迷い道③
何とも物騒な場所に来たものだ、と白鳥は溜息をついた。流れ流れて、ついに七傑の一角、神平家へとやってくる羽目になったのだから。
彼の隣には珍しくも蒼白の顔で頭を抱えた平野がいる。
ついてこなくてもいいですよ、とは言ったものの、呻き声を上げながら二歩遅れてあとに続いたのである。
裏手の扉を叩く。よほど教育が行き届いているのか、すぐに若い男が顔を覗かせた。白鳥と、それから平野を見て面上に困惑の色を張りつけていた。
白鳥は、やや緊張気味に指令書を取り出し、それを若い男に見せた。
彼は怪訝な唸り声を上げたものの、すぐに奥へと引っ込んでいった。広闊な神平家の屋敷の裏口で二人はしばし待つ。
すると表の方が騒がしくなった。
何かと思ったら、先ほどの若い男が完全武装した武士を五人も引き連れて近づいてきたのである。
「どうぞ、こちらへ」
先ほど応対してくれた若い男が腰を屈めて白鳥を促した。
その慇懃な態度に首をかしげていると、後ろで険しい顔をした平野が、白鳥の着物の裾を摘まんでいた。
二人は男達に囲まれつつ、神平家屋敷の顔とも呼べる巨大な正門をくぐった。
中に入って、すぐに白鳥は眉をひそめた。
神平家の屋敷では思いのほか多くの人間が働いているらしい。ざっと見たかぎりでは三十人ほどの人間がいるようだ。
「……平野さん」
後ろで縮こまっている上司に問いかけると、彼女はぴょこんと跳ね、怯えた顔を上げた。
それがいかにも可愛いと思えてしまった所は不徳の致すところであろう。白鳥は耳朶まで真っ赤にしつつ俯いた。
「ぼ、僕にとっては予想外の反応なんですが……」
「……私にとっては予定調和の悪夢だ」
苦々しげに吐き捨てられた言葉を問いただすよりも前に、二人は屋敷の中に招き入れられ、それを拒む暇もなく履物を脱いで板張りの廊下を歩く。
屋敷の中は嫌にひんやりとしていて、平野の冷たい視線を浴びた時と同じくらい体が強張っている。
とある一室に二人は通された。そこは縁側に面しており、風通しの為に縁側の戸が開けられている。明々とした光が差しこんで、白鳥は思わず目を細めた。
男達が去っていく。完全武装した武士の姿が無くなったのを確認してから、平野に視線を向けた。彼女は眉をハの字に寄せていた。
「あの、随分御大層な挨拶でしたね」
困惑した面持ちで言うと、平野の方はもっと混乱した様子で、そこに怯えのようなものも混ざっていた。
「……お前が余計なものを探すからだ」
「余計なもの?」
と尋ねると、平野はいつもの冷厳な顔に戻って、あの指令書のことだ、と言った。
ははあ、と思うのも束の間、やはり分かりきっていた事実が浮き彫りになって白鳥は下卑た笑みを浮かべた。
「な、何だ?」
平野が赤面している。それだけで、あの指令書を探した甲斐があったというものだ。
「あれのことを、僕は一度も指令書だとは言いませんでした」
そしてあの紙きれが指令書だと知らされたのは、確か最初の店の老人に教えられたからであったはずだ。
それを平野は、こともなげに指令書だと述べた。ということは、彼女はあれに何らかの関与をしているのである。まあ、それは筆跡からも類推できることだが。
そこまで指摘すると、平野はぐっと喉をつまらせた声を上げた。
「いつから私が書いたものだと気付いていた?」
「最初からです」
と返したところで廊下側の戸が開いた。
そこには初老の男が立っていて、彼は平野を見ると慇懃に頭を下げ、白鳥の方にはそれ以上に馬鹿丁寧に挨拶をした。
「神平清蔵でございます」
「あっ、えっと、白鳥徳次郎でございます」
と深々と頭を下げる。
聞けば神平家の当主代理なのだそうだ。一時的とはいえ七傑のトップであり、それは本来であれば白鳥が顔を合わせることもないような、雲の上にいる人間なのである。
そんな人間に頭を下げられてしまった。
平野の方は殺気と恐怖をないまぜにしたような、一種矛盾した表情を浮かべている。それがあまりにも無礼に見えてしまったから、白鳥はあと先のことなど何一つ考えず、平野の頭を押さえた。
「ひ、平野さん、あ、あれですよ? この人は偉い人なんですから」
なんて言いながら、平野の頭を下げさせる。
内心では混乱している。この国で一番偉い人間に逆らったらどうなるんだろう? なんてことが思い浮かぶのである。最悪打ち首なんかになっても困る。
それと比べたら平野の折檻なんて死なないだけましだ。
そんな二人の上司と部下の姿を見て、神平は僅かに眼光を緩めた。
そうすると見慣れたような雰囲気を醸す。ぽかんと口を開けた隙に、平野は彼の腕から逃れ、逆に白鳥の首に巻き付けて締め上げてくる。
神平はくつくつとした笑い声を上げた。