう」

「〈ウナギ食いてえ〉」


 ▽


 ほどなくして女神ルーヒューがグラデアフスと共にやって来た。


「本当に本当にごめんなさーい。私ってちょっとだけうっかり者なんです」

「(ちょっとだけ……?)い、いえ。お気になさらず」


 グラデアフスが、ふははと笑うのでまた空気が震えた。

 声だけでこんなになるなら、戦ったら相当に強いのだろう。


「グラちゃん。レイジさんに挨拶はしたのかな?」

「ふはは。当たり前だ。我は一万年の時を生きる太古の龍。挨拶も出来ぬようなひよっことは違うのだ」


 太古の龍の割には、挨拶をしたことを自慢気に語るがまあ、おじいちゃんがなんでも自慢したがるのと一緒なんだろう。


「それではレイジさん。クリスタルを出しますから、それに触れてくださいね」


 ▽


 なんで女神ってクリスタルに触わらせることにこだわるんだろう?


 グラデアフスすら転移で動けるんだから、俺たちを転移魔法で飛ばせばここまでの事態になってないような。


 まあ、帰れるならいいか。


「お世話になりました」

「〈ウナギ食いてえ〉」

「また遊びに来てくださいね」

「我はいつでもお前たちを歓迎するぞ」


 女神ルーヒューとグラデアフスに見送られて、俺たちは初心者の洞くつに、マスターのところに戻っていった。


「ただいま帰りました、マスター」

「ふむ。無事にゴブリン装備は……おお、どうやらゲットしたようだチね」


 マスターは黄色いゴブぞうを見て、全てを理解したようだ。


 ▽●○●○


 そして俺たちは、グリーン・ロックに戻った。

 ひとまず試練を乗り越えたお祝いをするためだ。


「よし。マスター、ゴブぞう。それに【書】の中のみんな。夢のCランクに向けて頑張るぞーッ。えい、えい、おー!」

「えい、えい、おーっチ」

「〈ウナギ、ウナギ、ウナギー!〉」


 ルルエナさんは微笑みながら俺たちを見守っていた。

 そりゃそうだよな。愛する人の活躍は、やっぱり嬉しいと思う。


「冒険、順調みたいですね」


 しかも話しかけてきた。

 いつもの事とも言えるけど、もしかしたらフラグかもしれないからな。


 ここは慎重に言葉を選ぼう。


 ▽


「ふっ。あなたにも見せてあげたかったです。伝説のゴブリン装備をね」

「レイジ、ボケたのチか? ゴブぞうが着てるチ」

「あ、そ、そうとも言いますね」


 そして俺たちとルルエナさんは、なんだかんだで笑い合った。


 いやあ、幸せだなあ。


「これはこれはレイジくん。なんだかご機嫌じゃないか」

「ジル……!」


 ジル、そしてツシュルにラパーナ。

 俺を追放したメンバーが揃い踏みだ。


「レイじい。ぬか喜びは災いの始まりです」

「ラパーナ、ぬか喜びだって? 俺は魔物たちと共に一歩一歩、やっと本当の冒険者として生き始めたんだ。もっと喜んでくれよな?」


 俺は、昆布太郎ではあるけど自信ってモノが分かってきた。

 だからもう追放されたのは後ろめたくない。だからもうラパーナの毒舌に怯えないんだ。


 そんな俺を見て、ツシュルはにこっと笑いかけてくれた。


 試練をくぐり抜けた喜び、それが俺を人として成長させてくれたみたいだ。

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