宴会(しんぼくかい)
夜になり、親睦会を謳った宴会が始まる。10人くらいだとわざわざ大広間を借りるまでも無い。僕の部屋で十分だった。それでも、女子が来ると言うこともあり、夕食が終わると、僕の部屋では大掃除が始まった。
「コジロー。ゴミ袋取ってきて」
「おけ」
「真成、お前以外と荷物散らかしてんのな! ちゃんと片付けろ」
「はーい」
こういうとき、春樹はちょっとだけ頼りになる。彼の指示に従って、どんどんと片付けが進んでいく。
「よし。こんなもんだろ」
春樹がそう言うなら、そうなんだろう。粗方片付いた部屋を見てそう思う。
丁度僕らの掃除が終わったくらいに、みんながそれぞれ手に飲み物とツマミを持って集まる。
机を中心にぐるっと円座に着くと、巧が立ち上がり、口上を垂れ始めた。
「え~こうして、今年も合宿が開催されました。折角みんなで過ごすんだから、親睦を深めましょう! では。利き手に杯を!」
杯なんて良い物を持っていない僕らは、それを合図にカシュッと缶を開栓する。
「乾杯!」
巧の声に続くように、みんなが乾杯!と叫ぶ。
口上が終わったところで、BGMがなり出す。一曲目はチャットモンチーの『青春の一番札所』だった。飲み会で、乾杯したからってこれを流したのは誰だ……?
みんながぺちゃくちゃと話を始める。
暫くすると、巧が立ち上がり、
「皆さん盛り上がってますね! では、盛り上がってきたところで、匿名ゲームをしましょう! ルールは簡単。といっても、ゲームじゃないし、そもそもルールなんてないんだけでどな。まあ、あれですね。意見交換会ですね。今から神を配るんで、お題に沿って書いて下さい――」
まあ、簡単に言えば、サークルをより良くするための意見を募集しますよという訳だ。
それと、この場でランダムに引かれた物が発表されてしまうおまけ付きだけど。
「じゃあ、一個目のお題。『サークルで気になること、改善して欲しいこと』」
みんながそこそこ真剣に紙に書き込んでいく。
「書いたか? じゃあ、集めるぞ~」
みんなが巧の差し出す紙袋に投函していく。
「じゃあ、何個か発表するぞ~」
みんなが部長を注視する。
「じゃあ、これ。何々……? うわっ、まあ良いか。じゃあ、読みます。『3年生バンドTHEうねりの練習後が臭すぎます。ちゃんと終わったら換気して下さい』」
「……」
3年生が全員黙る。
「いや、事実この間めちゃくちゃ臭かったんですよ! 臭いのはともかく、ちゃんと換気して下さい!」
ミチルが怒った。ミチル、怒るんだ……。本当に臭かったんだな。
「いや、ごめんて~。これからはちゃんと換気します! はい! 絶対!」
春樹が茶化すようにしてくれて、難を逃れた。一発目からこれがくるとは。まあ、前回みんなでニンニク料理を食べてから入ったら、次のバンドガールズバンドだったもんな……絶対その時の事だろう。狙い撃ちしたことは墓まで持って行こう。
「もう一枚読んどくぞ~。じゃあ、これかな。読みます~『部室が汚い』」
「あ、これは私も思ってた!」
そう言ってえっちゃんが手を挙げる。
「なんか最近、使った物は出しっぱなしだし、ゴミ箱はあふれかえってるし、私気が付いたら掃除してるけど、気が付かない日もあるんで、みんな気を付けて貰いたいです」
「そうだな。確かに汚い気はする。まあ、土曜のサークル日に1年生が掃除するだけじゃ足りないんだろ。気が付いた人が気遣え~って事で、次のお題――
こんな感じで4つ程お題が出たが、どの回もそんなにおちゃらけないで進んでいくし、雰囲気もこんな感じなのでここでは割愛する。
「じゃあ、メインの行事はここまで。あとは好きに呑んでくれ!」
「わーい!」
みんなが三々五々固まって話を始める。結局、同級生と雅也という、いつものメンツで固まってしまう。
「お前らさ、折角女子が来てるって言うのに、結局このメンツで固まるのかよ」
「うるせえな、彼女持ちめ」
「おい、見てみろ。なんか雪と真成は上手く女子と呑んでるぞ」
「どういうことだ? 雪は女子ウケ良さそうだが……。あのムッツリはどういうことなんんだ!?」
雅也が本気で頭を抱えだす。そんな雅也の肩を抱いて、光樹が耳元で囁く。
「この状況は危ないなあ。雅也さ、今日何かしたの? まさか、あの一言だけで俺たちが動いてくれて、ゴールイン出来るとか思ってないよね?――」
そこまではうっすらと内容が聞こえてくるが、そこからは何も聞こえなかった。何を吹き込まれているのかさっぱりと分からない。サーっと青ざめていく雅也の表情を見るからに、悪魔の囁きか。
光樹が雅也を解放してやると、カタカタと震えた彼が、そういう玩具のようにして、女子の方へと向かっていく。だが、女子の方にたどり着いても、何も出来ない様子で、借りてきた猫のようにちょこんと座っている。
自分はこんな奴に危機感を覚えていたのかと思うと少し情けなくなるが、そんな感情も束の間、好機を捕らえた雅也がトークに交ざり出すと、するすると輪に溶け込んでいく。
やはり、強敵なのかも知れない。
「アイツ、やるな~。発破かけただけあったな」
光樹が感心したように言う。
「元々のポテンシャル高かったんだな~。知らなかった」
「というか、このサークルの女だからだろ。どうせゼミとかバイト先の女とは話せっこないよ」
自分たちが送り出したくせに、どこか嫉妬をむき出したように聞こえる野次を飛ばしていた。
そんな後輩たちの風景を見た僕の胸はチクリと痛んで、その原因なんてもうとっくに気が付いているのだけれど、後輩の背を押してあげたい気もして。
この時の僕は、心が揺らいで、揺らいで、自分で自分が分からなくなりつつあった。
瞬間、チラリ、ゆっこの視線とぶつかる。向こうも気が付いたみたいで、口元をほころばせるようにしてくる。その仕草に心がまた揺らいで、胃の上辺りがザワッとする。苦しさもあった。
苦しいのなら忘れてしまえばいい。
僕の悪魔が囁く。
後輩の為に忘れるんだ。
さっきとは違った悪魔がそう囁く。
僕の中に天使は居なくて。僕はこんな感情忘れた方が良いのでは無いかとさえ思い始めていた。
結局この晩は気が付いたら朝になって、お開きになった。
朝食に向かう途中、ゆっことばったり出くわしたが、心がぐちゃぐちゃになった僕はゆっこを避けて、少し早足気味に歩いた。
作中はまだまだ夏が続きますが、現実はもう冬真っ盛りというか、年末ですね。みなさま如何お過ごしでしょうか。実家でのんびり、お仕事、大事な人と過ごす方……。皆様にとって来年がよいとしでありますよう祈りまして、今年度の投稿を終えようと思います。では、また来年も暴走紅茶をご贔屓に。