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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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未確認生物を見たのは④

「……それで何が言いたいのです?」

 事件の概要を聞いて、行楽斎が眉をひそめた。

 まあ、彼からしてみれば不快な話だろう。描いた絵が死んだ女とよく似ている、なんて言われたら。

 だが、それにしたって感情を表しすぎだ、と白鳥は思うのであった。行楽斎は一切不満を隠すことなく、河津に物凄い眼光を叩きつけていた。

「つまりだな、あんたにあの女のことを聞きたいんだ」

「知りませんよ」

「そんなことないだろう? あんな絵を描くんだ。何度も会ったんじゃないのか?」

 しかし、行楽斎は首を振るばかりだ。聞けば、彼は日がな一日ほっつき歩いて、印象に残った人間を描いているだけなのだという。だから対象がどこの誰なのか、さっぱり覚えていないのだそうだ。

 苦々しげな顔をする河津を他所に、白鳥は壁に掛けられた柄に夢中だった。見たこともない赤い花の絵を描いている。それがやはり、店の表に飾られている美人画と同じくらい鮮やかに見えた。

「いい色ですね」

 商人の次男として鑑賞眼はある程度持ち合わせている。幼いころから、いわゆる本物の美術品に触れさせられたから、この行楽斎の技量の高さが嫌でも目についたのだ。

「……ほお、色に目が行くか」

 行楽斎の方も幾分か気分が良くなったようだ。白鳥の隣に立ち――河津を無視して、だ――いちいち絵についての解説を入れてくれる。一つ終わるとすぐに隣の絵に移り、また同じく解説をする。

 あっという間に壁際の絵を見終えてしまうと、行楽斎は小僧に言いつけて、他の絵も持ってこさせた。

「これがこの前描いた絵なんだが、やはり色味が足らんな」

 なんてことを言っている。白鳥もそれらしく目を細めて、あの真っ赤な花の絵と赤色を比べて見る。

「そうですね。少しくすんで、褐色めいて見えます。何か原料が……ああ、いや、これは御法度ですね」

 とくすくす笑った。何が面白いのか、河津にはさっぱり分からない。茫然とする中年同心の耳元に小僧が口を寄せた。

「色の配合は画家の技量の一つです。その原料の割合を他人に教えることはありません」

「ほお」

 馬鹿みたいな面をして、絵に没頭する二人を黙然と見つめるしかないわけである。

 どれほどの時間が経っただろうか。ここ百年前後の美術史の推移について行楽斎が語り終えた頃になって、河津が咳払いをした。

 それで白鳥も用件を思い出して、気を良くした行楽斎に問うた。もちろん地図を見せながら。

「分かる範囲でいいので、どの辺を良く歩くのかだけ教えてはもらえませんか?」

「……色々だ」

 と言いつつ、行楽斎は何本かの道を指で示した。白鳥は勤勉にもそれを書き記し、そしてとある事情に気が付いた。しかし、今すぐに指摘するわけにもいかない。

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、画廊を辞することにする。

 行楽斎は店先まで出て応対してくれた。辺りはもう宵闇に足を掛けたところで、画廊の前にいた人だかりは影も形もなくなっていた。

 地図を広げつつ、辺りを見つつ、白鳥は道を進んだ。

 その後ろを河津が歩く。人いきれが酷い時はともかく、普段はこういう立ち位置だ。どうにも誰かの後ろにいた方が楽だ、というのが河津の思うところなのである。

 月光に地図を晒し、ゆっくりと進んでいく。一つ目の現場、二つ目、三つ目、と行くうちに鈍感な河津も事態を理解した。行楽斎の散策コースと事件の現場が奇妙にも一致するのである。

「……おい、まさか」

「可能性はあるでしょう?」

 白鳥が悪い顔をする。それが何とも似合わなくて、河津はふっと笑みをこぼした。

「だが、どこまでも受け身だな」

「仕方がありませんよ。彼が犯人だって保証はどこにもありませんから」

 二人して肩をすくめる。明日からは行楽斎を尾行すべきだな、と確認しあって、とにもかくにもその日の仕事を終えた。

 番所に帰ると平野に睨まれたのは言うまでもないことである。

「いやあ、ちょっと事件の香りを捉えましてねえ」

 白鳥が取り繕うように言うと、峻厳な顔をした平野は山積みになった書類の束を見下ろして溜息をついた。

「繁閑の臭いも嗅ぎ分けられるようになるんだな」

 彼女はそう吐き捨てて控室に戻った。何のかんのと言って、部下の仕事が終わるまで待ってくれるのが、彼女の良いところと言えば良いところなのである。

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