防波堤にて
テトラポットの上を飛び跳ねて遊ぶ少年を見つけた青年は、
「おーい、君!! 危ないぞー!!」
と叫び、防波堤を少年の許へと駆けた。青年が走っていると、
「おーい、君!! 危ないぞー!!」
と、自身の背後から誰かの叫ぶ声を聞いた。青年が後ろを振り向くと、そこには老人の姿があり、老人は青年の目の前までやってくると言った。
「君、気を付けなさい。今日は波が高く、海が荒れているから、足を滑らせて海に落ちたら大変だよ」
「そんな事を言っている場合ではないんです!! ほら、あそこのテトラポットで子供が遊んでいるんです!!」
と、青年は、今しがた少年を見かけたテトラポットを指差すが、そこに少年の姿などはなかった。
「大変だ!! きっと海に落ちたんだ!! 早く救急隊に連絡しないと!!」
慌てる青年に老人が諭す。
「落ち着きなさい。先程から見ていたが、ずっとここには君一人だけだったよ」
「そんな馬鹿な…」
老人から告げられた事実に言葉を失う青年。老人が青年に戻るよう促そうとしたその時、
「ちょっとー!! 危ないわよー!!」
と、どこからか声が聞こえた。老人が声のした方を見ると、中年の女性が立っている。声の主である中年女性は、防波堤を急ぎ足で老人の前まで来ると言った。
「お爺さん、今日は波が高いから、こんな所にいては危ないわ」
「私もそれを青年に注意していたところなんだ」
しかし、女性は怪訝な表情で言った。
「何言っているの。さっきから見ていたけど、ずっとお爺さん一人だけだったわよ」
その日、暇を持て余していた中年の男性は、少し離れた高台から防波堤越しの海を小一時間程眺めていた。
「今日は海が荒れているなあ。しかし、誰一人海に近づく者がいなくて良かった。落ちたら危ないものな」