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レディ・シャーロットの幻想事件録  作者: 橘 千秋
Case1 連続令嬢駆け落ち事件
6/9

令嬢たちの消失 ⑥

「さすがは軍部の名門シグルズ公爵家。私の在宅だけでなく、娘のことまで調べ上げているとは」


「シグルズ公爵家は関係ありません」


「まあ、そうでしょうね。あの腹黒で有名なシグルズ公爵とご子息がご令嬢をここに来させるとは思わない。大方、預けられている手駒を使って娘や私のことを調べ、家に報告される前に私の元へ来たのでしょう」



 ハートリー卿の目は令嬢の我が儘だな、と雄弁に語っていた。



「わたしは未熟者で、シグルズ公爵家の落ちこぼれです。それでも、リディアの友人なんです。彼女が危ない目に遭っているかもしれないのに、見て見ぬ振りなんてできません」


「真っ直ぐでどこか危なっかしい……あなたはリディアの言っていた通りの性格のようだ」


「……リディアはどこにいるのですか?」



 シャーロットが問いかけると、ハートリー卿は小さく溜息を吐く。



「あなたのご想像通り、リディアは十一日前に使用人の男と共に消えました。駆け落ちです」


「駆け落ちではありません! わたしはリディアが消えた次の日にカフェへ行く約束をしていました。それにお揃いのブローチだって……」



 リディアがシャーロットに何も言わずに駆け落ちするなんてありえない。そう信じているのに、シャーロットの新緑の瞳には薄らと涙が溜まる。



「リディアは大切な友人なんです。身分が違っても、遠く離れた場所に行っても、歳を取っても、助け合って……ずっとずっと友人でいようと約束したんです」


「……リディアは書き置きの手紙も残さずに消えました。部屋の荷物もそのままです。父親を出し抜こうと虎視眈々と狙うような娘が、私へ恨み言の一つ零さずに消えるなんて考えられない」


「ハートリー卿は駆け落ちではないと思っていらっしゃるのですか?」


「なんらかの事件に巻き込まれていると初めは思いました。ですが、事故があったということも聞きませんし、不審な人物がいた形跡もない。身代金の要求もないので誘拐でもない。ただ、リディアが消えただけです」


「……おかしいですね」



 リディアは自分が裕福なハートリー家の令嬢であることを正しく認識し警戒心は強い。常に家や学園の外では常に二人以上で行動し、買い物だって見晴らしが良く警官が定期巡回する大通りのみを利用していた。


 それなのになんの事前準備もなく、誰にも不審がられず忽然と姿を消したのだ。



「私も自分の使用人たちを使ってリディアを探しました。ですが、手がかり一つない」


「何か事件に巻き込まれているのかもしれません。警察省に相談した方がいいかもしれません」



 警察省は五年ほど前にできた新しい国家機関だ。領地や軍を持たなくなった貴族の代わりに国内の治安維持を取り仕切っている。誘拐などの事件も取り扱っており、相談窓口もあったはずだ。



「それは無理です。リディアが駆け落ちしたと判断したのは、警察省なのですから」


「え? ですが、リディアが消えた状況は不審な点が多いです」


「ここ一ヶ月の間、他の家の令嬢が相次いで失踪しているのは知っていますか?」


「駆け落ちした令嬢がいるという噂程度ならば。でも、表だった失踪事件にはなってなかったと思います」



 ハンナの話を思い出しながらシャーロットは言った。



「婚約していたり、結婚話が出ている令嬢の失踪は、駆け落ちしたと思われることが多い。だから不審な点があっても令嬢が失踪ことを隠す家は多いのです。政略結婚はまだまだ多い。相手方の家や自分の家の名誉のためならば、自分の娘を病気にすることも、死亡扱いにすることも珍しいことではない」


「……リディアの存在もこのままなかったことにするのですか?」


「リディアの婚約者はそれを望んでいます」



 シャーロットは爪が食い込むほど膝の上で拳を握った。



「リディアは……わたしたち令嬢は……家を盛り立てるための道具じゃない!」


「だとしても、道具のように思っている人が多い事実は消せない。リディアの捜索を依頼するということは、他家の消えた令嬢たちのことも調べることに繋がるでしょう。そうすれば、我がハートリー家と警察省は多くの家を敵に回す。だから娘は駆け落ちして遠くで幸せに暮らしていると思え。そう警察省が判断したのは妥当です」


「……妥当ってなんですか。リディアのことは諦めろということですか?」



 震える声で問いかけるシャーロットに、ハートリー卿は冷たい目を向ける。



「ではシグルズ公爵令嬢は他家と警察省を説得できるのですか? 消えた令嬢たちだって、戻って来ても居場所がないかもしれない。それでも彼女たちを連れ戻そうと思うのですか? シグルズ公爵家の落ちこぼれの小娘でしかないあなたが」



 厳しい言葉だが、ハートリー卿の言っていることは事実だ。シグルズ公爵家の力すら満足に振るえない令嬢に、いったい何ができるのだろう。


 シャーロットの脳裏には金色の髪をなびかせる美しい姫君の姿が浮かぶ。しかしその姿はすぐに霧散した。



「ハートリー卿。わたしは守りたいものを守れるように強くなると、とある御方と約束したのです。だから、リディアのことも絶対に諦めたりしません。……失礼致しました」



 シャーロットは立ち上がると、扉の方へと歩いて行く。



「……シグルズ公爵令嬢。何かあればまた、屋敷かハートリー銀行の本店へ来てください」



 少し悲しげなハートリー卿にシャーロットは淑女の礼をとるのであった。




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