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味気ない手料理

昨日の続き。悪夢の続き。授業は何とも身が入らず、ボーッとしている内に終わっていた。今日はバイトもなければ、バンドもない。ただ、ゆっことの食事はある。

 合宿前は日常的にあったゆっこの手料理。それが、合宿を過ぎた後、こんなにも憂鬱なものになってしまうとは。合宿前には思っても居なかった。自分と向き合っていなかった。ライバルが居るなんて思いもしなかった。

 そんなことは今思ってみても、もう遅いもので、昨日見た光景と、巧の言葉に不安な心を揺さぶられながら、家路を辿る。

 いつも、ご飯が出来る直前になると、メッセージが飛んでくる。家でダラダラしながら、それを待つ。やることはあった。レポートに覚える曲にテスト勉強。それでも、身が入らないのだから仕方が無い。今日の用事を済ましてからじゃないと、何とも出来ない。

 家で過ごすこと2時間。午後7時に手が届きそうな午後6時53分。携帯が震えた。

〈そろそろ来て下さーい〉

 いつも通りの文脈でメッセージが飛んでくる。家の電気を消して、玄関を施錠すると、階段を1つ登り、ゆっこの居る3階に向かう。ゆっこの部屋、314号室。インターフォンをゆっくりと押し込む。カメラすら付いていない、旧型の呼び鈴が部屋の中で木霊する。

 すると、暫くして、ドタドタと音が聞こえ、扉がガッチャンと音を立てて開く。いつも通り。いつも通り。全てがいつも通りで何だか泣きそうになる。

「や、やあ」

「こんばんは。さあ、上がって下さい!」

「今日は何?」

 僕はいつも通り、靴を脱ぎながら、そう問いかける。

「ホワイトソースドリアですよ」

「それはそれは。楽しみだ」

 家の中にはほんのり、チキンライスとチーズの焦げる匂いとが混ざった良い匂いが立ちこめていた。久しぶりに香る料理の匂いにお腹がグ~~、よだれがダラ~。難しい話をする前に、先ずは料理が冷めない内に頂きたい所存。

「あと少しで焼き上がりますからね。席に着いて居て下さい」

 ゆっこの家の、布団が取っ払われたコタツに向かい、席に着く。直ぐにチーンと音が鳴る。ゆっこがしたり顔でアツアツと湯気を立てるドリアをお盆に乗せ、台所からやってきた。

「できあがりです~。うちの実家ではドリアを、フォークで食べるんです。そうすると、1口で食べる量がスプーンよりも減るんで、アツアツでも食べ進められるっていつもお父さんが言うんです」

「何それ。別にスプーンでも変わらない気がするけど」

「でも、私は実際、フォークで食べるの好きですよ」

「じゃあ、僕も試してみようかな」

「是非」

 そう言うと、ゆっこがフォークを渡してくる。銀製の、可愛いと言うよりも綺麗なフォーク。これもいつも通り。見たことも使ったこともあるフォークだ。前に使ったときは何だったっけ、チキンステーキだかなんだかをご馳走になった気がしている。

 とろとろのチーズと、パラパラでベタッとしていないチキンライスが溶け合い、ハーモニーを奏でるゆっこ手製のドリア。チーズの分量も丁度良く、しつこい感じがしない。

 旨い。でも、何だか味に物足りなさを感じる。いつもはちょっと泣きそうになる程おいしいのに、何だろう。味気ない気がする。

「ゆっこ、味付け変えた?」

「いえ? いつも通りですよ? 味、変でした?」

「いや、何となくいつもと違う気がしたから」

「そうですか……。何も変えてないんですけどね」

「気のせいかも」

 そう言いながらフォークを料理と口の間で行き来させていると、ゆっこの面持ちが段々と暗くなっていく。

「……マズいですか?」

「そんなことは全然無い! おいしいよ。本当に」

「……」

ゆっこが押し黙る。まだ手元の器には半分以上ドリアが残っている。

「どうしたの」

「どうもしないです。どうかしてるのは、コジローさんじゃないですか?」

うつむいたまま、ゆっこが話す。

「僕? 僕はいつも通りだよ?」

 いつも通り……、の筈なんだよ。

「そんなことないです。いつもと違います」

「何が」

「今のコジローさん、全然笑ってないです。今日、うちに来てから、コジローさん、一度も笑ってないんです」

 そんなこと……。

「いつもはもっと笑顔です。笑います。多少の冗談でも、笑ってくれます」

 今日、そんなに笑えていなかったのか……。

「何で、そんなに悲しそうな顔してるんですか!」

 君だって悲しそうだ。

 色々な気持ちが迫ってくる。急に手料理を振るい始めたこと、遠出したこと、合宿のこと、昨日のこと。ここでぶちまけてしまったら、きっと楽にはなれないし、後悔が後をついて回るし……。言えない。でも、感情と言葉が腹の底から湧き上がってくる。間欠泉みたいに、ドバッと溢れそうになる。

「なんでって、そんなの」

 言葉が喉に触れる。飲み込む。

「そんなの?」

「言えない」

 苦しい。

「なんでですか……」

「何でも。自分でも整理が付かないから、言えない」

帰りたい。

「言って下さい」

「言わない。ごめん」

 もう帰ろう。

「謝らないで下さい。もう良いです。勿体ないんで、帰るなら、全部食べていって下さい」

 腰を上げかけた僕に、彼女はそう言う。

 腰を落ち着けると、無言でフォークを口に運ぶ。向かいの少女も同じ動作をする。無だった。無そのものだった。味ももう感じない。いつも岩田屋で食べるラーメンみたいに、味がしない。何処の誰が作った食事と同じで味がしない。

「これは独り言なので、聞き流して下さい。

 雅也さんと仲良くなりました。昨日も二人で出かけました。今日も授業で一緒でした。 雅也さんは今日の別れ際、学祭の話をしました。一緒に回ろうと提案されました。

 私は何として良いのか分からず、また返事をする旨を伝えました。

 ただそれだけの報告です。はい。ごちそうさまでした。お粗末様です。

 それでは、おやすみなさい」


 僕は寝た。

 ただひたすらに。

 現実から眼を背ける為に。

 それでも悪夢を見る度に、心が抉られるように削れていった。

 僕が起きたときには、もう、学祭が目前に迫ってきていた。


 この日から1ヶ月近くが経っていた。10月末。

 不安と覚悟の学祭。始まり始まり~


大分書くのがしんどい流れですね。この二人、どうなっちゃうのでしょう? 作者にも分かりません。

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