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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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一攫千金④

「じゃあ、あの人は、その道中で殺されたんですね」

 白鳥が事件のことをすっかり話すと、本当にぽつりと暮葉が呟いた。普通に考えればそういうことになる。何せ奉介は何も持っていなかったのだから。

 と、考えたところで、白鳥の元に天啓が訪れた。

 彼はちょっと河津を見やり、頬を染めている髭面の中年同心の頭を叩いた。

「奉介の所持品、覚えています?」

 そっと囁くと河津は眉をひそめた。

「何も持っていなかった」

「ですよねえ」

 そう、何も持っていなかったのだ。

 富くじは一両である。それすらをも持っていないとはどういうことだろう。やはり盗みに行ったということなのだろうか?

 と、そこで暮葉がくつくつと笑った。視線を転じると、彼女は二人の同心に挑戦的な笑みを浮かべている。やはりそれほど悪辣に見えないのには、なんらかの原因があるのだろう。白鳥はそう断じて、暮葉に向き直った。

「あなた、悪い顔をしていらっしゃるわ」

「あなたほどの悪人じゃありませんよ」

 二人はじっと睨みあった。

 まるで怪物と相対しているようだ、と思ったのが白鳥で、一筋縄ではいかないらしいと直感したのが儚げな笑みを浮かべる暮葉である。彼女はしたたかに手で口元を隠し、まなじりだけを下げた。

 もはや話すことはない。たぶん暮葉は何も知らないのだ。

 白鳥は怪訝な顔をしたまま、部屋を辞した。

 暮葉という女、どうやらとてつもない野望を秘めた女であるようだ。あんな人間と相対するほど、白鳥の器は大きくない。

 悄然とした面持ちで二人が戻ってくると、店主が迎え入れてくれた。

 たぶん彼も、暮葉を上手く操れないのだろう。白鳥は半ば同情的な気持ちを抱いたが、彼の言葉で吹っ飛んでしまった。

「先ほど伍平さんが、ええと――」

「天翼丸の船頭さん?」

「ええ、その伍平さんがやってきましてね」

 店主は困惑した面持ちだった。もちろん白鳥と河津もだ。あの男は、暮葉と面識がないと言っていなかったか?

「まさか! 家庭を一つ壊されていますよ」

 店主が素っ頓狂な声を上げ、伍平の熱の入れようを教えてくれた。

「どれだけ貢いできたことか。今までばれていなかったようですがね、御用で金座に行った時なんか、毎回何かしら盗んでくるような有様ですよ」

 何だか、そんな話を金座で聞いたような気もするが……。と思っていると、店主はおずおずと小さな包みを渡してくれた。

「それで伍平さんがこれを、と」

 聞けば暮葉から出入り禁止を言い渡されているらしく、彼は健気にも、こうして暇があれば貢物を店先に持ってくる、というような有様なのだそうだ。

 河津が、その包みを開けた。店主が顔をしかめていたが、しかし今は捜査の途中だ。多少の粗相は許されてしかるべきだろう。

 そして中身を見た河津が舌打ちをした。彼の手には富くじの木札が握られている。それ以外には、金貨が三枚ほどあった。

 二人はちらと視線を交わした。それから同時に店主に視線を戻し、揃って声を上げた。

「暮葉さんを連れて行きます」

「今日は休業するんだな」

 店主は力ない溜息をつき、がっくりと肩を落として同意した。

 それで、この稀代の悪女とも称される暮葉は、丁重に番所の一室――畳敷きの小部屋に案内された。

 平野とは決定的に相性が悪そうだったから白鳥が応対した。

「しけた部屋ねえ」

 暮葉は、さっとこの小部屋を見渡して溜息をついた。そりゃ、そうだろう。彼女の部屋には金箔が張ってある。そんなものをこの小部屋に張り巡らしたら、犯罪者共の爪の垢になるだけだ。

「まあ、そう言わずに」

 白鳥は柔和な笑みを浮かべたまま、その富くじの木札と金貨を目の前に置いた。暮葉はそっけなくその二つを一瞥し、再び白鳥に視線を戻した。

「これが?」

「この木札、良く見てください」

 と木板を指差す。その一角には小さな赤黒い染みが付いている。暮葉は眉をひそめた。

「何が言いたいのか、分かりませんわ」

「こいつは伍平さんが持ってきたそうです。あの天翼丸の船頭さんが」

「へえ」

 と言いつつも、暮葉の顔が険しくなっていた。

「あなた、彼に買ってくるように頼んだんですか?」

「さっきも言ったでしょう、奉介――」

 と言ったところで声を止め、その猫のように愛くるしい大きな目をひんむいた。

「まさか」

「可能性はありますね。こっちの金貨は……」

 と言って白鳥は三枚の金貨も見せた。二枚は鋳造したてのようで金ぴかだが、もう一枚は薄汚れていて、そしてほんの微かに赤い痕が付いている。表面には一両、と書かれている。

「伍平が、奉介を殺したというの?」

「理由はあるでしょう? 上司である彼には会わないのに、新入りである奉介には会っている。嫉妬の要因には充分だと思いませんか?」

 だってあなた、伍平さんの家庭をぶっ壊したんでしょう?

 すると暮葉は頭を抱えた。

 まるで見たくもない現実を目の当たりにさせられてしまったかのような、絶望的な色がその面上にありありと浮かんだ。なるほど、伍平には何かあるというわけだ。

「まさか……なんてこと!」

 暮葉の顔は今にも泣きそうに歪んだ。白鳥は髪の毛を掻きむしり、この女に問うた。

「奉介さんに、金を取ってこいと命じたんですか?」

「まさか、あの子にさせたことはありません」

 必死の形相だ。どうやら演技でないと分かるのは、この暮葉が外見を取り繕うのを忘れて、幼稚にも爪を噛み始めたからだった。

「あの子には、させませんでした」

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