チャンスを掴め!
電話に出ると、直ぐに声がした。
「もしもし~。コジローさんですか」
「そうだよ」
「今どこですか?」
「大学だよ」
「あら。実はカレー作り過ぎちゃって。どうせなら同じアパートのコジローさんに貰って頂こうかと」
実は僕の住むアパートの3階にゆっこは住んでいる。ちなみに僕は2階だ。
「ええっ!? マジで!? 良いの!?」
「それはいいんですけど、コジローさん、まだ大学なんですよね。冷めちゃうからまた明日、しっかり凍らせて渡しますね」
「いや、ダッシュで帰る。そのままにしておいてくれ」
「え、いや、でも」
ゆっこがそう言うか言わないかの内に電話を切り、その数分後、ゆっこ宅のドアベルを連打した。
「は、早……」
「お、おい……。カレーを寄越せ……」
肩で息をするようにゼーハーゼーハーと荒い呼吸を繰り返す。こんなに走ったのなんて何年ぶりだ? それこそ高校生ぶりなんじゃ……。
「そんなにお腹減っていたんですか?」
「あ、いや……そ、そうだ。腹ぺっこぺこだった」
「じゃあ、ここで食べていきます?」
「いいのか?」
「いいですよ。あ、でもお皿とか無いんで自分家から持ってきて貰わなきゃですけど」
「それは構わない。取ってくる」
「はーい。じゃあ、温めて……
僕は脱兎の如く階段を降り、食器を手にすると疾風迅雷という言葉が似合う速度でゆっこの部屋に帰った。
普段料理はしないし、したところでおいしくないので、皿なんてものは使ったためしがないが、誰かが部屋に来た時、これがないと変に思われるため、置くだけは置いて居た物がついに役立つ時が来た。多少ホコリは被っているが、水でながせば使えない事もない。
「は、早……」
「お、おい……。カレーを寄越せ……」
「そんなにお腹減ってるんですね」
「ああ、もう倒れそう」
ものすごい既視感のある台詞だな……僕はそう思いながら玄関先にへたり込んだ。
席について待っていると、カレーを持ったゆっこが姿を現した。
よくみるとなんだか今日はいつもに増して可愛らしい格好をしている。こう、服の種類とかは分からないが、とにかく可愛い。だが、花より団子。カレーを前にその全てが霞む!
テーブルに並べられたカレーからスパイスのきいた良い香りがする。
良い香りを感じられる時点で期待大だ。いつもなら食べ物の香りすら感じられない。
「あ、そうだ卵割ります? チーズとかいります?」
「そんな贅沢が許されるのか?」
「大げさですね。良いですよ待ってて下さい」
ははは。と笑いながら食卓を立つと冷蔵庫から卵とチーズを持って来てくれた。
「チーズ、ストップ言って下さいね」
「君の許す最大量を」
「もう。しょうがないですね」
そう言ってたっぷりチーズを掛けてくれる。
「お代わりいっぱいあるんで、遠慮なく言って下さい」
「ありがとう」
「それじゃあ、頂きます」
「頂きます」
ゆっこに続いて言うと、早速スプーンを手に取り、ルーを一口だけ掬う。
ゴクリと固唾を飲む。本当に味がするのか? でも、これだけ口に近づけても香りがするという事は……。
恐る恐る口に運ぶ。
そして口に入れた瞬間だった。
何種類入っているか分からないほどのスパイスの香りが先ずダイレクトに響き、その後に優しい甘みが……ひょっとしてこれが隠し味と言うやつのなのか!? これがあの、噂に聞いていた隠し味のリンゴというやつか!?
そして、次はご飯と一緒に食べる。やはり、白米とカレーの組み合わせが最強だというのは真実だったようだ。
じゃあ、これはどうだとチーズの掛かった部分にスプーンを向ける。ルーと白米と溶けたチーズを一気に持ち上げると白い糸を引いてチーズが伸びる。その全てを口に含むと、さっきまでのスパイシーさが嘘のようにまろやかとなり、乳製品の風味が口腔内を満たす。
では、最後にメインディッシュを……と、卵にスプーンを突き立て、黄身とルーを混ぜ過ぎないようにして食べる。さっきのチーズとはまた違ったまろやかさと卵のコクが口の中で溶け合う。
「う、ウマぁぁぁああ」
味がするぞ~~~~~~~!!
「本当ですか!? 良かったです~」
そんな言葉は耳に入らない。僕は最後の一口を頬張ると、大きな声でこう言った。
「おかわり!」
そしてその時初めてカレーから目を逸らし、食べているゆっこを目にした。ゆっこは自分も食べながら、時折こっちをみては嬉しそうにしている。
そういえばなんか前に作った物をおいしいって言ってもらえるのが嬉しいとか何とか言ってたな。恐らくはそういうことなのだろう。
結局この日は4杯食べて、ゆっこの家の鍋と炊飯器を空にした。
「し、幸せ~」
そのまま後ろに倒れ込む。
「あはは。ありがとうございます」
どうやら、メニューが少なければ嘔吐する事もないようだ。
「いやいや、こちらこそありがとうね。本当にありがとう」
起き上がってそう伝える。
「コジローさん本当においしそうに食べてくれますよね。作り甲斐があるってもんです」
「そう? だってまあ、本当においしいし……」
「じゃ、じゃあ、また作るんで食べに来てくれますか?」
「勿論」
なんだか少し照れてる……? 褒められ慣れてないのかな。
「あ、あの、コジローさん、好きな食べ物とかありますか?」
「え? あ~。そうだな。ゆっこの作ってくれるもの(しか味がしないから)かな」
「もう、そんなこと言って褒めても何も出ませんよ」
いや、別に事実を言ったまでだが……。
そのまま出された紅茶を片手に談笑をして、夜の8時頃になった。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
そういって部屋を後にする。
こんなに多幸感漂う夜もなかなかない。
前回が短かったので長めです。次回は短くなる予定です。