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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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堕天使達の呼び声④

 事件の翌日、気も新たに番所へと出勤してきた白鳥は、憮然とした様子の平野と鉢合わせて、明け方の上機嫌さを全てどこかに落としてしまった。

 その鋭い眼光に恐れを抱いて、彼は我が身を抱いた。

「遅刻はしていませんよ?」

「……何だ? 前にやったみたいな言い方だな」

 平野の冷厳な声を叩きつけられて、もう一度震えあがると、奥から河津が顔を覗かせた。

「まあ、お嬢、そこまでにしておいてやってください。……ほら白鳥、俺達は聞き込みだぞ」

「え? どこへです?」

 白鳥が首をかしげると、今度は河津も助けてくれず、平野の苛立ちを全て一身で受ける羽目になった。白鳥は半ば恐怖に怯え、そして内心で平野の長身を恨めしく思った。目線が同じくらいだから嫌でも目が合うのだ。

 この平野の瞳に映る己の姿を見ているうちに、白鳥も意識を巡らせた。

「そ、そうですよね。昨日の事件、裏取りするんですもんね」

 そう言って、白鳥は急いで踵を返した。その背中を見送って、平野は隣にいる河津を睨んだ。

「仕事ぶりは?」

「金さえやっとけば何でもしますよ」

 というわけで、白鳥と河津は進太郎の家の周辺の聞き込みにやってきた。昨日の人込みが何だったのかと思うほど閑散としていた。

 たっぷり一時間ばかり聞き込みをし、ブドウの購入先である八百屋の親父に怒鳴り立てられた。

 二人は意気消沈したまま豆河通りをぼんやりと辿る。

 今日も日差しに照らされて川面がキラキラと輝いていて、白鳥などはそれだけで精神を落ち着けられる。河津は気の良い中年らしく溜息をつき、そして進太郎の家の近くに達した時に、急に立ち止まった。

 後ろを歩いていた白鳥が、ぶつくさと悪態をついた。

「なんです、河津さん」

 と顔を上げた途端、彼の視線が一点に注がれているのを見て、白鳥もその先を追った。

 進太郎の家の前に多くの人だかりが出来ていた。下卑た笑いを浮かべた男達だが、口々に何やら念仏のようなものを呟いていて、それが一層その集団の異様さを表しているようだった。しかし純然な信仰のように見えないのは何故だろうか。

「あれって何なんでしょうね」

 と白鳥が口を開いた時、家の中から見覚えのある老婆が出てきて、愛想の良い歯抜け顔で人々を家の中に誘った。その光景に、白鳥は一種の不信感に見舞われた。

「まさか、あの婆さんが客を取っているわけじゃないだろうし……」

「行ってみるか」

 というわけで、二人はまたしても進太郎の家の前にやってきた。荒々しく扉を叩くと、中から聞こえていた念仏の声が僅かに止んで、次いで怪訝な顔をした老婆が出てきた。

「何の用だい?」

 この剣呑な声に白鳥はおののいた。代わりに河津が愛想の良い笑みを浮かべて、再び家の中から聞こえてきた念仏に耳を澄ました。

「聞いたこともない念仏ですな」

「……異国のものだからねえ」

「見学させてもらうことは――」

「ならんよ。信者でもないような連中を入れるわけにはいかん」

 かたくなに首を振る老婆に、河津は疑念を抱いたようだが、押し込むわけにもいかない。その代わりに、平静を取り戻した白鳥が純然たる疑問をぶつけた。

「確か、天心教の指導者は進太郎さんでしたよね?」

「……ああ、そうだが?」

「じゃあ、今は誰がこの教派を指導しているんです?」

「敬虔な信者に代わりを務めさせておるわ!」

 突如として叫ぶ老婆に、白鳥はまたしても一歩分だけ身を引いた。どうやら、自分はあまり捜査には向いていないらしい、と思い、この白鳥と老婆との間に入ってくれた河津には一層の信頼感を持つのであった。

 鼻息を荒くした老婆が河津を睨んだ。

「進太郎はいつ帰ってくる?」

「それが、彼がブドウに毒を盛っていないという証拠が出てきませんでね」

「まさか! あの女が犯人だろう?」

「仮にも義理の娘をそう言うもんじゃありませんよ」

「娘じゃない。あれは奴隷だ。私が金を出して買ってやったんだ」

 この剣幕に、河津は眉をひそめた。まあ異国からの奴隷というのは少なからずある。ただ珍しいのは、あの女くらい長生きをする存在だ。大抵は病気を持っていたり、風土が合わなかったりして死んでしまう。

 ともかく、肩を怒らせた老婆は建物に戻ってしまった。その後ろを追えるほど、二人は気の強い人間ではなかった。であるから素直に番所へと戻ることにする。その道すがらで白鳥がぼそりと呟いた。

「あの異国の女、やっぱり妻じゃなかったんですね」

「自分を妻だとは一言も言わなかったからな」

 そしてその日のうちに、異国の女――イズというらしい――は釈放された。少なくとも彼女がブドウに毒を入れていないことは分かりきっていたからだ。

 事件の日、彼女と進太郎が連れ立って八百屋へと赴き、ブドウを買って、そしてそれを進太郎が持ってどこかへ行ってしまったことが証明されたのだ。

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