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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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迷い道①

 今、白鳥は市中のひと気ない道に立ち、汗みずくだった。

 夏がやってきたのかと言えばそうではなくて、辺りはどんよりとした曇り空に包まれている。

 では何ゆえかといえば、彼の手元には一枚の紙きれが握られているのである。

〝宝が欲しくば港沿い八番街〟

 なんてことが書かれている紙きれである。宝、なんぞという言葉には全く惑わされなかったのだが、しかし、過日の出来事が脳裏を掠めていた。それは、ことの発端だ。

 時は三日前にさかのぼる――。


「全く、何だって僕が――」

 とぶつくさ言う白鳥は、番所の敷地内にある土蔵の整理を命じられ、忠実にもそれを守って作業をこなしているところだった。

 別の誰かに命じられたならばバックレも辞さない構えだったのであるが、命じたのが平野であったから黙って仕事をするしかない。

 そして同じく作業をしている河津は、宙を舞う埃にくしゃみをしつつ、同心達が好き放題使ってそのまま放置した、薄汚れた土蔵の内部に露悪的な顔をしたわけである。

「仕方がねえだろ。貧乏くじを引いちまったんだ」

「それにしたって、引いてきた張本人はどこへ行ったんですか」

 というのも、この土蔵の掃除であるが、西地区に所属する全番隊の隊長がくじを引き、平野が当ててしまったが故に、あくせく労働させられているわけである。

 言うなれば、この二人は全くの被害者で、唯一の加害者たる平野は、いつもの通り冷然と控室で資料を読んでいるのである。

 あの厳格な隊長殿が掃除をする光景なんか想像も出来ないし見たくもないのだが、最初も最初からやる気のないところを見せつけられると腹立たしいのである。

「お嬢にこの仕事は無理だ」

「やらせてみないと分からないじゃありませんか。そうやって河津さんが甘やかすから、面倒なことになるんですよ。全く、どこのお偉い娘だったら、あんな我儘に育つって言うんですか」

 白鳥はプンスカと怒りを発散しつつ、いつ買ったのかも分からない干し柿や、食べこぼし、ないしは誰が捨てたのかも分からない男物の下着類を麻袋に詰めていった。

 誰が何と言おうと、もはや白鳥の怒りを留める者はおらず、従って有無を言わさずに全てのゴミを捨て去ってしまおうという彼の魂胆を止める者ももはや無かったわけである。

 とまあ、そんなこんなで一日中汗水をたらし、埃と土にまみれ、そして同僚達の気の毒そうな視線に晒されて作業はひと段落した。

「今日で半分か……」

 埃の付いた着物の袖で河津が汗を拭う。白鳥の方は頬についた土汚れを指でこそげ落としながら深々と溜息をついた。

「明日、一気に終わらせましょうね」

「……殺人事件が起こらなければな」

 河津が怖い顔で冗談を言ってきたので、白鳥は顔をしかめたまま、ともかく今日出たゴミを土蔵の外に出してやろうと中身の詰まった麻袋を抱え上げた。

 その時だった。上手く口を閉じていなかった麻袋から、いくつかゴミがまろび出てしまった。河津は地べたに座って燃え尽きている。

 白鳥は舌打ちをしながら麻袋を下ろし、腰を屈めた。ゴミを拾おうとして、その紙きれに気が付いた。

〝宝が欲しくば豆河通り菊水屋〟

 なんてことが書かれている。菊水屋、と内心で繰り返し、確か南側の外れにある商家だったな、なんてことを思い出したのである。

 白鳥が難しい顔をしているのに気が付いたのだろう。河津も近付いてきて、その紙きれを見、怪訝な声を上げた。

「宝って……ガキじゃあるまいし」

「ええ、そうですね」

 白鳥はそっけない声を上げたが、紙きれは懐にしまった。その筆跡に見覚えがあったのである。

 と、そこに平野が姿を現した。

 どうやら罪悪感を持ってはいるらしい。殊勝な顔をして、今夜は奢ってやろう、なんて言ってくれたが、白鳥は強靭な精神でそれを断った。

「いや、僕はちょっと用がありますので」

「む、そうか。ならば、いつが空いている?」

「……明日か、明後日にでも」

「ではそうしよう」

 平野はそのまま帰ってしまった。

 今日はタダ酒だと喜び勇んでいた河津は、じっとりとした目で睨んできたが、白鳥はあえて無視して身支度を整え、その日の仕事を終えた。

 夜番の同心達と引き継ぎの挨拶を交わし、外に出る。夕暮れにはまだ早いようで、東の空が僅かに赤らんでいる程度であった。

 後ろから河津が追いかけてきた。せめても酒には付き合えと、ぶつくさ文句を言っている。この髭面の同心は、白鳥の手に握られた紙きれに呆れた声を上げた。

「まさかお前、それの為に断ったんじゃあるまいな?」

「そうだと言ったら?」

「酒に付き合え」

「今日は一人でどうぞ」

 すると河津は主に捨てられた子犬みたいな顔をして、とぼとぼとついてきた。今日はしつこいじゃないかと思っていると、河津は微妙そうな顔をした。

「早くに帰るとな、家の連中がうるさいんだ」

 なるほど古くからの家来達が心配するのである。いい歳をこいて結婚もしない、友達付き合いもないと分かると、お節介を焼きたくなるらしい。

 そんなわけで二人は菊水屋にやってきた。その紙きれを見せると、若い店主――何でも二年前に先代が急死したのだそう――は目を細めた。

「ああ、それね」

 なんて言いながら、バタバタと店の奥に行き、おしゃれな木箱を持って戻ってきた。

 中には古ぼけた独楽と紙きれが入っていた。

「先代がね、指令書を持ってきた奴がいたら、これを出せって言うんですよ」

「指令書?」

「これでしょうね」

 店主が紙きれを広げると、見慣れた文字で同じようなことが書いてあった。

〝宝が欲しくば南の港木野屋〟

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