やらずに死ねるか
夏休みが始まった。授業が無いだけで無く、サークルの集まりも無くなる。
正直に言うと寂しいし、暇だし、夏休みはそんなに好きじゃ無い。みんなはだいたいバイト漬けの生活になるか、一気に楽器のレベルを上げようと練習したりする。そんなかんじで夏を過ごすのがデフォルトだった。
今日も僕はゆっこにご飯をご馳走になっていた。今日のメニューは唐揚げの甘酢あんかけ。元々外はカリッと中はしっとりジューシーな唐揚げが、甘酢あんのお陰でジューシーさに拍車が掛かり、衣もしっとりとして、何ともご飯に合うおいしさだった。
しっかりとおいしく頂きました。
ただ、僕は今日、一大決心を胸にやってきている為、いつもよりも味を気にしていられなかった。
裏を返せば、味を気にすることが出来ないくらい、味を味わう事に慣れてきている自分がいた。
「な、なあ……」
それもゆっこのお陰なんだよな。そう心の全てで考えながら、ゆっくり口を開く。
「はい」
なんだか重い空気を察したのか、ゆっこもいつもより少し真面目な雰囲気だ。
遊びに誘おうと言うだけなのに、こんなにも重々しい空気観を演出してしまって、何だか情けなくなってくる。
「よ、よかったらさ……。えっと、いつものお礼が~したいというか何というか」
「……?」
「俺とどっか……あ、遊びに行かないか?」
よ、よし、噛みまくったけど、何とか言いたいことは言えたぞ。21年目にして初めて女の子を遊びに誘ったぞ。
「……」
ゆっこが突然の事にきょとんとしている。そして数秒後、僕の言葉を理解したのか、嬉しそうな表情を作り、
「はい! 行きます!」
そう答えてくれた。
よ、良かった~。断られたらどうしようかと思った。
ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、予定が空いている日を教えてくれ」
「えっとですね……」
そう言いながら、ゆっこがいつも大学に持って行っているショルダーバッグからスケジュール帳を取り出す。
日程は決まったし、行くところも大体は決める事が出来た。これで準備はOK。あとは実行に移すのみ。
その日の深夜、数週間ぶりにバンド練習に入った。僕を含め4人のバンド。うちのサークルでは、メンバーを固定して、好きな曲をコピーすることになっている。なので、僕のバンドはかれこれ3年目を迎えている訳だ。
今日やるのは怒髪天の『やるイスト』ドラムスの巧がやりたいと言い出した曲で、ギターボーカルが好きな光樹は渋々といった感じだったが、練習が始まってしまえば楽しそうに歌っていた。
この曲には応援歌的な面がある。と、僕は思っている。どうせなら今日よりも前に合わせたかった。それでも、頑張った後にやるのもなかなか乙な物だった。
練習後、部室で酒を飲み交わしながら談笑に更ける。そんな中、春樹が急にこんなことを言い出した。
「ゆっことコジローがなんか怪しいって噂聞いたけど、どうなん?」
「どうって?」
僕はとっさにそう答える。この手の話は苦手だ。
「おい。その噂知らんぞ。詳しく!」
巧が面白い事を見つけたと言わんばかりに、食いついてくる。
「なんか、最近よく一緒に居るところを見るとか、仲よさそうとか、そんな事をえっちゃんとかその辺が話してただけ。俺も詳しくは知らん」
「なんだよ証拠不十分か」
巧が急につまらなそうにする。
「んで、どうなん? 実際」
「別に何も無いよ。本当に」
「本当か~? なんか前にゆっこちゃんの手料理食べて泣いてたし、なんか怪しいとは思ってたけど」
光樹も話しに入ってくる。
「いや、本当だって」
本当に恋愛的な目で彼女のことを見ては居ない。でも、そうなると彼女は僕にとって何なんだ……?
う~ん。……あ。
「お母さん?」
「お母さん!? かーちゃんがどうしたよ」
「あ、いや、別に」
「別にって、何かあるだろ。唐突すぎる」
「いやぁ……前の手料理は旨かったし、サークルのお母さん的ポジかなって。そんだけ」
「ああ。いや、年下に母性感じるってお前物好きだなぁ」
春樹が茶化してくる。
「でも、まあ分からんでもない」
「素朴な感じとか、なんかオカンチックなとこある気はするな」
以外にも他2人には好感触だった。
「何にせよ、また食いてぇなあ。あの料理」
光樹にはツボの味だったみたいだ。
でも、僕の心のどっかには、一回食っただけで何分かった気で居るんだ。と言っている自分がいる気がして。って、なんでそんな自分がいるんだ?
「わかる。というかもう誰でもいいから手料理を食わせてくれ~。おじさんは女の子の手料理が食べたいぞ~」
急に春樹がこっち側の意見に来た。そしてこんなことを言うもんだから、部室には笑いが起こる。
この日はこれだけでお開きになった。
何故か僕の心は少しモヤッとしていた。
そんなこんなで幾日が過ぎ――件の日がやってくるのだった。
勇気を出して見て、最良の結果が掴めれば、それに超した事はないですよね。