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第八話「世界をぶち壊す女」

 レッド・スイート・Pは動けない私を嘲笑うかのように悠然とその場へ降り立つ。それに続いてAKB達も降下し、その手に持っている銃器を私に――グラスボーイに向ける。それをチラリと見て、RレッドSスイートP(プロミネンス)はAKB達を右手で制止する。アレは母さんの……リリン・クリハラの私設部隊だ。それも二軍だか三軍だかの。母の精鋭部隊はAKBどころじゃすまない。完全に私達を舐めている証拠だ。

『下がれ、ここからは親子水入らずだ』

 スピーカーから聞こえる尊大な物言いは、紛れもなく母、リリン・クリハラのものだ。

『……さて、そのガラクタに乗っているんだろう? はやく降りて私のRSPに乗れ。いずれはお前が操縦する王の機体だ、何なら操縦して帰っても――』

 瞬間、私の頭に血が上る。顔中真っ赤になる程頭に来て、私は声を張り上げた。

「ガラクタじゃない!」

『ほう?』

「ダンのグラスボーイは、ガラクタなんかじゃない……!」

 私を二度も助けてくれた機体。今は少しボロボロだけど、だからってガラクタだなんて言わせない、言わせたくない。短い間だけど、一緒に旅して、戦ったグラスボーイを、お母さんなんかに馬鹿にされるのは我慢が出来なかった。

『出来損ないのパイロットに情でも移ったか? アイドルどころか女でも、男ですらないソレは最早人とも言えぬ。破棄されていないのが不思議なくらいだぞ』

 グッと。コクピットのレバーを握る手に力が込められる。

 出来損ない、人じゃない、ガラクタ、破棄されていないのが不思議。

 お母さんはいつだってそうだ。お父さんの時と同じで、私の大切な人を馬鹿にする。こうやって蔑んで、お前に相応しくないだなんて勝手に決めつけて、踏みにじる。私はそれが、やっぱり許せない。煮立った血でも吐き出しそうなくらい熱くなって、私はRSPを……母さんを睨みつけた。

「ダンが……ダンがどんな人かも知らないで! お母さん達が勝手に始めた実験で、どれだけ苦しんだかも知らないで……そんな風に言わないで!」

『知らんな。まるで関係ない。私にも、お前にも』

「絶対戻らない……お母さんの所になんて絶対戻らない! 死んでも戻ってやるもんか!」

 私がそう叫んだのを聞いて、RSPのスピーカーから微笑が漏れる。そしてすぐに、RSPは拳を振り上げた。

『ならば教えてやろう。まずはソレが如何にガラクタか……身をもって知るが良い!』

 RSPの拳は炎を伴う。母の、リリンの生み出す絶大なるアイドルエネルギーが生み出す爆炎は全てを焼き尽くす。

 口ぶりからして、母はある程度加減をするつもりなのだろう。私を殺さないために、グラスボーイをひとまず完全に停止させようという魂胆だ。

 今日までずっと、私は母から逃げてきた。実家を継ぎたくない、アイドルになりたくない一心で。だけどもう、それは今日で終わりにしたい。だって、ダンは、逃げずに戦って私を助けてくれたから。今度はきっと、私が戦う番なんだ。

「お願い……動いて! 動いて、動けぇっ!」

 叫びと共に、力任せにレバーを動かす。その瞬間、私の身体から何かがグラスボーイへ流れていくのを感じる。それがアイドルエネルギーだと気づくのに、コンマ一秒もいらない。

 エネルギーの供給されたグラスボーイの目に光が宿り、日の光を反射させる美しいガラスのフォルムが動き出す。そしてグラスボーイは、拳が当たる前に思い切りRSPを突き飛ばした。

『――何ィッ!?』

 よろめくRSPの顔面に、私はすかさずグラスボーイの拳を叩き込む。シンデレラの操作自体は、マニュアルで嫌になる程教えられている。私にだって、母を一発殴るくらいは出来るんだ!

 しかし喜んだのも束の間、RSPの後ろで構えていたAKB達が口のバルカン砲を発砲し始める。それに対して私が回避行動を取ろうとするよりも速く、どこかから飛来した小さな盾のようなものが銃弾を防ぐ。

「これってまさか……ラインド……!?」

 慌てて盾――ラインドの飛んできた方向へ視線を向けると、そこにはいつの間にか起き上がっていたパンプキン・ドレスの姿があった。いや、それはパンプキン・ドレスと呼ぶにはあまりにも歪だ。上半身が破壊され、下のドレス部分だけがラインドを操っている。生きていること自体驚きだけど、中のレオナも満身創痍なのか浮遊しているパンプキン・ドレスは全く安定していない。今にも落下してしまいそうだった。

『ダンは……殺させない……!』

 だけどラインドも長くはもたない。あの数のAKBに加えてRSPが相手では、私と満身創痍のレオナじゃ話にならない。そもそもグラスボーイのダメージだって決して軽くはない。

 グラスボーイを守っていたラインドが、エネルギー切れでその場に落下する。それを見たAKB達がもう一度発砲しようとしたけど、それをまたしても制止したのはRSPだった。

『やめろ、この私に恥をかかせるな』

 RSPの背中のエネルギーマントが、燃え上がるように紅く染まる。メインカメラがグラスボーイを捉えて真っ赤にギラつくのが見えて、私は思わず肩をビクつかせた。

『お前の成長を喜ぶべきか、それとも親に手を上げたことを叱りつけるべきか決め兼ねていたが……』

 ゆっくりと歩み寄るRSPに、グラスボーイは身構える。だけど次の瞬間、グラスボーイの腹部はRSPの右拳によって殴りつけられていた。

「かっ……!」

 衝撃がコクピットを揺らす。呻き声を上げる私に構いもせず、RSPは左手でグラスボーイを弾き飛ばした。

『折角だ。シンデレラ同士の戦いというものを、叱るついでに今ここで教育してやろう……何――』

 悠然と歩み寄り、RSPはグラスボーイの頭部を掴んで持ち上げる。

『娘を殺しはせん。痛い目には遭ってもらうがな』

 そして今度はグラスボーイに膝蹴りを叩き込む。砕けた装甲が、煌めきながら辺りへ飛び散ったのがサブカメラの端に見えた。

『不意打ちとは言え私に一撃加えたことは称賛に値する。だがその機体がガラクタであることに変わりはない』

「ち、違う……!」

『アンチシンデレラユニット、12(トゥエルブ)クロック最後の一機……十二時のグラスレディ』

 淡々とそう告げてから、RSPは再びグラスボーイに膝蹴りを叩き込む。壊そうと思えばいつでも壊せるハズなのに、わざといたぶっているのが何となくわかる。激しく揺れるコクピットで呻きながらも、私は何とかグラスボーイの両手を動かして反撃のチャンスを伺う。

『結局は(アイドル)もどきが乗る仮初のシンデレラだ。タイムオーバーなどというコストパフォーマンスの悪い一発芸に遅れを取るなど……ヤナナもつまらんアイドルに成り果てたな』

「こ……のぉっ!」

 RSPがグラスボーイの頭から手を放すと同時に、何とか着地を取って踏み込む。そして渾身の右拳をRSPへと伸ばした……けど、それはRSPの右肘と右膝に挟み込まれてしまう。

『良い動きだ、私の血だなカナデ』

「あっ……あぁ……!」

 グラスボーイの右腕が、粉々に破壊される。手首が派手に吹っ飛んで、鈍重な音を立ててRSPの足元に落下した。それを平然と踏み潰し、RSPは絶望するグラスボーイを蹴り飛ばす。

『もう良かろう。戻って来いカナデ』

 それだけは、それだけは絶対に嫌だった。お父さんやダンを馬鹿にしている女の元になんか戻りたくない。そんな人間の後なんて絶対に継ぎたくない。

「嫌だ……!」

『くどい』

「絶対、嫌だ……!」

『お前にはこれからの世界を女王として担う責務がある。それがクリハラ家長女の宿命だ。アイドルによるアイドルの世界を、私の作り上げた世界をお前が統治しなければならない。お前は、頂点に立つべき女なのだ』

 そんなの……そんなの。

「クソくらえだ!」

 頂点なんて、いらない。

 ダンや、お父さんみたいな人達を踏みつけて登る頂点なんて、私はいらない、欲しくない。

「私は……私はっ! 男の人も女の人も、どっちでもない人も……皆が笑って一緒にいられる世界が良い! お母さんが作る世界なんていらない……私がぶっ壊してやるっ!」

 ダンが、アイドルバスターの人達が、私が、皆が笑っていられる世界。支配する側と支配される側なんかじゃない、もっと平等な世界。

 それが途方もない夢だってことはわかってる。平等なんて本当の意味では作れないし、普通の人とアイドルはどうしても違う。だけどそれでも、今のこの世界が間違っていることだけは確かだって思う。

 アイドルの作るアイドルのための世界は……魔法は、終わらせる。

「タイムっ……オーバーっ!」

 満身創痍のグラスボーイから、私のアイドルエネルギーが滲み出す。RSPのアイドルエンジンの機能を低下させんとして染み込んでいく。

 だけどRSPのマントに、一切の淀みはなかった。

 紅く、煌々と燃え盛る紅蓮の女王の佇まいには何の変化もない。コクピットの中で、母が鼻で笑った音が、ハッキリと聞こえた。

『その程度のアイドルエネルギーでこの私を止められるとでも思ったのか……と言いたい所だが、上出来だぞカナデ。お前のパイロット適性は私が思っていた以上だ』

 RSPがゆっくりと歩み寄って来る。最後の頼みの綱だったタイムオーバーまで効果がないのなら、もう打つ手はない。

「ごめん……ダン……っ!」

 結局、私の力では母にはかなわなかった。私を助けてくれたダンを、グラスボーイを守りたかったけど、今の私には出来ない。

 もっとうまくやれれば良かった。今思えば、母の側について内側から世界を変える方法だってあったハズなのに。私は知らなかった、変えられるって、変えようとしてもがいている人達がいるって。

 ダンにもっと早く、会えていれば良かったな……。

「言う台詞が違うだろ」

 不意に、重低音が私の鼓膜を刺激する。

「お前はよくやっただろ。だったら、ごめんじゃねえだろ、あァ?」

 温かい手が、レバーを握る私の手に重なる。あんなに嫌がってた癖に、触るどころか近くにいるのも嫌がってた癖に。私だってこんな奴ゴメンだなんて、最初は思ってたのに。

 嬉しくて温かくて頼もしくて、溢れ出す気持ちが全然止まらない。レバーを握るのに必死で、涙なんて拭っていられなかった。

「お前の台詞は“後は任せた”だッ!」

 起き上がったダンの、絞り出したようなアイドルエネルギーがグラスボーイを満たす。私のアイドルエネルギーと混ざり合って、ダンのアイドルエネルギーがRSPのアイドルエンジンに作用する。

『何……ッ!?』

 女王の動きが、初めて鈍る。燃え盛るマントが少しずつ萎んでいく。

 タイムオーバーを使っているのはグラスボーイだけではなかった。最早動かすことさえままならないハズのパンプキン・ドレスが、レオナが、最後の力を振り絞ってRSPの動きを止めている。

 そして女王の魔法すら解けるこの空間で、AKB達に動ける道理はない。

「ううん……任せない! だってダンだってボロボロじゃない!」

「そうかよ……なら行くぜ! 世界をぶち壊す女、カナデ・ブレイカー!」

「……うん!」

 それで良いんだ。もう私に、クリハラという名前はいらない。

「私は世界をぶち壊す女! カナデ・ブレイカー!」

 唯一残った左腕に、私とダンの最後の力を込める。なけなしの装甲が集約され、必殺の拳が形成される。

「「名前は土産に持っていけ! ワールド・ブレイク……フィストォォォォオオッ!」」

 世界を壊す一撃が、確かに女王を捕らえた。

 さよなら、お母さん。憎かったハズなのに、涙は止められなかった。









「どうだ、気持ち良いか」

「いや全然、めっちゃ痛いんだけど」

「そうか、ならここはどうだ? 凝ってそうだ」

「いやだから痛い痛い痛い! 何で!? 素人でもここまで酷い肩もみはそうそう出来ないよ!?」

「俺は肩もみの才に溢れた男、ダン・マッサージ」

「出来てないっつってんの!」

 二ヶ月後、私は何故か肩をもまれていた。

 あの一件以来、妙にダンが優しくて気持ち悪い。

 かつてはムナゲだのセナゲだのハナゲだのやたらとムダ毛呼ばわりしてきたのに、最近は変な名前で呼ばないし、近くにいるのも嫌そうだった癖に肩までもみ始める始末だ。

「……カナデ」

「……何?」

「実は全く加減がわからん」

 と、ダンが言うと同時にゴリッと嫌な音がして、明らかに凝りの解消とは無縁そうな痛みが私に襲いかかる。

「いだだだだだっ! やめて! やめてってば!」

 ていうか普通にキモかった。

 なんというか、少し分かり合えた感じはするし、前に意気消沈したダンを慰めたことに感謝してくれてる感じはわかるんだけど、私なんて命を助けてもらってるんだからお互い様どころじゃない。だから全然気にしなくて良いというか、普段のダンがアレなせいで気にされると気持ち悪い。日頃あんな感じだから肩もみに限らず、感謝の仕方や気遣いの仕方も加減がわからない、というのは本人の弁だけど。


 女王、リリン・クリハラが死亡してからもう二ヶ月が経った。

 あの時、グラスボーイの一撃を受けたRSPは破壊され、リリン・クリハラは……私の母は命を落とした。その後は動き始めたAKBから、ボロボロのグラスボーイで何とか逃げ延び、撒いてからドルォータに帰還したのはその日の深夜のことだった。

 当然、ダンと私は指名手配され、同時に女王の死は世界中に知れ渡った。次期女王について各地を納めるアイドル達による首脳会議が行われたものの、会議は混迷を極めることになる。当然だ、だって次期女王になるハズのカナデ・クリハラは、女王を殺害した指名手配犯「カナデ・ブレイカー」なのだから。

「……これからどうなっちゃうのかな」

「あン? 何がだ」

「世界……」

 呟くようにそう答えると、横でダンがぷっと吹き出して見せる。

「ちょっと! 何で笑うの!」

「そんなモン、決まってンだろうが」

 そう言って、ダンは私の頭にポンと手を乗せる。そしてその瞬間、私は初めて見た。

「男も女も、どっちでもねー奴も……皆が笑って一緒にいられる世界、だろ?」

 弾けるような、何の屈託もないダンの笑顔。ああ、この人本当はこんな風に笑えるんだ……そうわかって、私も釣られて微笑んだ。

「お前が作るんだ……いや、お前だけじゃない。俺と、皆と、作るンだろ」

「……うん! ……って聞いてたってことはあの時起きてたの!?」

「おう、『動けぇ~』のとこから起きてたぞ」

 それを聞いた瞬間、あまりにも恥ずかしくて耳まで真っ赤になったのが自分でもわかった。つまりダンは、あのコクピットの中で倒れたまま私と母の会話を全部聞いていたことになる。ガラクタじゃない、とかダンがどうとか……全部……

「だ、だったらはやく起きて助けてくれれば良かったじゃない! な、何で寝たふりなんかして……馬鹿! アホ! クソバカ! 円形ハゲ!」

「うるせえ! 円形ハゲはお前のせいだし、すぐに起きれるような疲労じゃなかっただろうが! むしろ最後起き上がったことを感謝しろや!」

「何よそれ! ていうか円形ハゲは私のせいじゃない! 勝手にハゲたんでしょ! このダン・ウスラハゲ!」

「いーやお前のせいだね! お前のせいでハゲたしほら見ろ、今増えた! お前のせいで円形ハゲが繋がってハゲ∞(インフィニティ)!」

「ハァ!?」

 見せつけられたダンの頭には、確かに二つ重なるような円形ハゲが出来ている。

「今お前に触ったからハゲたぞどうしてくれる!」

「自分で触ったんでしょ!?」

 結局こうして意味の分からない口喧嘩をしている方が、なんだか落ち着く。ダンもこの二ヶ月妙に優しかったけど、やっぱりこっちの方がやりやすいみたいで、キレながらもどこか楽しそうにも見える。

 そうして部屋でよくわからないやり取りを続けていると、不意にドアがノックされる。どうぞ、と声をかけると中に入ってきたのはヤックさんだった。

「グラスボーイ、修理は終わったぜ」

「流石だなメカニック・アイ」

「何が流石だよ! あの状態で持ってこられた時は、いくらなんでも直るわけねえだろって頭抱えたっつーの。二ヶ月で修理出来たのだって、店閉めて総出で必死に修理したからなんだぞ」

「悪い悪い、詫びはコーヒーと一緒にツケといてくれ」

「はいはい、マスターに言っとくよ。いつ払うんだか」

 そう言いながらもカラッと笑うヤックさんに、ダンも微笑み返す。

「それで、行くのか?」

「……ああ、こいつとな」

 私を顎で指してから、ダンはゆっくりと立ち上がる。

「え、もう行くの?」

「グラスボーイが直ったらすぐっつったろ」

 そう言ってすぐに、ダンは部屋の外へ出ていく。

「あ、ちょっとまってよ! 荷物もまとめてないんだから!」

 結局先に行ってしまったダンを追いかけるのは、ヤックさんに手伝ってもらいながら荷物をまとめた後だった。





「ダンさぁん……」

「泣くなガーヤ。お前は泣かない男、ガーヤ・ドントクライのハズだったろ」

「そ、そうですけどぉ……」

 出発の時、やっぱりガーヤくんはダンと別れるのが寂しいのか、ダンにしがみついて泣きそうになっていた。そんなガーヤくんの頭をポンポンと叩きつつ、ダンはヤックさんとマスター、そしてアイドルバスターの皆に視線を向ける。

「世話ンなったな」

「良いってことよ。俺らからすりゃ、お前らは英雄だ」

 そう言って、ヤックさんが拳を突き出すと、ダンはニッと笑った後その拳に自分の拳を軽くぶつける。

「このままぶっ壊してくれよ」

「俺はクソみたいな世界を粉砕する男、ダン・クラッシャーだ。任せろ」

 二人がそんなやり取りをして、ひとしきり笑い合う。そんな感じでアイドルバスターの人達と別れを惜しんでから、私達はグラスボーイへと乗り込む。

「……さて、行くか」

「……うん!」

 ダンは私が頷いたのを確認してから、グラスボーイの操縦を始める。こっちに手を振る皆の姿が、どんどん小さくなっていく。完全にグラスボーイが上昇し切る頃には、もう皆の姿はほとんど見えなくなっていた。


 外はもう既に夕暮れ時で、なんだか初めて私とダンが出会った時みたいだった。あの時は景色を眺める余裕なんてなかったけど、今はのんびりとカメラの向こうの景色を見ていられる。

「カナデ、ほんとに良いのか?」

「良いって……何が?」

「お前の言う通り、このままお前の故郷へ向かうぞ」

「……うん、お願い」

 女王が死んでも、世界がアイドルの支配から逃れたわけじゃない。一時的に反アイドル派は湧き上がるだろうけど、結局このままだと戦争が始まりかねない。女王のいないこの世界で、各地のアイドル達が天下を求めて戦いを始める……言うなれば、アイドル戦国時代の幕開けだ。

 それじゃ何の意味もない。アイドル大戦の時と変わらない。だから――

「私が変える。戦いじゃない方法で……そのためにも、カナデ・クリハラとしての立場を利用しなくっちゃ」

 例え指名手配犯だとしても、私がクリハラ家の長女であることに変わりはない。玉座に座りたいわけじゃないけど、また母のような人間が女王になるくらいなら私がなる。きっとこれは、茨の道だ。まずは実家に戻って、そこから始めよう。ダンと一緒に壊すだけじゃ、きっとこれ以上進まないと思うから。

「お前、見違えたな。クソみてえなメスガキだと思ってたが」

「言葉選んで」

「うんちのようでおいでのお子様でいらっしゃいますなと思ってたが」

「人のこと馬鹿にしてるでしょ!」

 そんなやり取りをしていると、不意にダンがレーダーの方を注視し始める。

「……あァ!?」

「どうしたの!?」

 見れば、レーダーが周囲のシンデレラを感知していた。そのシンデレラは高速でこちらに接近してきており、恐らく向こうはメインカメラ越しにグラスボーイを見ているくらいだろう。

「ふざけんな! ステルス機能はどうしたオラァ!」

 乱暴にコクピットを叩いても事態は変わらない。そうこうしている間にも敵のシンデレラはこちらへと接近してきている。

「チッ……クソが!」

 進路を変更し、グラスボーイは敵の真正面を向く。しばらく歯噛みした後、ダンがグラスボーイを変形させようとした――その時だった。

『ダーーーン!』

 聞き覚えのある声が、スピーカー越しに聞こえてくる。それを聞いた途端、ダンは素っ頓狂な声を上げて顔をしかめた。

「あ、アレって!」

 カメラに映っているのは、緑色の……かぼちゃのような形の物体だった。見覚えのある……というか忘れようのないその形を見て、私とダンは顔を見合わせた。

『ボクも連れてってーーーーー!』

 レオナ・ヤンマーニの、パンプキン・ドレスである。

「あァ!? テメエ何言ってンだ!? アイドルは来んな!」

『ボク、アイドル辞めて普通の女の子に戻ることにした! 退屈だからボクも一緒に連れてって!』

 いやそもそも女の子じゃないのでは……と言いかけた野暮な口は閉じておく。

「うるせえ来んな! 気持ち悪いんだよ! 大体、パンプキン・ドレスはぶっ壊しただろうが!」

『えっへへー修理してもらったぁ』

 話を聞けば、レオナはあの後シャーカの元に戻ったらしい。RSPと私の戦いの時、ラインドによる妨害を行ったことで数日の間懲罰房に入れられたみたいだけど、シャーカはレオナの戦力を必要だと判断して手元に残したらしいのだ……らしいのだけど、もう裏切ってる。丈夫かなあの城。どうでも良いけど。

「というかどうやって俺達の位置を嗅ぎつけた!?」

『簡単だよ。パンプキン・ドレスが直ってから、毎日毎晩ずーーーっとダン達が出発するのを待ちながらドルォータの上空を飛んでた』

 とんでもない執念だった。

 この話、私は普通にゾッとしたんだけど、ダンはなんだか満更でもなさそうだった。ほら、実は嬉しいんじゃん。

『ねえダン』

 不意に、はしゃいでいたレオナの声音が落ち着いたものになる。やや頭ごなしに怒鳴っていたダンだったけど、レオナの様子を察したのか静かになんだよ、と次の言葉を促した。

『ボクはね、ダンのことよくわかってなかったみたい。この間の戦いで、やっと少しだけわかったような気がするんだ』

一瞬、時間が止まったみたいにダンは動きを止める。それから数秒間静止した後、ダンはようやく表情に戸惑いの色を乗せた。そして少しだけ逡巡する様子を見せてから、意を決したかのように口を開く。

「…………レオナ、俺も――」

 だけどダンの言葉を遮るかのように、レオナの声が響いた。

『だから、もっと知りたい。ダンのこと。女が嫌ならそれで良いから、そのことも含めてもっと教えて欲しいんだ』

 今まで私が見てきたレオナは、一方的にダンへ手を伸ばし続けていた。それは相思相愛であるという、レオナの確信から来るものではあったと思うんだけど、一方通行であることには変わらなかった。

 そのレオナが、”歩み寄る”ことを選んだ。私には理解し切れないんだろうけど、きっとあの後辛かったんだと思う。パンプキン・ドレスは大破してても、レオナ自身は数日休めば動けたハズだから、こんな回りくどい待ち伏せをしなくたってダンに会う方法はあったように思う。それをレオナがしなかったのは、迷っていたからなんじゃないだろうか。

 ダンは、しばらく黙り込んだ。レオナの言葉に目を丸くした後、うつむきながら目を伏せている。

『近過ぎてわからなかったこと、いっぱいあると思う。だから、ちょっと離れた位置で良いから、ダンを見ていたい……。ダメ、かな?』

 私も、もしかしたらダンも、レオナのことを誤解していたのかも知れない。ダンを求めるあまり盲目的になっていただけで、本当はすごく健気で、素直で、一途なんだ、きっと。

「……勝手にしろ」

 ぶっきらぼうに答えてる癖に、ダンの声はすごく上ずってる。

 レオナの見た目はすっかり女の子になっちゃって、ゲイのダンからすればもう恋愛対象外だとは思う。だけどこうしてまた一緒にいられることを、ダンが満更でもなさそうにしているのが、私はなんだか妙に嬉しかった。

 愛も恋も、きっと心なんだ。

「ほらダン、素直に喜びなよ。それにこの先追われること考えたら、レオナと一緒にいた方が戦力的にも頼もしいんだし!」

「うるせえ! 俺はデレ期の来ない男、ダン・ツンツンだ! 大体、罠かも知れんだろ!」

 先週デレたばっかなんだけどなぁこの人。

「もう、良かった! 良かったじゃない! ほらバンザーイ!」

『バンザーイ!』

「やかましいぞテメエら! 大体何でカナデがはしゃいで――――」

 平和にはしゃいでいたのも束の間、再びグラスボーイのレーダーが反応を見せる。それはパンプキン・ドレスも同じようで、レオナも黙り込んでいた。

「こ、これって……!」

「チッ……追手か」

『あ、これ多分ボクのせいだね。そもそもボク、シャーカを殴り倒して無理矢理辞めたし』

 しれっとそんなことをのたまうレオナに呆れながらも、ダンはグラスボーイを変形させ始める。既に敵のシンデレラはメインカメラに姿が映るくらい接近してきている。数が多い……なにこれ、十六機!?

「グラスボーイ!」

『パンプキン・ドレス!』

 二体のシンデレラが、同時に変形を終える。眼前に迫ってくる機体は、細く鋭い、カマキリのような姿のシンデレラだった。

『そこの二機、止まれ! 私はシャーカ様直属の特殊部隊、マーダー・16(シックスティーン)の隊長、イー・ヨーだ! 大人しくその機体を降りて投降しろ!』

『げ、まーだ欲しがってる! あげないよ、ボクのドレスは!』

 どうやらシャーカの目的はパンプキン・ドレスと、グラスボーイのようだ。あのRSPを倒した上に、特殊なシステムを持つ一騎当千の機体となれば欲しがるのも無理はない。シャーカがこの先の戦国時代を予見している証拠だ。

『ダン、カナデちゃん、どうする?』

「……ケッ、つまんねえこと聞くなよ。行くぞ、カナデ」

「うん……!」

 相手は十六機。普通に考えればどうにもならないけど、ダンは違う。ダンならきっと、ううん、ダンと私と、レオナならどんなに敵が多くたって、道が険しくたって乗り越えられる。そんな気がする。

 私達は独りじゃない。どんなに大きな敵だって、きっと私達で乗り越えて行ける。戦える。

「さあ行くぜ、ちっと遅めの後夜祭だッ!」

 私達は立ち向かう。世界を変える、その日まで。


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