僕が口火を切るまで
ピンポーン
無機質なチャイムの音が虚空に響く。
人の居る気配がしない。
しまった。行き違ったか?
何度か押しせども、返事はおろか物音一つしない。ひょっとして怒って居留守決め込まれているのか?
「ははは……。上手く行かないな……」
そのままへたり込んで座り込む。
こうなるんなら、ちゃんと傘を差してきたら良かったし、あんな資材乗り越えずに回り道したら良かった。こうやって身勝手に突っ走るから、こんな風に行き違って、独りよがりに落ち込んで……。
泣きそうだった。それでも体はこんなに濡れているのに、涙の一つも零れてこない。
だが、きっとそれでいいんだ。まだ何も始まっていないのに、泣いてなんか居られない。
……どのくらい経っただろうか。自分の周りに滴り落ちた雨水が水たまりを作り出していた。
「え? コジローさん?」
耳に心地よい声が聞こえる。
顔を上げると、そこには待っていた人が。
僕は嬉しさの余り頭が真っ白になり、何を話して良いか分からなくなった。ショートした頭は挨拶もままならず、どもりながらも、ここに来た理由を伝えようとしていた。
「や、やあ。君に話が――
けれども、君は僕の話なんかちゃんと聞いてなかった。
「びしょ濡れじゃないですか! 私に話? 昨日来てくれなかったのに? ああ、そうじゃない。え~っと、話はちゃんと聞きますから、とりあえずシャワーでも浴びて来て下さい! 風邪引きますよ! その後で、ちゃんと家に入れてあげますから!」
彼女は僕の話をちゃんと聞かず、矢継ぎ早にまくし立て、僕を心配する。
きっといつもの僕だったら、話を聞かない事へ突っ込みを入れるだろう。それでも、今は只心配されるだけで嬉しかったから、僕は反論もせず、その言葉に従った。
自分の部屋に戻ってシャワーを浴びると、再びゆっこの部屋を訪れた。
呼び鈴を押すと、直ぐに扉が開かれる。
「お邪魔します」
久しぶりのこの部屋。数ヶ月前には当たり前の様に来ていたのに、今じゃもう、懐かしさすら感じる。
僕は席に着くと、
「昨日待っててくれたんだよね……。ごめん、ちゃんと今日だって言わずに曖昧にして」
深々と頭を下げ、そう謝った。
「いえ、ちゃんと確認しなった私にも落ち度がありますから……。この件はお互い様ということで、頭を上げて下さい。それで、話というのは?」
「ありがとう。本題に入る前に……というか、これも本題なんだけど。僕の過去の話をさせて下さい。きっとそこから話さないと、上手く伝えられないと思うから……」
僕のその言葉を聞くと、ゆっこは腰を持ち上げる。
「分かりました。長くなりますよね。その前にホットミルクでもいれますよ」
「うん。ありがとうな」
「いえいえ」
暫くすると、電子レンジの駆動音が聞こえてくる。そして、それに続くようにチーーンという音。そして、ミルクが暖まる甘い香りがしてきた。
ゆっこが席に着くと、僕はゆっくりと口を開く。
ちゃんと伝えられるかな。伝わると良いな。
「僕は、僕には味覚が無いんだ」
話の口火を切った。
こんにちは。紅茶です。
お気づきの方も多いと思いますが、次回から過去編です。
コジローの過去、ちゃんと書き切れるでしょうか? 不安が大きいです。
そして、過去編はやっと話の本題、核心に迫ります。
乞うご期待。




