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学祭2日目

 二日目朝。僕は野郎に挟まれて起きた。

 両側から酒臭い息が噴火してくる。

 僕も昨日はちょっと飲み過ぎたみたいで、吐きそうとまでは言わないが、胃がムカムカする。

「あ~~~。呑みすぎた……」

 

 学祭二日目は1日目同様、滞りなく進んでいる。

 だが、お昼休憩が終わった後、事件は起こった。

「こ、コジローさん、巧さん見てませんか?」

 雪利が息を切らして駆け寄ってきた。

「どうかした?」

「……機材トラブルです」

 背中に悪寒が駆け抜けた。

「どんな症状?」

「メインスピーカーから音が出なくなっちゃって……」

「大変じゃん。巧の所在は分からないから、とりあえず僕が見てみるよ。雪は巧探してきて!」

 もし、完全に故障と言うことなら、外部で借りなくてはならない。そうなると、僕の権限じゃどうしようもない……。だから巧の力は必要だった。でも、僕の代、現日活研究会最高学年で卓周りを弄れるのは僕だけだし、行かないと。

 ライブ会場の扉を開けると、なかで雅也が頭を抱えていた。

「おい、雅也。現状はどうなってる?」

「こ、コジローさん」

 そのまま報告を聞いて、雅也や他の部員とトラブルシューティングを試みていく。

 配線の見直し、卓やパワーアンプの確認…………。

「ああ、これ、駄目か……」

 雅也が嘆くようにつぶやく。

「店長に聞いてみるから。まだ諦めるのは早いよ」

 バイト先の店長に電話をかける。直ぐに応答があり、店長の声が聞こえた。

 僕は手短に現状と行ったトラブルシューティングとその結果を伝える。

 店長はそれを元にアドバイスをくれ、僕は後輩を指揮して、店長の指示を実行していく。


 そうこうすること1時間。ようやく音が出た。部員みんなから安堵のため息が漏れる。

 巧は直ぐにみんなを集めると、再会の指示をだす。出番のバンドは慌ててステージに上り、仕事のある人は配置につく。

 14時30分、機材トラブルにより1時間押し。全体で2時間押し……。正直厳しい状況になってきた。

 巧が転換等巻けるところは巻くように指示を出していく。みんなもそれを聞くと、各自持ち場に着き、仕事のない人は控え室に戻っていった。

 僕は特に仕事も出番もないので控え室に戻ると、ベランダ、学祭期間中は喫煙所として使われるそこで、昴さんが招くように手を振っていた。

 一瞬誰に向けているのか分からず、辺りを見回したが、該当しそうな人が僕しかおらず、自分を指さしてみると頷くので、どうやら僕が呼ばれているようだった。

 呼ばれるがまま、ベランダに出る。今日は本当に良い天気だ。雲一つ無い絶好の文化祭日和。昴さんは僕がきちんと引き戸を閉めたことを見届けると、タバコを一本取り出して火をつけた。

「タバコ、辞めたんじゃ無かったんですか?」

「コレばっかりはなかなか辞められんよ……。というか、今時間大丈夫だった? 機材トラブってたみたいだけど」

「ああ、まあ。もう復旧させたんで。多分、きっと、恐らくは、後輩だけでも何とかなると思います」

「そうか。それは良かった」

「で、何ですか? タバコ吸わない僕をわざわざ」

「ああ。そうだった。あの後のことを聞こうと思って」

 昴さんがフーと息を吐く。紫煙が辺りに漂う。

「あの後? ああ。電話の」

「そう」

「はい。何というか。先ずは……と、その前に。そこでこっそり立ち聞きしてるダカさん! 煙見えてますよ!」

「あはは~。見つかっちゃった~」

「あははじゃないです。直ぐにゲロりやがって……」

「ごめんごめん」

「他の人にも喋ったんですか?」

「そんなことしてないよ。本当よ。昴にだけ」

「あのな、コジロー。別にホダカの肩を持つわけじゃ無いけど。コイツはコイツなりに、俺とお前といろんな事を心配して、危惧して、そうして俺に話してきたんだ……と思う。だから、と言っちゃ何だが、まあ、その、許してやってくれ……」

 だかさんがそーだそーだと茶々を入れている。

「いや、そもそもダカさんに相談した時点で、こうなる可能性はあった訳で、だから、その、もう良いですよ」

「やっぱし信用ないのね」

 ダカさんはわざとらしく肩を落として見せた。

「こら、ホダカ。これ以上脱線させるな」

「ごめんごめん」

「あ、そう言えば違う話の途中でしたね。そうですね……。昴さんの話を聞いて、僕は僕なりに考えて、一つけじめをつけて……。そして、明日。ハケ終わった後に。決着をつけます」

「うん。ちゃんと考えてくれたなら、それでいいよ。頑張れな」

 そう言うと、昴さんは思いっきり僕の背を叩く。

「ゲホッ」

 僕は思いっきりむせた。きっと、だから、ちょっと涙が出たんだろう。

 本当、この人たち、いつもはちゃらんぽらんなくせに、こういった一面があるから嫌いになれない。

 そんな風に先輩とじゃれている時だった。いきなり戸が開かれる。煙が建物内に入らないよう、慌てて先輩たちが扉から遠ざかる。

 昌成がひょっこり顔を出すと、一言。

「……あ、あの、コジローさん。ちょっと来てもらえますか?」

 今日の僕はモテモテだった。

 

 昌成に着いて行くと、そこには綾乃さんが立っていた。

 綾乃さんは僕の叔母にあたり、フルネームを春日野綾乃かすがのあやのさんという。

「あ、居た居た。久しぶりね。コジローちゃん」

「綾乃さん……。何で?」

 みんながジロジロと見てくる。ああ、何だろう。何がどうって訳じゃ無いんだけど、なんか気恥ずかしい。

「綾乃さん、ちょっと場所変えない? ここじゃ騒がしくて、話すのには向いてないと思うんだ」

 僕は叔母さんを連れて、一階に向かう。そこでは毎年、女子バスケ部が喫茶店を開いている。サークル外に友達の居ない僕にとっては、一番落ち着いて話せる場所だ。

「で、今日はどうしたの?」

「どうしたのって、一人暮らし始めてから、連絡だけ寄越して、一切帰ってこないじゃない。心配で」

「それは悪かったよ」

「まあ、でも元気そうで良かったわ。毎年お父さんと行こう行こうって話すんだけど、仕事がなかなか忙しくてね。やっと今年はって思ったら、お父さん急に学会に呼ばれちゃって……」

 この、人綾乃さんは、現在における僕の保護者である。話が長くなるから、今は割愛するが、彼女たち夫婦のおかげで今の僕があると言って良いわけで。だから、きっと僕は定期的に帰ったりなんかして、そうして二人に心配かけさせないようにした方が良いんだろうけど……。それでも何だか僕は帰らないで、三年間もズルズルと過ごしてきたのだった。「叔母さん。ごめんね。いつも心配ばっかりかけて」

「ほら、いつも言ってるでしょ? ごめんねじゃなくて?」

「あ、ありがとう……」

「じゃあ、元気な姿見たし、そろそろ帰るかしらね」

「え、もう帰るの? 良かったら、折角だし見てく?」

「え?」

「実は僕、結構ギター上手くなったんだ」


 叔母さんにはandymoriのコピーバンドを見せた。

 僕はえっちゃんや光樹みたいに歌が上手い訳では無いけれど。Peaceをやった時、綾乃さんが目尻を拭っていた気がして。何とも言えない気持ちが、ブワッと湧いて。

 僕も湿る目尻を拭いたかったけど、それでもギターを掴んだ手は離さなかった。


 綾乃さんを見送るとき、丁度屋台が最後の大安売りを始めた。僕は焼きそばを買い、長い帰り道、良かったらお腹の足しにしてほしいと、綾乃さんに託した。一旦は遠慮の意思を示されたが、結局受け取って貰え、学祭が終わって落ち着いたら一回帰ることを約束すると、駅で別れた。


 そうして、三階に戻ると、控え室の前で、男女が話し込んでいた。

「あ、そうなんだ。ドラムね。俺はギターやってたんだよ。懐かしいなあ」

「どんな曲をやってらしたんですか?」

「ん? あ~。XJAPANとか?」

「凄いです! お上手なんですね!」

「まあ?」

 イっさんとゆっこだった。悪寒が背筋に走る。

「イっさん。何してるんです?」

「何って、交流?」

「交流? じゃないですよ。現役生に手を出さないでください」

「手を出さないでって、失礼しちゃうなあ。ただ俺は後輩と交流したいだけなのに」

「ゆっこ、この人、めちゃくちゃにいい人だけど、女癖だけは悪いから、気をつけてね」

「あ、はあ」

ちょっとゆっこの頬が赤い。何でだ?

「何? コジロー、ひょっとして」

 にやにやしながら僕を見てくる。絶対悪いこと考えてる顔だ。

「違いますよ、ただ、僕は先輩として」

「おうおう。言うようになったなあ。あの頃は下っ端根性丸出しで、先輩に胡麻擂ってたのに」

「もう! からかわないで下さいよ。人が悪いなあ」

「ははは。まあ、いいや。興味なくしちゃったわ。とりあえずホダカに聞いてこよ」

「あ、ちょっ!」

 そのままカラカラ笑ってイっさんは卒業生部屋に消えていった。

 本当に、根がいい人だから嫌いになりきれない。

「大丈夫? 何もされてない?」

「されてませんよ。心配しすぎです」

 そう言われて我に返った。僕、今凄く恥ずかしい事しなかったか? 彼女でもない子を男から引き離すような真似なんかして。あ、あれ?

 カーっと体温が上がってくるのを感じる。

「あ、えっと、ちょと用事思い出したから! じゃ!」

 最近逃げてばっかだな……。

 でも、本当、なんで顔を赤くしていたんだろう。


 そんなこんなで夜も深まり20時。最後のバンド、Theうねり。要するには僕のバンドの出番になった。本当ならこの位置は卒業生に与えられるもので、きっとそうあるべきなのだろうけれど、今年卒業する人は居ない。だから繰り上げ当選で僕のバンドが栄えある学祭のトリをやることになったのだった。

 ここまで、後輩の成長ぶりに驚かされて、自分の成長してなさに絶望したり、意味も無く笑って、意味も無く踊って……。うん。今年も楽しかった。

 だから、この学祭を締めくくる者として、最高のステージにしなくては。


 演奏が始まった。THE BLUE HEARTS、怒髪天、THEピーズ……。四人で愛してきたバンドの曲を、各々自分なりに解釈して、意味を持って楽器を手にする。

所詮コピーなれど、されどもバンドだ。僕が、僕たちが考えた演奏曲にその順番。僕たちの意図、企み、込める魂。その何割がこの盛り上がる部員、卒業生たちに届いているか分からない。それでもちょこっとくらいは届くことを信じて。

 「お前ら~~~~~。学祭終わらせるぞ~~~~」

 光樹の怒鳴り声に歓声が上がる。その歓声をかき消すように光樹のギターが響く。

 最後はスピッツの『恋する凡人』で締めくくった。


「おつかれさーーん」

 ヘロヘロで、ほとんど声もかすれた光樹が缶チューハイ片手にそう言うと、みんな口々に笑いながら、仲間を労った。

 先輩たちはと言うと、僕らのバンドを見終わると直ぐ、明日も仕事だからと帰っていってしまった。もっと話したかったし、もっと後輩扱いして欲しかったけど、そうはいかない。彼らはもうオトナになってしまったのだし。

「うねり、めちゃくちゃ良かったです。いや、本当に」

 雪利が近づいてくると、そう言ってくれた。単純に嬉しいけど、疲れた僕はちゃんと相手する事なんてできなくて。

「ああ。ありがとう」

 そのくらいしか言えないのだった。

 みんなボロボロで、何人か椅子に座ったまま寝息を立て始めている者も居る。

 だが、僕はそんなことよりも、なぜかプチ打ち上げをしている間、ゆっこがチラチラ視線を送ってきてきたのか気になった。意味が分からない。だって、話すのは明日の筈だろ……?

 その真相が気になるところだったが、寝た奴らを寝部屋に輸送して帰ってきた頃にはゆっこの姿は消えていたから、その真意は聞き出せなかった。

 それにしても明日、か。

 何とか……。なるよな?

また長くなってしまいました。

この先はちょっと短くなります。

ついに次回で学再編終了!

コジローとゆっこはどうなっていくのか!?

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