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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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早とちりの代償④

 その土蔵の扉を開けたとたん、二人の兄弟は急いで中に入った。長男の声に合わせて店員達ものろのろと動きだす。

「兄さん、これは俺達の問題だ」

 次男が非難の声を上げた。対して長男は、店員を招き入れながら眉を吊り上げた。

「これは店の問題だ。彼らにだって関わる権利はある」

 二人の兄弟は激しく睨みあっていたが、けれども平野が姿を現すと、シャチの群れに襲われたサメみたいに泣きそうな顔になった。

「早く探せ」

 と彼女が冷然というと、一行は口をつぐんで箱を漁った。

 この土蔵の中には沢山の木箱があった。

 権利書だったり、帳簿だったり、あとは商品だったりと、様々な物が木箱の中にはしまい込まれている。珍しい物になると、何代か前の奥さんの嫁入り衣装なんかが虫食いもほとんどないままに発掘されたりする。

 店員達の話によると、一年に一度は陰干しをしたり日の目を見させたりしているのだそうだ。どうやらそれで、土蔵の中に埃っぽさがないらしい。

 さて、この探索が思うように進んでいないこともあって、白鳥と平野も捜索の列に加わった。

 箱は沢山ある。彼らが数えただけでも五十を超えている。それでもまだ半分を過ぎたところだ。

 紙きれに書かれていたのと同じような箱は数多くあり、その度に鍵穴を探し、差し込んでみるという労苦を味わわされる。大抵は鍵穴に入らず、溜息が洩れる。

 空が南中から黄昏へと傾きだした頃、白鳥が声を上げた。

 またしても紙きれに書かれていたのと同じような木箱を見つけたのである。今度も錠前が付いている。 次男は疲れているのか胡乱な顔をした。どうせまた偽物だろうと言いながら、長男がのろのろと近づいてきた。

 鍵穴に差し込む。金属が擦れ合う音がしたかと思うと、妙に軽い感慨を伴って錠前が床に落ちた。

けたたましい音に、その場にいた全員が顔を見合わせる。

 駆け寄ってきたのは次男だった。白鳥の手から箱を奪おうとしたものの、不機嫌そうな平野の舌打ちに返り討ちにされた。意気を失ってしゅんとしょげたようになる。

「利害関係のない人間が開けろ」

 という平野のありがたいお言葉を受け、白鳥がその役を仰せつかった。蔵の中に明かりが入る。

 白鳥は箱を置き、片膝をついた。その時、腰に帯びていた刀の、末端部分が床にぶつかった。平野が眉をひそめたが、白鳥自身は全く気が付きもしなかった。

 ちりちりと燃える蝋燭の火の下で、ゆっくりと木箱の蓋を開けた。

 中身は面白味に欠ける物ばかりだった。

 子供用の人形だとか、コマだとか、およそ芸術的とはいえない絵、あとは薄汚い布切れだとかだ。両手で抱えるほど大きな木箱に、そういうものがぎっしりと詰まっていた。

「何でしょうね、これ?」

 と白鳥が首をかしげると、今度は長男が近付いてきた。

「これ、俺の前掛けだな」

 それに釣られて店員達もやってきて、ああでもない、こうでもないと思い出を語り合っている。

 あっという間に白鳥は、箱の脇から追い出された。ふと視線を転じると、寂しそうな顔をした次男が手持無沙汰にしている。白鳥は彼の背中を押してやった。

「こういう時は輪に加わるもんですよ」

 彼は逡巡していたが、長男の陽気な声に誘われたのか、箱の近くで膝をついて、子供の頃にお気に入りだったという人形にそっと手を触れた。その表情は、先ほどまでとは打って変わって、驚くほど穏やかである。

「父さん、こんなもの残しておいたんだなあ」

 長男がのんびり言うと、次男はふっと溜息をついた。

「もしかしたら、あの人、ずっと寂しかったのかもな」

 二人して気まずそうに木箱に視線を落とし、そして、玩具に紛れて立派な書状が入っていることに揃って気が付いた。

 同時に手が伸ばされた。表側は白紙で、裏には先代の名が書かれている。二人は恐る恐る中身を見て、ほっと溜息をついた。

 まあ、そこに入っていたのは遺言状というよりも、残された兄弟に向けての手紙だ。曰く、仲良くしろだとか、お互いの短所と長所を補いあえだとか、店は二人で切り盛りしろ、なんてことが書かれている。店員達にも、兄弟をよろしく頼む、というようなことを書いている。

 兄弟はしばらくその文面を目で追っていたが、どちらからともなく視線を合わせた。

「……お前、店に残る気はあるか?」

「俺を追い出す気じゃなかったのか?」

 長男は、荒っぽくこめかみのあたりを掻いた。

「父さんにこう言われちゃなあ」

「仕方がないか……」

 二人は溜息をつき、店員達に頭を下げた。対立して申し訳なかった、とか、これからは協力してやっていく、と。もちろん店員達もそれを受け入れた。

 彼らはこの混乱を収めるために、片付けは後回しにすることにしたらしい。

 店員達も兄弟のあとに続いてぞろぞろと出ていく。あとに残された同心二人は、そっと顔を見合わせた。平野は肩をすくめた。その厳格な表情に、ほんの僅かな憂いと郷愁が入り混じっている。

「何か、ありました?」

 と尋ねると、彼女は首を振った。個人的な事情を聞くには、まだ信頼を得ていないということであろう。白鳥は頷き、その玩具が詰まった箱を取り上げた。

「全く、これ持って行かなくていいんですかねえ……ん?」

 何気なく箱の底を見ると、小さな穴が開いていた。

 まさか白アリに食われたわけでもあるまいし、と玩具を全て外に出して、箱を上下逆さまにした。

 途端に箱の底が外れ、存外騒々しい音を奏でる。

 平野が眉をひそめた。白鳥は慌ててその薄っぺらい板を取り上げ、箱の底が二重になっていることを示した。

「それは何だ?」

「へ?」

 平野が箱の内部を指差す。白鳥が恐る恐る底を覗きこむと、そこには遺言状と書かれた立派な書状が張り付けられていた。

 視線を交わし合う。微妙な沈黙が流れた。さしもの平野も困惑気味だ。

 白鳥は躊躇いがちに箱を置き、遺言状を開いた。一目で本物だと分かる。

〝これを最初に見つけた奴に店も財産も全て相続する〟

 それしか書かれていない。

「どうします?」

 今さらあの兄弟にこれを見せるわけにもいかない。いや、厳密なことを言えば最初に見つけた白鳥に、店の権利が転がり込んでくるのだろうか? 

 想像するだに恐ろしい。

 平野は疲れ切った様子で息を吐き、肩を落とした。それから髪の毛を束ねている紐をほどき、首を回した。

 しばらく黙考していたが、やがて意を決するように踵を返した。白鳥もあとに続く。

 蔵の入口までやってくると、力なく顎をしゃくった。胡乱な視線が向けられた。

「……あとで燃やしておけ」

「はい」

「それからお前には話がある」

「……晩酌のお誘いですか?」

「いいや、違う。その腰に帯びた物体についてだ」

 白鳥は動きを止めた。懐から遺言状が落ちる。平野はそれを拾い上げると、慎重な仕草で彼の懐に入れ直し、耳元で囁いた。

「番所の土蔵は寒いらしいな」

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