プロローグ
お父様に無理やり連れてこられたアイゼンリード王国の王宮で、わたしは美しい籠の鳥と出会った。
――私たちが生まれたのは間違いじゃない。ありのままの自分で、一緒にこの国ごと愛する人たちを守りましょう。
しんしんと降り積もる雪の中で、彼女だけがとても輝かしく、そして今にも溶けてしまいそうなほど儚かった。
差し出された手を握り返すと、わたしは目の前の世界が一気に華やいだ気がした。
――強くなります。どんなものからも、わたしが姫様を守って見せます!
これがわたしと姫様の最初で最後の約束だった。
☆
雲一つない秋の空は、温かな日差しで貞淑な学び舎――イゼット学園を照らしていた。
ここは国内でも有数の資産家や貴族の娘が通う伝統ある女学校で、生徒たちは嫋やかな淑女となるために日々学んでいる。
制服は純白のブラウスの上に白地の細いストライプが描かれたグレーのフレアワンピースを重ねている。スカートは膝下まであり、細いくびれを強調するようにベルトがついている。胸元の僅かに覗いた足は黒いタイツで覆い、貞淑さを強調している。
胸元のリボンと靴は生徒の自由が尊重されているらしく、各々が可愛らしくアレンジをしていた。
少女の憧れを一身に受ける制服に身を包み、生徒たちは限られた放課後の時間を楽しんでいた。
静かで、洗練され、美しい。そんな外部からのイメージを切り崩すように、突如、庭にある時計塔の前で女教師の怒号が響く。
「シャーロット! シャーロット・シグルズ公爵令嬢! そんなところで何をしているのですか!」
女教師の視線は学園のシンボルである、三十メートルほどの時計塔の天辺に向けられていた。屋根が窄まり尖った時計塔の先端に背を預けながら、一人の少女が場違いなほど優雅にお茶を飲んでいる。
少女――シャーロットの腰まである鮮やかな橙色の髪は純白のリボンで一つにまとめられ、流れるように秋風と共に靡いている。新緑の瞳は宝石のように輝き、彼女の好奇心の強さを伺わせた。
シャーロットは女教師の叫びに気が付くと、ティーカップを持ったまま整った顔に向日葵のような笑顔を浮かべる。
「ごきげんよう、キンバリー先生。とても良いお天気ですね。よろしければ、一緒にお茶でもどうですか?」
キンバリーに聞こえるように、シャーロットは大きな声で叫んだ。
「……どうですか? じゃありません! いいから、降りてきなさい!」
「ええっ、せっかく淑女の嗜みとしてお茶を飲んでいたのに……」
シャーロットはぼそりと呟いた。
キンバリーには聞こえない声量だったはずなのに、彼女は青筋を浮かべてシャーロットを睨む。
「淑女の何たるかを一から叩き込んであげましょう! 反省文を百枚は書かせますからね!」
「そ、そんなぁ!」
シャーロットの嘆きを聞き、騒ぎに集まってきた生徒たちがクスリと笑みを漏らす。それは馬鹿にしたようなものではなく、彼女の明るさを慕うが故の笑みだった。
シャーロット・シグルズ。
彼女はこの学園で一番身分の高い公爵令嬢でありながら、入学当初から最高学年になった今でもトラブルを起こす学園一の問題児だった。