不義理の連鎖④
「僕はあなたのことを誤解していました」
開口一番、白鳥はそう言った。真正面に座る林太は、ちらちらと窺っている。その小動物的な馬鹿げた顔にはどうにも腹が立ち、喚き散らしたい気分にさせられた。
しかし、白鳥は何とか感情を抑えて、この林太をじろりと睨んだ。
「僕は嘘が嫌いです」
「そりゃ私だって」
何と白々しい。白鳥は目をすがめ、やれやれとかぶりを振った。
「ですから一度しか機会は与えません。……あなた、権吉さんの奥さんと、その父親の死に関して何か知っていますね?」
林太は、はっと顔を歪めた。それだけで何か知っていますと言っているようなものだが、白鳥はじっと待ち続けた。何か言うことがあるだろう? と無言のうちに問うているのである。
散々逡巡して、林太は観念するように溜息をついた。河津は相変わらず優しげな顔で、その様子を見ているだけだ。
「……はい」
「権吉が二人を殺した?」
「……はい」
「あなたも関わった?」
しかし、この問いを答えるには随分と時間がかかった。二人の同心を交互に見やって、そこに救いがないと見て取って、初めてふてくされたように頷いたのである。
「はい。二人に毒を盛りました」
はっきりと、そう供述をした。まあ、したところで立件のしようがないわけであるが。
白鳥の狙いは、そこにはなかった。この林太は思いもよらない情報を持っている。なにしろこいつは権吉夫妻や、その義理の父親、または息子達と繋がり、そして情報を束ねていたのだから。
「僕はね、六助さんも、七太郎さんも裏切っていたあなたが、あの権吉さんだけに忠誠を誓っていたとは、どうしても思えないんですよ」
全ての情報がこんがらがった要因は、この男にある。この男が間に入り、暗躍したおかげで、六助は死に、七太郎は平野に睨まれている。。
それを全て権吉が糸で操っていたとは到底思えない。なにしろあの男は、自分が最も疑われるタイミングで二人の人間を闇に葬った。
「……なるほど」
林太が頷いた。それは白鳥の勘の良さにか、それとも自分の策謀を見破られたことにか、判然とはせぬ。しかし感心した面持ちで二人を交互に見やった。
「なるほど、まあ、いいでしょう」
彼はそう呟いて自身のこめかみを荒っぽく掻いた。
「六助さんは、まず間違いなく自殺でした」
林太は訥々と話し始めた。六助は養子であるという事実に負い目を感じていたこと、そもそも家督を継ぐ気はなかったこと、七太郎に手柄を取られることを許容していたことなどを、だ。
「まあ、ともかく、です。私は思い止まるように言ったんですがね」
「六助の自殺を、ですか?」
「ええ。好機ってのはぐるりと回ってくるもんです。それが私にはしっかりと見えておりました」
白鳥が険しい顔をすると、林太はそれこそ狡猾な笑みを浮かべて身を乗り出した。
「あの権吉だって同じだ。ぐるりと回ってきた好機を掴んだが、次の好機は掴めない」
「何故です?」
「あいつが殺した奥さんには一人の弟がいた。権吉みたいなちんけな奴が、何故店を継げたのかといえば、この弟が早死にしちまったからだ。元はその弟に店を預けていたそうだが、死んじまったから、また旦那様が登板しただけのことでな」
そこで一つ言葉を切り、林太は白鳥と河津に心地よい笑みを浮かべた。
要するに、権吉の義父は二度八双屋の店主になったということだ。一度は実の息子に店を譲り、その死後、再度店を引き継いで権吉に殺された。
「だが、その弟には子供がいた。と言っても生まれたのは権吉が婿入りする前の話でしたからね。その直後に弟が亡くなって、その妻は家を追い出されたわけです」
その言葉に白鳥は眉を吊り上げた。
なるほど事態は不可解な方向に転がり落ちたようだ。
当然のこと、その息子にも正統な後継権が与えられるだろう。なにせ権吉が店を継いだのは、彼の義父と妻の間にいた唯一の娘を、権吉が娶っていたからだ。
そしてこの娘の死後、権吉が継いだにすぎない。そこにもう一人血縁者がいたと寝れば、権吉の相続の正統性も僅かに薄れてくる。
そして、よしんば権吉に相続が認められたとして、その子供が現れたらどうなるだろうか。彼と比較されるのは誰か。
「六助よりは七太郎の方が御しやすいと思いましてね」
「その結果六助さんが死んだら元も子もないでしょう?」
白鳥は不機嫌だった。この林太の策謀とやらもそうだし、現実を見ようともしない権吉にもだ。ただ、後者の点に関して林太は首を振った。
「あの権吉は、陥れられるような奴に用はないって言っていました」
それでこの白鳥は目をぐるりと回して溜息をついた。
傍らでは河津が気の毒そうな顔をしていて、どこか遠くから七太郎の悲鳴が聞こえてきそうである。全く以って世の中はままならず、だからこそ彼は彼なりに仁義を果たしたいと考えているわけだ。
「……その子供のところに案内してください」
白鳥はあくまで冷静な振りをしていた。しかし、その眼光に宿る憎悪を見て取って、狡猾な林太は色を失くして河津に助けを求めた。まあ、そんなものは何一つとして意味がないわけであるが。
「そうだなあ、権利があるなら、せめても教えてやらんとなあ」
あくまで善意で言っているのだから恐ろしい。結局、二人の同心に凄まれて、林太はその子供の元へと向かった。
「喜んで」
というのが、その子と母親の答えだった。媚を売りきっていない、と林太は口惜しがったが、それ以上に茫然自失となったのは権吉の方だった。
突如として現れた後継者候補は、どう贔屓目に見ても七太郎より上だ。しかも実質店を切り盛りしていた六助を失い、彼に頼らざるを得ない。
その蒼白の権吉を遠目に見て、ざまあみろと思うのは狭量なのだろうか。白鳥には判断が付きかねたから隣に立つ平野に問うと、彼女はそっけなく言葉を返した。
「知らん」