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第三話「クソバカは拳で語らう」

 二番通りでの一件の後、アルールさんが去ると途端にダンは男性陣から持て囃された。元々ホットスポットに集まる男性達は、アイドルや女性に反感を覚えている人ばかりで、ダンがアルールさん相手に堂々と決闘を受ける姿に感銘を受けた人が何人もいた。

 まだ何もしてないしナチュラルに煽っていただけなのに一躍ザリベナ二番通りの英雄となったダンは、心なしか誇らしげに二番通りを後にした。

「ねえ、ほんとに決闘なんて受けちゃって大丈夫なの?」

 事件の後、ホテルに戻ってから私が問うと、ダンは適当にああ、とだけ答える。

「ていうか警備隊と揉め事なんて起こしたらこの先面倒だと思うけど……」

「良いじゃねえか。アイドルからこっちに寄ってくンなら手間が省ける」

「……ダンはどうしてアイドルを潰したいの? ……やっぱり、お母さんの仇を取りたいの?」

 思わず口をついて出てしまった問いに、ダンは答えてはくれない。今までのように間の抜けた答えを返すわけでも、突っぱねるわけでもなくただ黙り込んでしまう。

「シャワー浴びてくる」

 しばらく黙り込んだ後、ダンはぶっきらぼうにそう言ってバスルームへと向かって行く。そういえばダンは昨日、シャワーも浴びずに寝たんだった。

「あ、うん……ごめんね、変なこと聞いて」

 細い背中にそう告げても、ダンは答えないままバスルームへ入っていく。怒っている風ではなさそうだったけど、話すのを嫌がっていることだけは明らかだった。

 よく考えれば、シンデレラに乗れるとは言えアイドル達を相手にダンだけで戦うだなんてのはかなりの無茶だ。そんな無茶を決意させてしまうような何かが、ダンにはあるのかも知れない。

 ベッドに座り込んだまま、ボーっとダンについて考えていると、ふとダンがタオルを持って行き忘れていることに気がつく。ダンのベッドの枕元に置きっぱなしになっているタオルを手に取り、私は小さく溜息を吐いた。

 びちゃびちゃのまま出てこられても困るし、一応タオルは届けた方が良いだろう。

「ダーン、タオル忘れてるけどー」

 そう声をかけつつ、私はバスルームのドアを開く。どうせダンのことだからあんまり気にしないだろう、と思っていたけど、私がドアを開けた瞬間、ダンがシャワーを取り落とす音が聞こえた。

「えっ……?」

「ばッ……お前、勝手に入って来るんじゃねえ!」

 カーテン越しに見えるダンのシルエットは、あまりにも細い。元々細身な方だとは思っていたけど、こうして見ると細いというよりは華奢だ。

 腰に至ってはくびれており、あろうことか胸部には膨らみさえあるようにも見える。

 その、”まるで女性”のようなシルエットから、私は目が離せなかった。

「出ろ! タオルはそこに置いていけ! いいから外に出てろ!」

 思わず釘付けになっていた私だったけど、ダンの野太い怒号でハッと我に返ると慌ててバスルームを出る。

 何だか見てはいけないものを見てしまったような気がして、バスルームのドアを背に私は胸に手を当てる。心臓が激しく脈打ってたし、呼吸も荒かった。


 それから程なくして、ダンは不機嫌そうにバスルームから出てきた。




 アイドル細胞移植計画は、その名の通りアイドル細胞を持たない人間にアイドル細胞を移植する計画のことである。

 本来女性にしか存在し得ないアイドル細胞を、男性に移植するという発想自体は昔からあって、私もそんな話がある、ということくらいは昔聞いたことがあるような気がする。

 倫理的な問題もあったと思うけど、何よりアイドル達は自分達の権威が脅かされることを恐れたのか、アイドル細胞の移植は一種の禁忌とされていた。

 それでも、アイドル大戦末期にアイドル細胞移植計画は極秘で行われていた。その結果が、今のダンだという。

「……アイドル細胞を移植される人間は、施術の前にまず限りなく女性に近い状態へ整形される……。俺の身体は、その時に作り変えられたものだ」

 バスルームから出た後、ダンはしばらく話したがらなかったけど、結局渋々話し始めた。見られた以上、説明するしかないと判断したようだった。

「胸糞悪い。俺はあいつらの勝手な都合でモルモットに選ばれ、勝手な都合で男だか女だかわからねえ身体にされたんだ」

 思い出して腹が立ったのか、ダンは勢い良くベッドを殴りつける。

 正直、なんて声をかければ良いのかわからなかった。今まで男として生きてきて、それを急に捻じ曲げられるというのは一体どういう感覚なのだろうか。とてもじゃないけど私には想像出来ないし、簡単にわかるだとか、つらいよね、だなんて言えるハズがない。

「アイドル共を潰す理由を聞いたな。母さんのことだけじゃねえ、今の話がその答えだ」

 アイドルを嫌う理由も、女性を嫌がる理由もこれで何となくわかった気がする。後者はちょっと違うのかも知れないけれど。

「……どうして話してくれたの?」

「……まあ、アレを見られて黙ったままというのも無理があるだろ。あらぬ誤解を受ける方が嫌だしな」

 何だか少しだけダンが心を開いてくれたような気がして嬉しかった反面、思ったよりも重たい事情を聞いて言葉に困ってしまう。一体今のダンになんて声をかければ良いのかわからなかったし、下手なことを言って傷つけたくなかった。

「……カナデ、これだけは言っておく」

 しばしの沈黙の後、ダンは神妙な面持ちでそう言うとまっすぐに私を見つめる。そして数秒間を置いた後、そっと右手で自分の股間を指差す。

「ちんこはある」

 あ、うん。







 人の歴史は繰り返す。

 自らの技術で、核戦争の炎で大地と文明を焼き尽くしても尚、人は争うことをやめようとしない。己を自然から解き放ち、獣としての習性を抑えつけても生物の本質は変わりようがないのかも知れない。奪い奪われる弱肉強食の連鎖から自らを隔離しても尚、人間という一つの種の中で再び連鎖を生み出していく。

 何度過とうとも喉元を過ぎれば熱さを忘れる。核の光の熱さなんて、もうきっと誰も覚えていなかった。

 人類を超越した新人類、救世主とまで呼ばれたアイドルは、互いの利権を巡って悪魔へと姿を変える。シンデレラと呼ばれる兵器が、十二時(核戦争)過ぎの魔法を許してしまった。

 戦争で理不尽に全てを奪われた子供は、行く宛もなく惑い続けるか、誰かに拾い上げられるしかない。後にアイドル大戦と呼ばれるその戦争の中で、拾われた戦災孤児の人権はないに等しい。満足な食事も給料も与えられない劣悪な環境下で、奴隷のような生活をしながらその二人は惹かれ合うように出会った。

 埃とカビの臭いのする狭い屋根裏部屋で、二人は一つの毛布に寄り添うようにくるまった。そうしていれば少しだけ寒さを誤魔化すことが出来て、互いの温もりが安心感に変わって眠らせてくれることを知っていたからだ。

「お前、気持ち悪くないのか」

 ボサボサ頭の少年と、薄汚れた白いロングヘアの少年。ボサボサ頭の方が、毛布の中でそう問うと、ロングヘアの方はキョトンとした顔を見せる。

「男は普通、女とこうしたがるもんだろ。だからどれだけひどい目に遭っても、女にこうしてもらえるように媚びるんだと思う」

 それは昔両親や世界から学んだことだったし、今も世界はそういう風に出来ている。男は女を求めて媚び、女は寄ってくる男の中から気に入った者を愛してやる。そういう風にしないと子孫は残せないから、女は普段馬鹿にしていてもそういう時だけは男を求めた。

「ボクは、気持ち悪くないよ」

「俺、変じゃないか? 女よりも、お前の方が好きだ」

 それは傍から聞けばまだ恋も愛も知らない、少年同士の友情のようにも見える。けれど、二人はその「好き」の意味がそういうものではないことを感覚的に理解していた。

「女は嫌いだ。俺を馬鹿にするし、偉そうで気に食わない」

 ボサボサの方がそう言うと、ロングヘアの方は少し困ったような笑みを浮かべる。さらりと頬へ垂れた髪を片手でかきあげた後、そっとボサボサの方の手へ重ねる。

「……変じゃない。ボクは、ボクは愛して欲しい……ダンに」

 それがどういう意味を持っていたのかなんて、ボサボサの方は考えもしなかった。ただ、受け入れられたことが嬉しくて、照れ臭そうに笑うばかりだった。

 視界は少しずつぼやけて、まどろんでいく。二人の気持ちに、ほんのすこしだけ差異があったことには気づけないまま……深く、深く……

「ダン! ダン! もう……ダンってば!」

 唐突に甲高い声が耳をつんざいて、ダンは引き戻された。





 決闘に臨む者の朝は早い……わけではなく、ダンは結構ギリギリまで爆睡していた。

「……良い夢を見ていた」

「ほらもうわかったから身体起こしてよ! 迎え来てるんだから!」

 こっちは必死で起こしたというのに、当のダンはどうも不服そうである。余程良い夢でも見ていたのかも知れないけど、フロントでアルールさんの部下がしかめっ面で待っているのでさっさとして欲しかった。

 何とか無理矢理身支度させて(とは言っても精々顔を洗って着替える程度だけど)ホテルのフロントへ行くと、昨日見たアルールさんの部下らしい女性二人が私達を待ち構えていた。

 二人はしかめっ面のまま最低限の挨拶をすませた後、すぐに私達をホテルの外へと連れ出し、近くに止めていた自動車へ乗せた。

「けっ……アイドル様はお車をお持ちでいらっしゃるかよ」

 また悪態なんか吐いて……と言いたいところだけど今の時代、車なんて持ってるのはアイドルくらいのものだし、これもある意味権威の象徴だ。

 車で走ること数十分(ダンは途中で寝た)、私達は町外れの荒野へと連れて来られた。

 核戦争後、アイドルの誕生で確かに文明は復興したけど、各地にその爪痕は残っている。ここもその一つで、核で焼かれて不毛の大地となっている土地だ。

 その不毛の大地に、一体のシンデレラが立っていた。白を基調とした落ち着いたカラーリングのシンデレラで、背中に装着されたバックパックのようなものが目立つ。手足が細く、一見装甲は薄そうに見えた。

 腰には剣のようなものが装備されており、ドゥー=キーのクリムゾンサーベルと違って物理的な剣だ。

 そしてその足元では、アルールさんが腕を組んでこちらを睨みつけていた。

「逃げずに来たことを称賛しましょうダン・リベリオン。さあ、あなたのシンデレラを呼びなさい」

 どうやら目撃証言からダンが、グラスボーイを呼べることは知っているらしい。そういえばグラスボーイって今何してるんだろ。

「そう焦るなよ、今に呼んでやる」

 答えるやいなや、ダンが指を鳴らすとどこからともなく例の球体が飛来する。前回はヤナナの機体に突撃していったけど、今回はダンの上空でふわふわと浮遊するだけだった。

 それを見て、アルールさんはしばらく目を丸くしたままだったけど、すぐにダンを睨み直す。

「特殊なシンデレラのようですが、私とガルズィーで捻り潰して差し上げましょう!」

 予め白いシンデレラ……ガルズィーのコクピットから降りていた梯子へアルールさんが足をかけると、梯子は自動でコクピットへと戻って行く。それを見て、ダンもまたグラスボーイへと乗り込んでいく。

「さ、あなたはこちらへ」

 アルールさんの部下へ言われるがまま私は車に乗り込み、巻き添えを食わないようギリギリ戦いが見える場所まで移動する。

『私はオーキャッツ、ガルズ・E第七部隊隊長、アルール・ララルール! いざ尋常に――』

『うっせえ!』

 ガルズィーのスピーカーから喋るアルールさんが言い終わらない内に、変形を終えたグラスボーイが鉄拳をガルズィーに叩き込んだ。

 ……最悪だなアイツ。









 鉄拳をぶち込まれ、たたらを踏んだガルズィーに対して、何の容赦もなくグラスボーイは前蹴りを叩き込む。完全に虚を突かれたガルズィーはほとんど抵抗も出来ないままその場へ仰向けに倒された。

『恥を知りなさいダン・リベリオン! 一対一の決闘でこのような不意打ち、卑怯だとは思いませんか!』

『うるせえ卑怯もクソもあるか! クソッタレのアイドル共にかけてやる情けは、こちとらハナクソ一個分も持ち合わせちゃいねえんだよボケ!』

 倒れたガルズィーへ更に追撃しようと接近するグラスボーイだったが、ガルズィーはすかさず腰の剣を抜刀と同時に薙いでグラスボーイを牽制。グラスボーイが二の足を踏むと同時に立ち上がって体勢を立て直し、ガルズィーは身構えた。

『ヤナナ様にも姑息な手を使ったのですか!』

『バナナの皮を剥いて食うののどこが姑息だってンだ!』

『会話をしなさい!』

『拳が言葉だ! 決闘だろうがこれはァッ!』

 剣と素手というリーチの差も意に介さぬ様子で、グラスボーイはガルズィー目掛けて突っ込んでいく。当然ガルズィーは剣で応戦したが、グラスボーイは左腕の装甲で強引に剣を受けると、そのままガルズィーの頭部へ再び拳を叩き込む。

『強引なっ!』

『Go in now! 死ねぇ! アイドルッ!』

 さらに追撃、追撃、追撃。怯むガルズィーに容赦なくグラスボーイは拳を叩き込む。それなりに装甲は硬いのか、それともアルールのガードタイミングが適切なのか、ガルズィーは何とか持ちこたえながらも少しずつ後退していく。

 しかしグラスボーイとて常に攻撃し続けられるわけではない。動作と動作の僅かな隙をついて、ガルズィーは剣で袈裟懸けにグラスボーイを切る。グラスボーイは素早く反応して身を引いたおかげで致命傷は免れたものの、ボディにダメージを受けたことでコクピットにいるダンにも衝撃が走る。

『得物が姑息じゃねえか!』

『丸腰が悪い!』

『テメエの理屈だッ!』

『あなたが言いますかぁッ!』

 グラスボーイとガルズィーの距離が空いた途端、不意にガルズィーのバックパックがアイドルエンジンの駆動音を激しく響かせる。そして次の瞬間には、グラスボーイの正面からガルズィーの姿は消えていた。

『消えた……ッ!?』

 ダンがそうこぼしたのとほぼ同時に、グラスボーイは背後から切りつけられる。

『後ろかァッ!』

 すかさずグラスボーイは背後に掴みかかったが、その時には既にガルズィーは背後にはいなかった。

『力だけではっ!』

 再び、グラスボーイの死角からガルズィーの剣が叩き込まれる。何とか身体を捻って直撃だけは避けたものの、そう何度も受けたい一撃ではない。ガルズィーの方も掴まれるのを恐れてか切り込みが浅いのが救いである。

『速ェだけだろうがッ!』

 口ではそう悪態を吐いたものの、グラスボーイはガルズィーの速度についていけてない。最早メインカメラにとらえることすら困難な状態で、一切の反撃が許されないまま浅い一撃で嬲られ続けている。

『クソッタレが……!』

 不意に、グラスボーイが両手を広げる。反撃とも、ガードとも違うその動きに注目しながらも、ガルズィーは追撃の手を止めない。

『タイムオーバーッ!』

 ダンが叫んだ瞬間、グラスボーイの身体から靄のような青色のオーラが発せられる。可視化出来るレベルまで密度を高めた、高濃度のアイドルエネルギーである。

『これはっ……!』

 オーラを浴びた途端、ガルズィーの速度が急激に低下する。動きを止める程ではなかったものの、目に見えて出力が落ちているのだ。

『これがあなたのカラクリですか!』

『魔法ってのはな、かけた以上は解けるモンだぜ』

 コクピットで、ダンが勝ち誇ったようにニヤリと笑う。ガルズィーの姿をメインカメラに捉え、ダンは右拳を振り上げる。

『くたばれッ! 糞女ァッ!』

 勝利を確信したグラスボーイの拳。しかし、それは虚しく空を切るだけだった。

『なッ……!?』

『亀でももっと早く動くでしょうに』

 次の瞬間、背後から衝撃が走る。わけもわからないまま振り返った先には、ガルズィーの姿があった。

 確かにガルズィーの速度は落ちた。アイドルエネルギーの出力低下によって最大限のスピードは出せなくなっているものの、だからと言って決して遅いわけではない。流石にメインカメラにとらえることはある程度可能になったものの、グラスボーイが対応出来ない、という点においては変わりがなかった。

『高濃度のアイドルエネルギーによって、相手のシンデレラのアイドルエンジンに干渉する』

 話しながらも、ガルズィーは攻撃の手を止めない。反応し切れないままでいるグラスボーイに対して、ガルズィーは今まで通り浅い一撃を加え続けていた。

『なるほど確かに、ヤナナ様が不意をつかれるのもわかりますが』

『ッのォォォッ!』

 再び、グラスボーイの拳が空を切る。

『ガルズィーを舐めないでください、ダン・リベリオン!』

 ガルズィーの一撃が、ついにグラスボーイの背中の装甲を破壊した。ガラスのような輝きで太陽光を乱反射していた背中の装甲板は、派手な音を立てて粉砕されていく。

 ダンは知る由もないが、ガルズィーことガルズ・Eは元々動かすために大してアイドルエネルギーを要求しないシンデレラである。アイドル大戦よりも後に作られたガルズ・Eはアイドルエネルギーの出力の低いアイドルが操縦するために開発された機体であるため、アイドルエネルギーを貯蓄した燃料電池が内蔵されている。操縦しているアイドルのアイドルエネルギーに依存しない動力源を持つガルズ・Eは、多少干渉を受けただけではドゥー=キーのようにまともな動作が出来なくなるような事態は起きにくいのだ。

 そこからは、一方的な戦いだった。

 高速で動くガルズィーと、対応出来ないグラスボーイ。何とか装甲の禿げた背中やコクピットは守りながらも、グラスボーイは一方的にガルズィーの攻撃を受け続ける。ダンはかなり疲労してしまっており、最早悪態を吐く余裕すらない。

 頃合いか、とアルールはコクピットで笑みを作る。何をしてくるのかわからないグラスボーイを警戒し、相手が消耗し切るまでヒットアンドアウェイを続けていたが、“タイムオーバー”と呼んでいたアレが奥の手ならばそこまでする必要もなかったのかも知れない。

『あの世で詫びなさい! ダン・リベリオンっ!』

 正真正銘最後の一撃。ほぼ動きを停止してうなだれたままのグラスボーイのコクピット目掛けて、ガルズィーは剣で鋭い突きを繰り出す。

『勝ったっ!』

『……獲ッたァッ!』

 突如、今まで黙っていたダンが叫び声を上げる。驚いてビクつくアルールだったが、もうガルズィーは止まらない。

 ガルズィーの剣が胴体に刺さる瞬間、グラスボーイは身体をくねらせる。アルールが気づいた時には既に遅く、剣はギリギリコクピットとは外れた場所を貫いていた。

『無茶苦茶なっ!』

『捕まえたぜ蚊トンボ野郎……ッ!』

 正に危機一髪。後少しでもズレていれば、剣がコクピットを掠めてダンは無事ではすまなかっただろう。

『トドメはコクピット……来ると思ったぜ! 何故ならよォ……俺ならそーするからだ!』

『馬鹿ですかあなたは……! こんな無茶苦茶な作戦っ!』

『うるせえ! 俺は無茶苦茶な男、ダン・クソバカだァーーーッ!』

 左腕でガルズィーの腕をガッシリと掴み、グラスボーイは力いっぱい右腕を振り上げる。元々出力自体はグラスボーイの方が上なのか、ガルズィーはグラスボーイの腕を振り払うことが出来なかった。

 グラスボーイの右腕の装甲が拳に集中する。その間もガルズィーは必死にもがいたりグラスボーイを殴りつけていたが、グラスボーイは絶対にガルズィーを放さなかった。

『サンッブレイクゥゥゥゥ……ッ!』

『ダンっ……ダン・リベリオーーーーーンッ!』

『フィストォォォォォッッ!』

 極大の拳が、ガルズィーの頭部にぶち込まれる。ドゥー=キーを一撃で破壊した必殺の拳が、凄まじい破壊音と共にガルズィーの頭部を粉砕する。

 しかし、ガルズィーはサンブレイクフィストが直撃する寸前、ギリギリのタイミングで身をかわしていた。その結果、メインカメラこそ破壊されたものの、コクピットは無事な状態でよろよろとグラスボーイから距離を取っていた。

 ただし、グラスボーイに掴まれたままの右腕を無理矢理切り離す形で、ではあったが。

 既にグラスボーイにも、次の攻撃を放つ余裕はない。ガルズィーも、右腕と武器、そしてメインカメラを欠損した状態ではまともに戦えるハズもない。

『仕留め損ねたかァッ……! 死ね! 今度こそ死ね、アイドルゥーーーッ!』

 雄叫びと共に、グラスボーイはふらつきながらガルズィーに殴り掛かる。しかし、限界なのはグラスボーイだけではない。ダン自身、既にアイドルエネルギーの使い過ぎで体力に限界を迎えていたのだ。

 グラスボーイの拳はガルズィーに届かず、その場へうつ伏せに倒れる。そのままダンが何も言わなくなったことを確認してから、アルールはガルズィーのコクピットのハッチを開けた。

「引き分け……ということにしておきましょうか」

 荒野に倒れ伏す“男”を見下ろしながら、アルールはその場でため息を吐いた。







 荒野での決闘の後、ダンは一度目を覚ましたもののホテルに戻るとそのまま寝込んでしまった。

 グラスボーイはあのボロボロの状態でも、何とか球体に戻って飛び去って行ったんだけど、結局ダンはグラスボーイがどこに行ったのか教えてはくれなかった。というかそれどころじゃなかった。

 アルールさんも部下の人達も、オーキャッツとしてダンを捜していたわけではなく、あくまで個人的に捜していた、というのと、それ以上に戦いを通してその戦いぶりに敬意を払う、なんて言って今回はダンを見逃してくれた。ただし、次に見つけた時は必ず捕らえる、とは言っていたけれど。

「ん、あぁ……」

 もう日も暮れ始め、空が赤く染まった頃にやっとダンは目を覚ます。

「ダン!」

 すぐに私はダンのベッドへ駆け寄ったけど、ダンは起き上がるやいなや凄まじい勢いで辺りを見回し始める。

「奴はどこだ!? アイドルは!? あのクソッタレはどうなった!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて! アルールさんの機体ならダンが派手にぶっ壊したでしょ!」

「……死んでたか?」

「……生きてたけど」

「殺してくる」

「あー待って待って!」

 そう即答してベッドから出ようとするダンを、何とか引き止めるけど、ダンは強引にベッドから出ようとして聞かない。

「グラスボーイだって無事じゃないんでしょ!? ダンだってまだ万全じゃないんだし、今回はこのまま見逃してもらおうよ!」

 ダン自身、自分が万全じゃないことは理解しているようで、私がそう諭すと渋々頷いてベッドへ戻っていく。ていうかグラスボーイはあの状態でほんとどこに行ったんだろう。

「……いつか殺す」

 いや事情は聞いてるけど殺意すごいな。

 これからどうするのかとか、グラスボーイがどうなってるのかとか聞きたかったけど、とりあえずもう一晩、ダンには休んでいてもらおうかな。お疲れ様。



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