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悪夢

 それは、合宿も終わり、二学期が始まって少ししたある日。バイトへ向かう為に僕は電車に乗っていた。僕のバイト先は大学の最寄り駅から3駅先の終点、豊部駅前にある楽器屋『Sound Club』だ。いつも通りの時間、いつも通り授業後に、僕は電車の中に居たのだが、そのときふと窓の外を見たのが間違いだった。見なきゃ良かった。KANA-BOONだって、見たくないものは見なくて良いと言っていた。

 駅は池田駅。単線の豊部線はこの駅で上りと下りの電車がすれ違う。スレスレですれ違うため、お互いに電車の中は丸見えになる。

 僕がスマフォからふと視線を上げると、そこにはゆっこと雅也が2人で乗っていた。

 その光景を見て巧の言葉が脳裏を過る――「でも、火の無いところに煙は立たないからな~」――心臓が締め付けられたように苦しくなる。頭の中は真っ白。頭の中から彼女を排除した筈なのに、こうやって現実を見せられると、心が慌てふためく。僕は手を引きたいのに、理性でない何か、もう一人の僕みたいな、僕の中にいる、別の僕が心の中で暴れているようだった。

 僕は本当に諦めてしまいたいのだろうか。

 自分で自分が分からなくなる。


 気が付くと終点、豊部駅に着いていた。バイトまであと10分。思考が停止しても、通い慣れた道は違える事なく、脚が向かう。ぼーっとしたままバイト着のエプロンを着けると、レジ横の椅子に腰掛ける。小さな楽器屋で、バイトも僕しか居ないし、この時間は店長も他の仕事で席を外しているし、その上に客もいない。静かな店内には店長の趣味で流されているメタルの曲だけが聞こえてくる。国も名前も何も知らない海外のバンド。英語の苦手な僕には歌詞の意味も分からない。でも、今日のフリーズした思考には丁度良いBGMだった。

 ゆっこが自分以外の男性と2人っきりで過ごしているところなど、部室であっても見たことが無かった。

 突然に突きつけられた現実。僕はどこかで油断したのか。忘れる事を怠惰に止めていたのか。それとも雅也を甘く見ていたのか。あのとき、雅也がみんなに告白したとき、僕も手を挙げていたら、この惨事には至らなかったのではないか。いや、もっと前、もっと前にゆっこを手放さないように気を付けていたら……。

「おい。おいってば」

「あっ。店長。すみません。ぼーっとしてました」

「こらこら。気を付けてよ。今日はギター二本リペアしておいてね。リペア箇所はいつもの所に書いてあるから」

「わかりました」

 店長が近づいてきている事さえ気が付け無い程に動揺がピークにきていた。

 でも、仕事を言いつけられ、ネジが回る様、ハンダがジュッと溶ける様、そんないつもの光景を目にして、作業に没頭していく内に心が落ち着いて、作業をしている間だけはイヤなことを忘れられた。いつもめんどくさいとか思うバイトもなかなか悪い物じゃない。今日は本気でそう思えた。


 帰り道の電車、携帯にメッセージが届く。

〈こんばんは! 良かったら明日、ご飯食べに来ませんか?〉

 ゆっこだった。合宿からこっち、何度か誘われたが、僕は色々な理由をつけて断っていた。でも、何度も断るのは、いつもと違うとゆっこに思われるのは、ゆっこの機嫌を損ねかねない。だけど、あんな光景を見て直ぐ、僕はゆっこと食事を採ることが出来るなんて到底思えなかった。

 それでも、身体は正直なようで、何だか心臓はドキドキするし、嬉しいような感情が心に迫ってくる。

 沢山悩んで、悩んで。帰り道もどう歩いたか分からないままに先へ進み、気が付いたら家に居た。真上ではないが、上の階には本人が居る。さて、僕はどうしたものか。

 別にこれは雅也を裏切るわけではない。僕は彼女の作る物にしか味を感じられないのだから、みんながおいしいお店で外食するのと同じだ。喩えその飲食店の店員に女性がいても、それは恋愛でも、何でも無いのと同じだ、と、そう自分に言い聞かせて、指を動かす。

〈返信遅れた。伺わせて貰うよ〉

 直ぐに返信が来た。

〈待ってますね!〉間髪入れずに、〈Come On!〉というスタンプ。


 明日……、か。楽しみなのか不安なのか。何とも云えない気分のまま、僕は眠りについたのだった。


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