学祭1日目
朝8時。目が覚めると、目の前にはすやすや眠るゆっこの顔があった。
……。
「うわっ!」と声を出しそうになるのを我慢して、飛び起きる。
昨晩は……。確か、適当に空いてる布団へ潜り込んだんだっけ? ゆっこが隣だとは思わなかったな……。先に起きられたのは不幸中の幸いか。いや、幸せ中の幸い? まあいいか。
まだみんな寝ている様だった。
バレないなら、もう少し見てても良いかな。とかそんな邪なことを思ったのがいけなかった。
「nん……」
あ、ヤバい。起きるなコイツ。
僕はとっさに布団を抜けだし、身支度を調えるべく、寝部屋を後にした。
朝10時になり、当日分の仕込みを終えると、ライブが始まる。このまま今日は夜の8時までぶっ通しで音を出し続ける。昔は2日にわたって、夜通し行っていたそうだが、部員の減った今ではそういうわけにもいかないのが、なんとも辛い現状だった。
12時くらいになって、お昼ご飯休憩となった。本当は音を絶やしたくないところではあるが、これも人員が足りないため、やむを得ない。
僕は雪利と雅也を連れて階下、学内の通路にひしめき合う、サークル・部活・同好会等各団体の出店を廻る。うどんに焼き鳥、ラーメン、チーズハットグ……etc。少しでも売ろうと、コスプレをしたり、パフォーマンスをしたりと、様々な工夫がされている。
きのう仕込みを頑張ったご褒美というわけだ。勿論、僕は食べたいものなんて一つも無い。
「よし、お前ら。じゃんじゃん食うぞ!」
「やった~」
「ごちそうさまです!」
時間の許す限り、片っ端から回る。
そんな途中で、後ろから声をかけられた。
「おっ。やっと見つけた」
振り返ると、そこには瑞希が立っていた。
「ゲッ」
「ゲッってなんだよ」
「本当に来たの」
「もち。明日は来られなさそうだったから、今日来ちゃった。浩司朗、今日はまだ出番あるん?」
「あるけど……」
「コジローさん、だれですか?」
雪利がポカンとした顔でそう聞いてくる。
「腐れ縁というか、昔なじみ? そんな感じの友達」
「おい、ちゃんと親友って言えよ」
「恥ずかしいじゃん……」
「ほーん。俺たちの仲って恥ずかしいものだったんだな」
瑞希がニヤニヤしながら煽ってくる。
「そんなこと言ってないじゃん!」
「盛り上がってるとこ悪いんですけど、そろそろ戻らないと」
雅也が良いタイミングで声をかけてくれた。
「おお! そうか。じゃあ、また後でな!」
「おい待て!」
「何?」
「どこ行きゃ良いか分からん」
「え? 言ってなかったっけ?」
「お前、この間電話したとき、自分勝手に盛り上がって電話切っただろ」
そういえばそんな気もする。
「悪い悪い。3号館の4階来てくれれば分かると思うよ。じゃ」
僕はそう言うや否やそそくさと3号館へ帰った。
ここでゆっこの話題を出されたらたまったもんじゃない。雅也だって居るんだし。
3号館へ戻ると、卒業生が何人か来ていたが、仲の良い先輩たちはまだ来ていない様だった。
13時の再集合を機に、午後の部が始まる。ここからは本当にノンストップでライブが続いていく。見て・ライブして盛り上がるのは勿論、出演の準備をしたり、裏方をしたり、大忙しだ。
そんな午後の部が始まって半時ほど過ぎた頃、瑞希がやってきた。
「おお~。やってるな~。で、浩司朗、どの子なん?」
「うるさいなあ。俺、そろそろ出番だから、戻って良いか?」
少し嘘だ。出番までもう暫く時間がある。
「つれない事言うなよ。何の楽器やってる子なの?」
僕が黙ってやり過ごそうとしていると、なあなあとしつこく聞いてくる。
鬱陶しい……。しゃあないなあ、もう。
「………………ドラム」
僕がボソッと漏らすと、瑞希の目がキランと光った。
「ドラムって、さっきのバンドの子か。OK! 分かった! じゃ!」
そう言い残すと、瑞希は控え室の方に消えていった。
「おい、こら、余計な事するなよ」
「分かってるよ~」
瑞希の後を追って控え室の方へ行くと、扉の前に男女の影が見えた。
って、あれ、瑞希とゆっこじゃないか。何してるんだよ。
瑞希はゆっこをじろじろ見ながら、「はあ~。へ~。ほお~。この子が……」とか言っている。対するゆっこは完全に怯えていた。
余計な事するなって言ったばっかじゃんか。
「おいこら、瑞希、何してる」
そういって、瑞希の頭にゲンコツを見舞う。
ゆっこがポカンとした顔をしている。
「悪いな。連れが迷惑かけた」
「いえ。コジローさんのお知り合いでしたか」
「まあ」
「まあって何だよ。俺はコイツの親友で成田瑞希って言うんだ。よろしくな」
「あ、はい」
こんな分かりやすく引いてるゆっこを見るのは初めてだった。
「もう良いだろ。次、俺の出番だから、見に来いよ。ほら、ライブ会場の前で待ってろ」
シッシと、手を振る。
「つれない事言うなよ~。俺もゆっこちゃんとおしゃべりしたいな」
「怒るぞ」
「妬くなよ~」
「妬いてないし。ほら、どのみちここじゃ導線の邪魔になるから」
「妬いてるんですか」
「だから、妬いてない! ゆっこも乗っかるなよ」
「あはは。すみません」
「そうだな。今回はおとなしく下がるよ」
「これからも出来れば下がりっぱなしで居てくれると助かるよ」
「へへへ」
そう言うと、瑞希はおとなしくライブ会場の方へと向かっていった。
「ごめんな。昔からああいうやつなんだ」
「いえいえ。でも、意外でした。あんな感じのお友達もいたんですね」
「……あれで、以外と良いやつなんだぞ?」
「そうなんですね」
あ、だめだ~。ゆっこの瑞希に対する不信感が拭えない~。墓穴掘っていってる感じしかしない~。俺の墓穴じゃないけれど。
「お、俺出番だから」
「はい~。がんばってください~」
三十六計逃げるに如かず。
瑞希と駄弁ってヘロヘロになって、ライブして、またヘロヘロになった。
ギターとエフェクターを控え室に運んでいると、後ろから肩を叩かれる。
「おい! お前、そんなにギター上手かったっけ?」
瑞希だった。
「そりゃ、練習してるからね」
「めっちゃ良かった」
「ありがとう」
「特に三曲目の入り! あれは鳥肌が立ったね」
「そうか。そこ、俺弾いてないけどな」
本当に適当なやつだ。
「そうだっけ? まあ、なんでもいいや。俺帰るから、んじゃ、またな」
「え?」
「お前のライブも、ゆっこちゃんも見られたからもう満足だ。あと、言い忘れてたけど、俺明日からマレーシアで、一年くらい旅してくるから」
「え?」
「次に会うときまでには幸せになっとけよ! じゃ」
「お、おう。今日は来てくれてありがとうな! またな!」
「おうともよ」
本当に嵐のような奴だよな。全く。
そんなこんなしている内に日が暮れてきた、18時過ぎ。窓の外に見える出店は営業終了時間となったようで、どんどん店仕舞いしていく。だが、僕たちのタイムテーブルは押しに押して、まだまだバンドが残っていた。
丁度そんな時だった。目の前のエレベーターが空いた。顔を上げると、ダカさんと昴さんが現れた。
「やっと仕事終わって来られたよ~」
「よっ」
2人がそう言って現れた。
「おおお! おはようございます! 待ってましたよ! もう、遅いんだから」
そう言うと、ダカさんが僕のそばに寄ってきて、肩に腕を回すと、そっと一言。
「で、どの子~?」
激しいデジャビュを感じたのだった。
22時を回って、ようやく最後のバンドとなった。
最後のバンドは『Milky Candy』えっちゃんとゆっことミチルのバンドだ。例年、学祭1日目のトリは1年生の居るバンドが選ばれる。雪利も候補ではあったのだが、練習回数とか、日頃の活動などを含めた精査の結果、ゆっこに一歩及ばずという所であったが、何だかかわいそうという意見も上がり、明日のトリ前に出番をもらっているようだった。
一曲目はチャットモンチーの『風吹けば恋』からライブが始まった。ギターボーカルのえっちゃんは流石の事ながら、ミチルもめちゃくちゃ歌が上手いと来ている。これじゃあ、ベース/コーラスと言うより、ツインボーカルにすら聞こえる。いや、トリオと言うべきか? ゆっこの歌も、相当上手かったが、まだ1年生と言うことか、何だか緊張した声で、先輩たちを前に、霞んでしまっているのが勿体ない。
「おい、巧、このバンドめちゃくちゃ良いな」
「ああ。俺たち明日のトリで大丈夫か? 不安になってきた」
「わかる」
近くに居た巧に話しかける。思っている事は同じような事だった。
こんなの見せられたら、先輩たちは感動するけど、震えもするよな……。でも、めっちゃ良いな……ガールズバンドの正解って感じ。
そんな事を思っていたら、4曲目、急にギターがハウった。
「絶望と欲望と~~~~~~~」
えっちゃんが叫んで、マイクもハウる。キーーンと。
まさかのサンボマスターを出してきやがった。
「男の子と~~~~~~~」
ここまで、ガールズバンドのそれもちょっとゆったりした曲の連続だったので、観客はぎょっとした顔を一瞬浮かべはしたが、
「女の子と~~~~~~~~~」
次の瞬間にはステージに向かって駆けだした。
えっちゃんはちょっとハスキーっぽい声をしている所があって、その雰囲気を生かせる曲ばっかりやっていたのだが、
「こんなのまで歌えるなんて聞いてないぞ」
つい、言葉が口を突く。末恐ろしいというか、期待大というか……。
そして、最後の曲も終わり、学祭1日目は大歓声の中終わった。
「はい、1日目お疲れ~!」
僕らは例の如く、お酒を片手に疲れを癒やしていた。だが、今日は特別も特別。いつもとはメンツが違う。そう、卒業生の先輩も一緒なのだ。
「いや~。みんな上手くなったね。びっくりした」
ダカさんがそう言うと、すかさず昴さんが、
「いや、プラシーボだろ」
と茶化す。
「流石に昴さんにはかなわないですよ」
「お、そうか?」
「もう、調子に乗らないの!」
はははははとみんなの笑い声が2号館を明るく照らした。
そんな時。時間にして23時頃。不意にエレベーターの扉が開く。
「遅れながら参上!」
そう言って現れたのは小佐内 勇男さんだった。
イっさんは、OB2年で、僕が入部したときの4年生に当たる。年は離れているが、それでも、とてもかわいがってくれた、大好きな先輩だ。
「遅すぎですよ。今日のライブ、もう終わりました」
「え? マジ? やる気ねえな」
「部員数の問題です」
巧が冷静に突っ込みを入れていく。
「世知辛いねえ」
「全くです」
「俺が空白の世代を止められなかったから……」
昴さんが急にしょげる。
「勝手に悲観的にならないでくださいよ」
「はははは。やっぱり来て良かった。面白おかしいのは変わってないな」
イっさんがそう言う。
「イっさん、今日は何してたんです?」
ダカさんがそう問いかける。
「今日か? 元カノとバトってた」
「またですか?」
「うん。なんか、2ヶ月に1回くらいヨリを戻せって言ってくるんだ。困っちゃうよ」
「で、それ、何人前の元カノなんすか」
春樹が興味深そうにそう聞く。
「え? 数えるのもめんどくさいから数えてない」
「はは! 流石」
そう、この先輩。イっさんは、確かにとても面倒見が良くて、とてもいい人なのだが、なんともまあ、女癖が悪い。短期間で付き合っては離れて、また違う彼女を作ってなんていうのは、もはや日常茶飯事である。彼曰く、永久就職よりも短期バイトらしい。意味が分からん。
「あ、そういえば、今年はどんな子が入ったんだ? かわいい子居る?」
「居ますよ!」
春樹が脊髄反射で反応する。
「じゃあ、今年も女の子入部したんだ」
「勿の論です」
あ~あ。嫌な話だ。
「まあ、でもここまで年が離れちゃうとなあ……」
「写真、見ます?」
「見る見る!」
見るんかいっ!
「おお~。素朴でかわいいね。俺が現役だったら、アタック仕掛けてたね」
初めて、先輩が卒業してくれて良かったなんて思った。
こうして学祭1日目はその幕を下ろした。
切りどころが分からなくて、長くなってしまいました。
すみません。
コレを書いている今、久しぶりの腹痛に悩まされています。
原因なんて両の指くらいしか浮かばないですが。
腹痛は嫌ですね。二日酔いによる激しい嘔吐の次に嫌です。
では、皆様お体に気をつけて。
また来週。