令嬢たちの消失 ③
リディアは一週間経っても登校してこなかった。
風邪を引いていると学園に連絡があったそうだが、リディアが心配だったシャーロットは、その日の最後の授業が終わると同時に職員室へ向かう。
「キンバリー先生、リディアの具合は良くなっているのでしょうか?」
キンバリーは眉間に皺を寄せると、小さく溜息を吐いた。
「まだ良くなっていないそうです。しばらく授業を休むと、本日ご家族からの連絡がありました」
「そう、ですか」
風邪ではなく、もっと酷い病気をしているのではないか。そんな不安が、シャーロットの頭の中で渦巻いた。
「シャーロットさん。こちらをリディアさんのお家に届けていただけますか? 一週間分の授業課題です。教師が届けるよりも、友人が届けた方が喜ぶでしょう」
キンバリーは本やプリントの入った紙袋を取り出した。
「ありがとうございます!」
シャーロットは紙袋をギュッと抱きしめ、キンバリーに頭を下げる。
「お見舞いの際は。リディアさんの体調が悪化しないよう配慮をすること。分かりましたね?」
「心得ています!」
シャーロットは元気よく言うと、そのまま馬車乗り場へ行った。
ジョンは仏頂面で車の中に待機していて、シャーロットが乗り込むと淡々とした動作でエンジンをかける。
「ジョン、リディアの家に向かって!」
「……仕方ないな」
ジョンはゆっくりと車を発進させ、王都にある高級住宅街へと向かう。ここは実業家や新興貴族の屋敷が多く建ち並び、治安もかなり良い。
目的のハートリー家の前に駐車すると、シャーロットは車から降りて足早に門へと近づく。その後ろをジョンがゆっくりとした歩みで着いてきた。
ハートリー家の屋敷は高級住宅街の中でも三指に入るほど大きく、洗練されたものだ。何度かここに遊びに来たことがあるシャーロットは、慣れた様子で門扉の近くいたメイドに声をかけた。
「ごきげんよう。リディアの友人のシャーロット・シグルズと申します。本日は一週間分の課題を持って参りました」
「少々お待ちください」
メイドは急いで屋敷に戻ると、数分で帰ってきた。
「旦那様がお待ちです。こちらへどうぞ」
リディアの父――ハートリー卿が昼間の屋敷にいるなんて初めてのことだ。
「分かりました」
シャーロットは少し驚きながらも頷くと、隣に居るジョンへ視線を向ける。
しかし彼は興味なさそうに手をヒラヒラと振った。
「俺のことはお構いなく、シャーロットお嬢様。車でお待ちしております」
心にもないことを言うと、ジョンは車へと戻って行った。
シャーロットはメイドへにっこりと微笑んだ。
「彼のことは気にしなくて良いわ。案内をお願いできますか?」
「かしこまりました」
メイドに案内され、シャーロットはハートリー家に入る。すると、エントランスホールでリディアと同じ紅茶色の髪をした中年の紳士が待ち構えていた。
「ようこそ、シグルズ公爵令嬢」
「ハートリー卿。突然、申し訳ありません」
「娘の友人ならば、いつでも歓迎致しますよ」
「ありがとうございます。今日はリディアが休んでいる間の授業課題を持って来ました。都合が良ければリディアをお見舞いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
そう問いかけると、ハートリー卿は肩を竦めた。
「申し訳ありません、シグルズ公爵令嬢。リディアはまだ伏せっているのですよ」
「リディアの風邪はそんなに酷いのですか?」
「かなりしつこい風邪のようでして、まだ微熱が続いているのです。食事を取れるようになり、少しずつではありますが体調は回復してきています。ですが、シグルズ公爵令嬢にうつす訳にはいきません。お見舞いはまた今度ということで」
まだ本調子ではないのなら、リディアに会わない方がいいだろう。
シャーロットは課題の入った紙袋をハートリー卿に手渡した。
「分かりました。リディアには『お大事に。元気になったらカフェに行きましょう』とお伝えいただけますか?」
「ええ、必ず伝えます。お気遣い感謝いたします」
そう言って、ハートリー卿は父親らしい笑顔を見せた。
☆
屋敷を出て門へと歩いていると、車の前でメイドたちに囲まれているジョンがいた。
彼はシャーロットの姿を見つけると、メイドたちに低い声で「散れ」と言って脅した。するとメイドたちはジョンの言葉に怯え、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「もう少し気をつかってあげなさいよ」
メイドたちも悪意があってジョンに近づいた訳ではない。ただこの男の端正な顔に釣られてただけだ。
「俺がなぜそんな面倒なことをしなければならん。気遣いというのは、自分と同等もしくは下等な者にすることだ」
「横柄なことで」
ジョンについては色々と諦めているシャーロットは、適当に流すとそのまま車の後部座席へと乗り込む。
「友人には会えたのか?」
ジョンは車に乗り込んだのと同時にシャーロットに問いかける。
「いいえ、まだ調子が悪いそうよ。課題はハートリー卿に渡したわ」
「だろうな」
「何か引っかかる言い方ね」
妙にハッキリとしたジョンに、シャーロットは首を傾げる。
「さっきの女共が言っていた。お嬢様が使用人の男と駆け落ちして、一週間ほど帰ってきていないそうだ」
「え――――あ、痛っ!」
シャーロットは驚きのあまり立ち上がり、天井に頭をぶつけてしまう。その瞬間、車が大きく弾むように揺れた。
「運転中だ。静かにしろ」
ジョンは不機嫌そうな顔をしているが、気にしていられない。シャーロットは運転席にグイッと身体を近づけた。
「ねえ、ジョン! いったいどういうことなの」
「そのままの意味だろ。あの屋敷に、お前の友人はいない」
ジョンは決して嘘はつかない。長年の付き合いから確信しているシャーロットは、先ほどのハートリー卿との会話を思い出す。
「……ハートリー卿が嘘を吐いたということ? だったら今すぐに――――」
すべて言い終わる前に、ジョンはシャーロットの額を軽く叩いた。
「戻れなんて言ったらしばくぞ。また俺につまらない時間を過ごさせるつもりか?」
「でも……リディアが!」
「直情的になるな。鬱陶しい」
淡々としていながらも、ジョンの真紅の瞳にはシャーロットへの心配の色が見て取れた。
「冷静になれ、シャーロット。特攻するしか能のない馬鹿に育てた覚えはないぞ」
「……分かったわ。明日、学園で情報収集をしてみる。その後で、もう一度ハートリー家に行くわ」
シャーロットは背もたれに体重を預け、グッと拳を握った。