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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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影の主は②

「幽霊だと?」

 結局、平野に事情を話したのは翌朝になってからだった。

 二人は、その晩を飲み屋で明かし、酔泥の中を漂うようにして番所へと出勤してきたのである。

 その様子に怒り狂ったのは平野で、折檻用の木刀を片手に二人の部下にとびきり鋭い視線を向けていた。

「ええ、そうなんです」

 と白鳥は頷き、平野を昨晩の場所まで案内することにした。河津はまだショックが抜け切っていないようで、澱んだ視線を宙空に向けるばかりである。

 三人は豆河通りを北に抜け、河原の中途で西に折れて、昨晩の雑木林の近くにやってきた。

 今は昼前であるから、もちろんのこと幽霊なんぞ出ないだろう。にもかかわらず、その雑木林には片手で数えられるくらいの人がいた。

「一体何の集まりだ?」

 と首をかしげる平野に命じられて、白鳥は近くにいる夫婦に声を掛けた。彼らはそれぞれ芝生に腰かけて、弁当を脇に置いてのんびりとしていた。

「ああ、昨日幽霊が出たんだろ?」

 と男の方がそっけなく返した。彼が言うには、四日ほど前にも幽霊らしきものが出たらしい。それが昨晩の一件によってようやく確証に変わったのだという。

「幽霊を見に来ているんですか?」

「そう。良い場所は早くなくなるから」

 と言っているうちにも、ちらほらとやってくる人がいる。白鳥は首をかしげながら平野にそう報告し、彼女は苦々しげな顔をした。幽霊を見に来た人間を追い返すわけにもいかない。

 呆れた様子の平野は、大股で雑木林の中に入っていった。見物客が声を上げた。それは別に興を殺がれたからというわけではなく、彼女の単純な勇気を称賛しているのである。

 平野はその声に全く耳を貸さず、木々を観察し、そして首をかしげた。

「何か仕掛けがあるのかと思っていたが……」

「ないでしょう?」

 白鳥が胸を張った。河津は蒼白の顔でぶるぶる震えるだけだ。平野の方は、とある木の幹に手を触れていた。白鳥も釣られてその木を見る。下の方に縄が残されていた。木に強く縛り付けられている。

「……これ、何です?」

「縄だな。何かをくくりつけていたのか……。昨日はあったか?」

「さあ? なにしろ、近付かずに慌てて逃げましたから」

 と言い切り、白鳥は顔を歪めた。かなり厄介なことを口走ってしまった。なにしろ職務放棄だ。折檻されてもやむを得ない。

「そうか。もう行くぞ」

 だが、彼女は冷然と呟いた。いたずらだろうと断じたのだ。部下二人が恨めしげな視線を向けると、ふっと表情を崩した。

「お前達の方がよほど化けて出そうだぞ」

 彼女は踵を返し、豆河通りの方へと戻っていった。白鳥と河津は顔を見合わせ、仕方なしに上司のあとについて戻った。

 それからは平野に急かされながら警邏を行なった。今日も豆河通りは盛況だ。

「夜、もう一度行きましょうか」

 先を行く平野の隙をついて、白鳥が耳元で囁いた。河津はかっと目を見開いた。あの世で閻魔様に地獄行きを宣告されたら、こんな顔になるのだろう。

「……どうしてもか?」

「腰抜け野郎って呼んでもいいなら別ですが」

 河津は小さく頷いた。

 この二人の決意を見透かしていたかのように、振り返った平野が鋭い声を放った。

「当然だ、さっさと来い!」

 周囲は人でごった返していて、とてもじゃないが二人の内緒話など聞こえないはずなのに。現に今だって彼女と二人との間には多くの人が往来している。

 怖々窺うと平野が半眼を向けていた。人々の頭越しにそれが見えて、白鳥と河津は顔を寄せ合った。

「まさか、聞こえてんですかね?」

「そうじゃなければ、ああいう返答は出来んと思うがね」

「とんでもない地獄耳だ……」

 すると彼女はより一層恐ろしげな顔をして、面上に怒気を強めた。

「早くしろ!」

 二人はそれぞれ顔を見合わせて、力なく頷きあった。

 その日、平野はあらゆる職務においてこの哀れな部下二人を急かした。残業なしでこの日の仕事を終わらせるためで、最終的には遅々として進まぬ河津の仕事を手伝う有様である。

 それを横目に、白鳥はあの雑木林について調べていた。

 あれが怨霊だったとして、人でも死んでいてくれれば気も楽になるというのに、どうにもそういう記述は見当たらない。

 ただ、収穫がなかったわけではない。あの幽霊騒ぎは市中各所で定期的に起こっているものらしいのだ。

 どうやら昨晩と似たような事件が、ここ二年のうちに六回も起こっていることが分かった。時期は大体夏場だ。二年前に一件、一年前に三件。そして今年は四日前に一件、昨晩にも一件。

 調書によると、その幽霊を見たあと、見物客が気を失っているというところまでが事件の流れであるらしい。

 別段、財布が盗まれたり、誰かが神隠しにあったりという事例はない。幽霊を見ているうちに気が遠くなったという旨の供述を揃ってしているのだ。

 昨晩はどうだったんだろう、と白鳥は考えを巡らせ、すぐに止めた。

 そういえば自分達が悲鳴を上げて逃げたあと、その場にいた人達も同じように踵を返してその場から立ち去ったはずだからである。

 しかし、幽霊を見て気絶するものなんだろうか。白鳥は昨晩のことを思い起こしていた。幽霊を見ているうちに体が重くなり、寒気まで感じた。あれは何だったのだろうか。

 傍らでは河津の悲鳴が響いていた。普段から仕事をさぼっているから、土壇場で苦しい目にあうのだ。ざまあみろ、と白鳥は内心で呪詛を吐いた。

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