#03 力試しの時
娑羅双樹と沙羅双樹、キミはどっち派?
俺は緑っぽい光に照らされた部屋に着いた。
そして来た道は例によって結界で塞がれた。
「ぬ、こ、ここは」
『ここはあなたのゴブリンの実力を見るための場所です』
女神ルーヒューの声が引き続き俺に聞こえてきた。
女神の最初期の古風な話し方はなりを潜め、なんとなく普通の話し方に移行していると俺はそこで気付いた。
「え、俺はゴブリンじゃないっすよ……」
『……ここはあなたが【魔物の書】に封じているゴブリンの実力を見るための場所です』
さりげなく言い直した感が満載だが、まあ良いか。
「じゃあ、ゴブぞうで!」
「〈ウナギ食いてえ〉」
出た、絶対にウナギ食いたいを言い張るマン。
ゴブぞうの【見たまんまネーム】はもはやそれにしたいが、長すぎるか。
いや、そもそも見た目じゃないか。
▽
『では試練のための魔物を呼びます』
女神ルーヒューは、何かごにょりと呪文を詠唱した。
すると、知らない天井から白いドラゴンが降って来たのだ。
「おぎゃあああ」
死を予感した俺はめっちゃ叫んだ。
それくらいの凄みというか、もう強い生き物なのが確定している様なのである。
『す、すみません。間違えちゃいました』
女神ルーヒューがまた呪文を唱えると、白いドラゴンは天井にゆっくりと吸い込まれていった。
(なぜ戻りだけ、ゆっくりにしたんだ……?)
おそらく意味はないんだろうけど、試練なだけに全てに意味があると疑ってしまう俺は繊細すぎるのだろうか?
『おほん。こ、今度はちゃんと、戦いになりそうな強さの魔物を呼びますね』
「は、はい」
「〈ウナギ食いてえ〉」
▽
『それでは試練のための魔物を呼びます』
今度は、天井からゴブリンが降ってきた。
「はは。女神さま、今度はゴブリンが来ちゃってますよ」
『あ、はい。それで合ってます』
合ってるのかよ。
見た目には深緑色の肉体からこん棒という装備まで至って普通のゴブリンだぞ?
「本当に合ってますかね。色違いですらないですけど」
『合ってますから、ゴブぞうくんをそこの白線の手前に進ませてください』
よく見ると白線というか、白いテープが二本、床に貼られていたので、近い方のテープの手前に俺はゴブぞうを進ませた。
「頑張れよ、ゴブぞう」
「〈ウナギ食いてえ〉」
▽
『先に力尽きた方の負けです。用意はいいですか?』
「〈オラ、ゴブぞうだ〉」
「〈我が輩はゴブリンリン〉」
(ご、ゴブリンリン……)
俺は笑いをこらえるのに必死だったが、ゴブぞうもゴブリンリンも真剣そのものなので、それを見てなんとか気持ちを立て直した。
『試合、始めなさい!』
「グルル~」
「さあ、どこからでもかかってこいググルルー」
(ゴブリンリン通訳いらずじゃねえか!)
知力が高いのか猛勉強したのか、戦いの間ずっと「せいやー!」とか「あちょー!」とかゴブリンリンがうるさいのだけが印象に刻まれていく。
「ゴブぞう、【アタックこん棒】だ!」
『挑戦者さん、命令は禁止です』
▽
俺が指示を下せない中、しかしゴブぞうにはどっちみち【アタックこん棒】くらいしか出来る事はない。
(頼むぞ。お前以外のゴブリンはレベル2とレベル3なんだ)
ちなみにレベル2がゴブミー、レベル3がゴブリダルだ。
「グルグルル~」
「これで終わりです!」
まるで必殺技を繰り出しまくっているかのような物言いのゴブリンリンだが、これまでに明らかにキックしかしてきていない。
そして終わりですと言いながらの、ようやくの【こん棒アタック】。
余裕で受け止めるゴブぞう。
ゴブぞうからすれば、日本語がペラペラなだけのサンドバッグだ。
▽
「〈ウナギ食いてえ~!〉」
とどめの【こん棒アタック】がゴブリンリンに決まり、地味なこん棒合戦はゴブぞうに軍配が上がった。
「お、やったぜゴブぞう」
「〈ウナギ食いてえ〉」
口はウナギ好き全開だが、しっかりハイタッチはしてくれた。
なんだかんだ、付き合いが長いコイツが一番親しみやすいゴブリンだ。
『おめでとうございます。では2回戦です』
「えっ、まだやるんですか?」
女神ルーヒューが何か呪文を唱えると、ゴブリンリンの体力は全快した。
「ふう、死ぬかと思いました。さあ、ここからが本当のボクの実力です!」
最初こそグルグル言ってたが、どうやらゴブリンリンは語尾も普通にしゃべれるようだ。
▽
『用意は良いですか。試合、始めなさい!』
こん棒合戦がまた始まった。
「〈ウナギ食いてえ~〉」
「ウナギは持ってません!」
ただ体力回復をしてないだけに、じわじわとゴブぞうが押され始めていた。
「女神さま。そういえば何本先取ですか、これは?」
『えっと、じゃあゴブぞうくんは三本で、ゴブリンリンは一本にします』
どんだけ不公平なんだよと俺は思ったが、クレームと見なされて退場になっては、たまらない。
「くっ、頑張れゴブぞう」
「〈ウナギ、ウナギ〉」
やがて俺にはゴブぞうが、まるでウナギだけが生き甲斐の底辺サラリーマンみたいに思えてきた。
もしかしたら実際、気持ちとしてはそんな気持ちなのかもしれない。
▽
「ぐおお、キック、キックアンドキック!」
要はただゴブリンリンが三回キックをしただけだが、弱り始めてきたゴブぞうには避けることが出来なかった。
(なんてこった。まだ一本しか取ってないぞ)
しかもどうやら序盤に【パワー・チャージ】を使い過ぎたようで、もうMPはカラらしい。
(さすが知力C。いや、違うな。俺より知力あるなら分かれ……)
だが女神ルーヒューが自らの段取りの悪さを詫びて、ゴブぞうのMPを一回だけ全快してくれた。
「ラッキー、ラッキー。そのまま落ち着いて一本取ろう」
俺の言葉に勇気をもらったのか、ゴブぞうはしっかり【アタックこん棒】で再びゴブリンリンを沈めた。
▽
『次に一本を取った方が勝ちです。それでは試合、始めなさい!』
ゴブぞうはゴブリンリンの動きを見切ったのか、一瞬でゴブリンリンに勝った。
決め手はもちろん、【パワーこん棒】だ。
「〈ウナギ食いてえ〉」
「ば、バカなあ」
まるで「ウナギ食いてえ」に対するバカなに聞こえるが、まあ負けた事に対するリアクションだと思う。
『お、ゴブぞうくんがゴブリンリンに見事、勝ちました!』
「〈ウナギ食いてえ〉」
全然関係ないけど、なんで女神ルーヒューは姿を現すことなく声だけなんだろう?
不思議だ。まあ、目立ちたくないだけかもな。
「よくやった、ゴブぞう」
「〈ウナギ食いてえ〉」
▽
ゴブリンリンは所在なげに立ち尽くしていた。
『ご、ごめんねゴブリンリン。白いドラゴンを呼んじゃって魔法パワーが切れちゃったから待っててね』
女神ルーヒューがゴブリンリンに謝っていた。
前の試練もだったけど、この女神……相当おっちょこちょいだな。
でもMPらしき力を魔法パワーと呼んでいたのは分かったので、今後は俺も魔法パワーと呼んで行こうと思う。
(HPは難しいな……命パワー?)
俺がそんなしょうもない事を考えている間に、ゴブリンリンは天井に吸い込まれ始めた。
なんか知らんけど、やけにゆっくりだ。
正直、白いドラゴンが戻るより5倍は遅い。
『ごめんねゴブリンリン。魔法パワーを少ししか使えなくて、一番弱い召喚魔法しか使えないの』
「そ、そうですか。ドンマイです!」
ドンマイっていうのもなんか違うけどな。
「ゴブリンリン。またいつか戦おう」
「挑戦者さん……ゴブぞうくんはウナ」
そこでゴブリンリンは天井に消えたので、なんと言おうとしたのかは分からない。
でもぐだぐだしてしまったけど、とにかく俺たちは第三の試練を突破した。