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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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堕天使達の呼び声⑤

 こうして二日が過ぎた。

 事件は停滞していた。なにせ、進太郎と被害者である夜鷹の女とが決して悪い仲ではなかったからだ。

 進太郎は臆病そうに見えて随分とやり手の男だったらしく、常に何人かの女を囲っていたという。そして、その女の誰しもが新太郎に悪印象を持ってはいなかった。誰と付き合おうと誠実さは変わらず、全ての女を愛していたのだという。

 そして、そういう女の一人がイズだったというわけだ。異国から来た奴隷の女には行き場がなかった。であるから進太郎は女中のような形で雇っていたのだ。

「このまま迷宮入りかもな」

 番所の土間でくつろいでいた河津が、ぼそりと呟いた。

 日に日に町奉行所には苦情の投書が増え、もう進太郎を投獄し続けることは困難になっていた。今現在、白鳥と彼がのんびりとしていられるのは、平野までもが呼び出されて、奉行所で合議を開いているからである。

 天心教は指導者を失ったにもかかわらず、いまだに活動を続けていた。というよりも、むしろ勢いを増していた。

 あのイズは堕天使だ。天から落ちてきた天使がいるからこそ、あの宗教は成立している。極論を言えば、進太郎がいなくとも活動は続けていける。

 であるから無念さが際立つのだ。トカゲの尻尾切りを目の前でみせられているようで、心がもやもやとする。

「仕方がないですよ。世の中には咳をしただけで死ぬ奴までいるんですから」

 そうした悔恨に身を灼かれた白鳥でさえも、いつもの通り書類作業に追われていた。この番所の人間は、どうやらおおざっぱな人が多いらしく、本来提出すべき書類を作っていないということがしばしばあった。勤勉な白鳥からしてみれば、こういうサボタージュは許されるものではなく、結局全ての苦労を彼が負っているのであった。

「はあ……たまにはあるけどよ、やっぱり嫌な気分だな」

 河津がぼんやりと天井を見上げた。日差しが差し込んでいるからか、汚れが嫌でも目につく。

 そうして二人が気の抜けた時間を過ごしていると、慌てた様子の同心が飛び込んできた。これは見回りの同心ではなく、町奉行所に勤めているエリート中のエリートであることは身なりから分かった。

 転がり込んできたこのエリートを一瞥して、河津が唸り声を上げた。

「騒がしいぞ、何だ?」

「はい、事件が、殺人事件が起こりました。被害者は天心教の進太郎」

 と言われたところで二人は立ち上がり、奥にいるはずの別の同心に声をかけておいた。

 そのまま三人は刀を引っ掴んで駆けていく。同心達が印籠をかざしながら駆け抜けるものだから、市中の人々も慌てて道の端に寄った。

 町奉行所についた時、真っ先に目についたのは泣きじゃくるイズの姿であった。五人の同心に押さえつけられていて、何があったのかは明らかなようだった。

「私じゃありません!」

 イズはそう叫んでいたが、事態を聞く限りでは圧倒的に不利であった。彼女が差しいれに持ってきた握り飯の中に毒が入っていたのだ。それは匂いだけでは分からず、銀の板に擦りつけることによって、やっと判明したのだそうだ。

「ええい、この女を牢にぶち込め!」

 同心の一人が喚き声を上げたものだから、泣き縋るイズは半ば引きずられるようにしてその場から居なくなった。二人はその姿を見ていたが、やがて建物の奥から平野が姿を現すと、急いで彼女の元に駆け寄った。

「私はあの女を調べる。お前達は教会に行け」

 鬼気迫る様子の平野に口答えをする術はなく、五人の同心を伴って急いで教会に行った。

 そこでは老婆がすでに事態を聞かされていて、狂わんばかりに暴れ回っていた。

「だから言ったじゃないか! あの女がやったんだ!」

 そう言ってさめざめと泣きだす。その老婆をよそに、白鳥と河津は天心教の教会に入りこんだ。この大騒動があったにもかかわらず、平静の通りに念仏などを唱えている。これがいかにも不気味であった。

 老婆がはっと気付いて声を荒げたが、白鳥は教会の戸を開けた。その瞬間、中からむっと来るような人間の汗臭さが湧き出してきて、彼は顔をしかめた。

 飛びかかってくる老婆を河津が抑えて、白鳥と三人の同心は教会の内部に足を踏み入れた。そこは薄暗く、そして空気が停滞している。どこにも風の通り道がなくて、外よりもずっと暑く湿気た空気が留まっていた。

 建物の中に入り、白鳥は首をかしげた。

 そこは一応本堂のようなものであるらしく、真新しい大きな天使像を正面に置いて、いくつかの椅子がその眼前に並んでいる。だが、良く見てみると部屋の片隅には埃が溜まっていて、長らく使われていないのではないか、という気がした。

 その上、念仏はどこか別の場所から響いてきていた。

 白鳥はそっと耳をすまし、この本堂らしき場所に隣接する部屋を覗き、そこからさらに連結する土間付きの台所を見る。進太郎の家はこれで全てだ。どこにも人の影がないにもかかわらず、しかし念仏だけは聞こえてくる。

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