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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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終の棲家②

 そんなわけで、白鳥と河津は掃除に精を出しているのであった。

 若い夫婦も手伝ってくれ、やっとの思いで入り口付近を綺麗にしたところである。

 件の親戚、どうやらこの屋敷を物置代わりに使っていたらしく、壊れた家具やゴミなどが至る所に散乱していて、ネズミの住処となり果てているのだ。

「しかし、その親戚も酷いことをしますね」

「ええ、祖母には本当のことを話せそうもありませんよ」

 若い夫婦は憤っていた。聞けば、家宝のいくつかは売り払われてしまったのだという。その金はどうしたのかと問われると、新規事業に使ったと答えたらしい。

「祖母の為なんて言いますがね、あんなのは全部嘘っぱちだ。商人の出まかせに違いありません。彼らはいつもそうだ。畳の下に金を敷き詰めている」

 若い夫が怒りに任せて壊れた家具を蹴飛ばした。

 その拍子に埃が舞い、彼は大きく咳き込んだ。白鳥は、その近くでより一層口元に布を引き寄せ、それから小さく舌打ちをした。

 この屋敷は、その祖母の御先祖が代々引き継いできた屋敷なのだという。

 本来継ぐべき息子夫妻は、仕事の関係で市中の中央に住んでいるから、本当ならば祖母一人で守るつもりだったのだそうだ。

 そして、時が来ればこの若い夫婦――孫なのだそうだ――が引き継ぐ予定だった。

 昼も過ぎたところでその日の作業は終わった。

 まだまだやり足りないことはあったが、どちらも暇なわけじゃない。若い夫婦はしきりに頭を下げてきた。この分ならば明日、明後日も同じく掃除をせねばならないだろう。

 その若い夫婦の背中を見送り、白鳥は憤慨した様子で南へと進路を取った。番所へ直帰する気は毛頭なかった。その後ろを、河津が微妙な顔をした。

「おい、何をする気だ?」

「黙ってついてきてください!」

「深入りするのは止めておけよ」

 白鳥の肩を掴む。だが彼は、思いもよらぬ炯眼を河津に向けていた。

「こんな騙し打ちは卑怯だ。節税も分かる。お金はいくらあっても足りないですから。でも、この屋敷を保持する義務はあるでしょう?」

「だが、それはあの家庭の問題だ。お前が口を出してどうする」

「彼らは武士だ。金勘定は苦手なんです。誰かが言わなけりゃあならないでしょう」

「……白鳥、お前は他人だ。第一、お前が動いて、満たされるのは自尊心だけだろう?」

 河津だって、あの一族が、何か不条理なことに直面しているのだ、ということくらいは分かっている。大方借金であろうが。だが、それは他人の領分だ。本人が片付ければいい。

 しかし、白鳥の足は止まらなかった。河津は肩をすくめ、黙ってついて行く。そのまま港近くの魚問屋が並ぶ通りを抜け、雑多な店々が軒を連ねる場所までやってきた。

 港には沢山の物が並ぶ。それこそ食品から工芸品まで、全国津々浦々から商品が集められるのである。

目的の店は、そんな場所にあった。

 繁盛してはいるらしい。港から運ばれてきた商品が店内には整然と並べられている。もちろんのこと、市中の外へも売りに出されるのだろう。あの古びた屋敷一つを管理維持するくらいならば、いくらでも出来そうなほど、まともな店だった。

 店先で声を掛けると、すぐに反応がある。白鳥は印籠を見せ、店主を呼んでくるようにと告げた。その結果、反対に二人が店の中に案内されることになった。

「何かご用でしょうか?」

 二人が客間に通されて、すぐに現れたこの店主は、見るも明らかなほど苛立った顔をしていた。その顔が自分の父親と重なり、白鳥の反感はさらに募った。自然と、皮肉っぽい響きが言葉の端々に広がった。

「ええ、あなたが放置した屋敷の件ですが……」

「それは人聞きの悪い。私は引き取り手のない屋敷を預かっていたまでですよ」

「預かっていた? あの屋敷を? あんな状態にしておいて?」

 眉間にしわを寄せた店主は、険しい目で白鳥を睨んだ。

「何も知らずに、口を挟むのは止めていただけませんか?」

「……では、何か知っているあなたには、随分と高尚な考えがあるんでしょうね」

 食ってかかるように言い返す白鳥を、河津が何とか収めた。

 彼の方も気に食わない感じはあったが、それはお互いが分かりあえない、いわば水と油の部分の問題で、生涯を尽くしたとしても混ざり合わない部分なのだ。白鳥には半分でも、その部分が理解出来てしまうから、余計に憤慨するのだろう。

 店主が眉を吊り上げた。険悪な顔をする同心二人を見下ろして、それなりの手練手管に長けた商人として、精一杯の落ち着きをかき集めていた。

「老婆一人を養うのだって、無料じゃないんですよ? その分のお金を稼がないとなりません」

「この店で稼げばいいんじゃありませんか?」

 即座に白鳥が返したものの、店主はきっぱりと首を振った。

「不可能ですよ――」

 彼は白鳥を見て素性に行きついたらしい。肩を落として噛み含めるように言った。

「――武家の嫁だったとか、何とか知りませんがね、ことあるごとに浪費三昧です。妻の母親の姉妹だっていうから援助していたのに、これじゃあ共倒れです。私にだって守るべき部下はいるんです。彼らを路頭に迷わせるわけにはいかない」

「でも……」

 と言いかけて、白鳥は思わず目をひんむいた。

「彼らは思い違いをしているんです。商人だからって、無尽蔵に稼げるわけじゃない」

 その店主は、自分の父親と同じ目をしていた。

 店の売り上げが落ちた時、身銭を切ってでも部下に給金を払った時と。頑固で、不器用で、これ以外の道はないんだ、と無言で主張するような雰囲気が立ち昇っていた。

 白鳥は喉を鳴らした。はっとした瞬間に冷静さが戻ってくる。

 この男はたぶん嘘を言っていないのだ。

 そして自分の短絡さにも嫌気がさした。今から思えば、直面した現実と、若い夫婦の言葉だけを盲目的に信じてしまった。

 店主の眼光は一つの曇りもなく、そして真っ直ぐ白鳥を捉えていた。

 白鳥は咳払いをした。落ち着きを演出するには充分だった。

「せめて、家宝などを売り払った先は分かりませんか?」

「単純に売り払ったわけではありません。いずれは私の手元に戻ってくるものです」

「いま、老婆の為に戻してほしいのですよ」

 店主は力なく肩をすくめ、何とかしてみましょうと小さな声で囁いた。

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