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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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迷い道②

 とまあ、そういうわけで、ここ三日ほど平野や河津の誘いを断って、渡り歩いているのである。

日に日に平野は機嫌が悪くなった。

 なにせ、いつまで経ってもこの新人同心の用事とやらが終わらないのだ。奢ってやる気も失せるというものだろう。河津の方は翌日まで付き合ってくれたが、それ以降は呆れかえり、ついてこなくなった。

 おかげで白鳥は一人、その紙きれを持って格闘しているのである。

 今では十二枚の指令書をかき集め、十一個の指令を終わらせたところだ。出てくるものと言えば綺麗な石ころだとか、押し花だとか、あとは子供の遊び道具ばかりである。

「八番街……ここか」

 疲れ切った声を上げた。

 さっと辺りを見渡すが、あるのは店々の裏口ばかりである。日も差さず、薄暗い。そのうえ冷たい海風まで吹いてくる始末だ。白鳥は慌てて汗を拭った。体の芯から不自然な寒気が襲ってくる。

 今日は久々の非番だった。いつもは昼頃に起きるのだが、日の出と共に起き出して、指令書を片手に市中を駆けずり回っているのである。

 三つをこなしたところで昼になり、彼は猛烈な白光に晒されているというわけである。

 影の中に入ると、ひんやりとした冷たさが訪れた。それに一息入れ、この八番街のどこに指令書があるのだろうと首をかしげた。

 偶然にもどこぞの商家から若い丁稚が出てくる。

 この若い同心は、商人の次男坊としての愛想を全開にし、彼に古くから勤めている人を呼びに行かせた。

 出てきたのは番頭だ。五十そこそこの。彼は怪訝な顔をしたものの、相手が白鳥屋の次男坊であると知ると、すぐに愛想の良い笑みを浮かべた。

「はあ、なるほど」

 この初老の番頭は事情を聞いても平然としていた。日に焼けた肌が実に健康的で、どうやらただの番頭ではないと嫌でも気付かされるわけである。

「番頭さんは、海にも出ておられたんですか?」

 何の気も無しにそう尋ねると、彼は白い歯をむき出しにした。

「ええ、と言っても三年前までですが」

 神平家の御用商なんですよ、と番頭は朗らかに教えてくれた。

 神平家と言えば、現在、町奉行所を束ねるお偉い家柄である。七傑などと呼ばれ、この中津国の建国に携わった雲の上のような存在だ。そこの御用商というのはさぞ凄かろう。

 白鳥が妙に納得した顔をしていると、店の奥から腰の曲がった老人が現れた。

 その店の先代当主なのだという。彼はしょぼついた目をこすり、丁稚と番頭に支えられながら白鳥の前に立った。

「あんた、指令書を持っているらしいな」

 老人が目を細めた。何というか、可愛らしい孫を見ているような表情である。白鳥は自分の顔を撫でつつ、この老人の言に頷いた。

「はい、ここに」

「……うん、本物だ」

 老人は頷いて、またしても別の指令書と小さな木箱を差し出した。

 手のひら位の大きさだ。白鳥が蓋を開けると、そこには撫子をあしらった髪飾りが入っている。

 これまでのことを思うと随分と趣向が変わってきたようだ。急に女の子らしい物が出てきた。

 それで白鳥は微妙な顔をして頬を掻き、老人に礼を言った。彼はやはり目を細めたまま見送ってくれた。再び日のあるところに出て、指令書を広げた。

〝宝が欲しくば秋葉地蔵〟



 いつになったら終わるんだろう、と首をかしげたが、しかし一度首を突っ込んでしまった以上、途中で投げ出すのは何だか申し訳ないような気がしていた。

 それで今度は秋葉地蔵とかいうところに行く。

 全く聞いたことはなかったが、何とはなしに想像はつくのである。

 これまでの目的地は市中の西地区、しかも上級の武家通りから南側に広がる港湾地域にかけての部分に集約される。

 だから聞き込みをすれば、すぐに地蔵のことも分かった。

 その地蔵の近辺は、だだっ広い原っぱになっていた。

 どうやら武家――しかも上層の金持ち連中――の屋敷が連なる地帯の一角にあり、そういう家の子供達が汗水たらして遊んだり、稽古をしたりする場所であるらしい。

 青々とした芝が生え揃い、風に流れてこうべを垂れている。白鳥は、そんな穏やかな休日に目を細めつつ、地蔵の周りを歩いてみた。面白い物は特になさそうだ。

 高級な地帯であるからか、すぐに同心が何人かすっ飛んできた。

 彼らは白鳥をじろじろと眺め、高圧的な態度で問いかけた。

「何の用だ?」

 それで指令書を見せる。男達はそれを一笑に付し、白鳥の肩を押しやった。

「ここはお前みたいな貧民が来る場所じゃない」

 僕が貧民だったら、お前達も同じだろう、とは口が裂けても言えなかった。

 白鳥は眉を吊り上げ、どう反論してやろうかと考えていた。

 すると遠くの方に見知った顔の女がいる。いつも以上に冷厳で、そして人を殺した直後です、みたいな険しい血走った目をしていた。

 とんでもない偶然だ。しかも幸運に限りなく近い。

 それにしても、何故こんな場所にいるんだろうか? まさか自分と同じ用件ではあるまい。

「平野さん!」

 と声を掛けると、彼女はすぐに事態に気がついて、それこそ火事と喧嘩を見つけた町人みたいに腕まくりをしながらすっ飛んできた。

 同心達はその様子に恐れをなして、慌てて白鳥の後ろに逃げる。頭どころか尻も隠れていない。

 どうやら暴れたい気分だったらしい。いつもの冷静沈着さが、どこか失われているようだ。彼女は同心達を睨み、彼らの股間が縮み上がった頃になって溜息をついた。

「こいつは同僚だぞ」

 それで隠れていた男達が、はっと顔を歪める。白鳥の馬鹿面をまじまじと見て、ありえない、と首を振った。

「まさか。こんな馬鹿げた奴が同心だというんですか?」

「そうだ。そして私の部下だ。ぶん殴ってもいいか?」

 同心達は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。

おかげで冷やかな顔をした平野の視線を、白鳥一人が浴びる羽目になった。

「お前は何をしているんだ?」

 こんな場所に来る奴じゃないだろう? と平野は言っているのである。

 確かに、泥棒でもなければ、好き好んでこの国でも指折りの連中が住んでいる地帯になんか来たくはない。白鳥は溜息をつき、今までに集めた指令書を見せた。

 平野は口をぽかんと開けたまま、まじまじとそれを見つめている。

「……どこで見つけた?」

「ええと、色んな場所で?」

 白鳥が素直に答えると、平野はその紙きれの束を破り捨てた。

 何を隠そう、その紙きれの筆跡は平野の物であるからだ。一日に何度と見ている上司の筆跡を白鳥が忘れるはずがないのだ。不真面目な中年同心は知らないが……。

 平野は頬を紅潮させながら、白鳥ににじり寄った。

「いいか? このことは忘れろ」

「はい」

 と素直に頷きつつ、白鳥は地蔵の位置を動かし始めた。

 途端に後ろから平野の声が飛ぶが、しかし地蔵を壊してはことだと思ったのか、拳を握りしめたまま、体をわななかせるばかりであった。

 程なくして、地蔵の下に紙きれが挟まっているのが見える。他にも小さな銀の粒みたいなものが出てきた。

 商人の次男坊の視点から言えば、こういう小粒の銀は取引の際に端数を支払うために使われるものだ。 中津国にも貨幣というのはあるが、どうにも使い勝手が悪いのは、その額面が大きいことである。

 長屋に住んでいるような奴なんか、国が発行した額面の金では生活に支障をきたす。四人家族で一〇人分の買い物をしたって腐らせるだけだ。冷暗所などそうそうありはしないのだから。

 その紙きれを開いた。平野の抗議は苛烈になったが、白鳥は巧みに彼女の手をかわし、その指令の中身を読み上げた。

「宝が欲しくば神平家屋敷?」

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