不義理の連鎖②
港に戻ってくる。もうすでに日常のけたたましさがそこにはあり、朝方死体が上がったことなんて誰も気にしてはいないようだった。
道行く労働者に聞けば、八双屋の古びた倉庫はすぐに見つかった。出来の悪い息子とはいえ、人が一人死んでいるからか、しんと静まり返っている。波に揺れる船が寂しげにそこにはあった。見れば水夫が一人もいない。
白鳥は怪訝な顔をしながら辺りを見渡した。
と、そこで不幸にも一人の若い男が通りかかったので、八双屋のことを聞いてみる。
忙しそうではあったが、同心の証たる神平家の紋が入った印籠を見せれば、快く応じてくれる。……しかし今になっても分からないのは、この印籠だ。白鳥は今の今までそれに物を詰めたことはない。河津など、お茶っ葉を入れて持ち歩くような有様である。
「今日、八双屋はお休みですか?」
「え? ああ、どうだろうな。六助さんが死んだんだろ?」
「ええ。店の方はやっていたから、もしかしたらって思ったんですが」
そう言うと、男はふっと吹きだした。
「そりゃ、まあねえ。でも、この倉庫は開店休業だろうよ。六助さんが死んじまったら、どうしようもねえ」
「……六助さんって、放蕩息子で、仕事もあまり出来なかったとか」
「それは七太郎さんの方」
男はきっぱりと言い切って、倉庫を顎でしゃくった。
「今日も寝てんじゃねえの?」
白鳥は、まるで狐に化かされたみたいに首をかしげながら倉庫の近くをうろついた。河津は船の方を見ている。
やがて決心がついて倉庫の戸を叩く。そっと耳をひそめると、潮騒に混じって大きないびきが聞こえてくる。
何度か繰り返すとそれが止み、中から鶏小屋の臭いをさせた、いかにもな駄目男が姿を現した。髷も衣服も乱れていて、明らかに一晩飲み明かしたと分かる。鼻の頭まで真っ赤に染まり、焦点の合わない目で白鳥を睨んだ。
「はい? 何か?」
どうやら呂律も回らないらしい。
「町奉行所の者ですが、八双屋の七太郎さんですか?」
「ああ、そうだよ」
言いつつ、腹や髪の毛を荒っぽく掻く。何というか、六助の悪評がそっくりそのまま移り変わったような奴だ。
「ええと、あなたは――」
「七太郎」
「そうですか、七太郎さん。確か、しっかり者で仕事も良くする……」
と言いつつ男を上から下まで眺めやる。それで相手も事態に気が付いたのか、さっと身を正して、それでもだらしない格好で首をひねった。
「何だよ、何かあったわけ?」
「まあ、そうですね。弟? お兄さん? どちらかは知りませんがね、六助さんが亡くなりました」
と言うと、この七太郎は明らかにほっと胸をなでおろして、不気味なほど気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「へえ、あいつ、死んだんだ。何で?」
「捜査中です。……それにしても働いている様子はありませんね」
と気になったことをいうと、七太郎は――まるで父親そっくりな様子で――一瞬にして怒りを爆発させ、白鳥の胸を小突いた。
「何だよ! 俺が六助を殺したって言いたいのか?」
「そうなんですか?」
「すっとぼけたこと言いやがって! 俺を疑ってんだろ?」
七太郎が一歩近づいてくる度に、白鳥は一歩ずつ下がっていく。その内、倉庫の外に出てしまい、白日の下で二人は睨みあった。
「殺されたとは言っていませんが?」
白鳥は怪訝な顔をした。一体何がどうなって、そういう理解をしたのだろう。首をひねると、彼はますます熱を帯びた様子で喚き散らした。
「俺が放蕩息子だって気付いてんだろ? 六助の手柄を横取りしていることにもだ。それを回りくどい言葉で言いやがって。はっきりしたらどうだ?」
「……それを捜査している最中だったんですが」
白鳥は眉間のしわを揉みながら、本当に、そよ風みたいな声で囁いた。真後ろでは河津がにんまりとした顔をしていて、この出来の悪い馬鹿野郎を捕まえてやろうと指の骨を鳴らしている。
やっぱり酒におぼれるものではないな、と白鳥は思った。だからこういうことになるのだ。思わぬことを口走って不利益を被ることになる。
暴れる七太郎を引きずりながら、二人は番所へと戻った。
そこではすでに平野が準備をしていて、樫で出来た木の棒と、神社にでも置いてありそうな荒縄を持って待っている。
七太郎は、その剣呑な光景に色を失くして喚き立てたが、彼女は全く意に介さず、その首根っこを捕まえて、人目につかない場所へと引きずりこんだ。
南無三、とどこかで聞いたような念仏を唱え、白鳥と河津は聞き込みに戻った。
誰しもの口から聞かれるのは、六助の真面目さと七太郎の不真面目さだ。その報告が積み上がるたびに二人は顔を見合わせ、首をかしげるのであった。
「……なんつうか、狸に騙されたみてえだ」
河津が自慢の髭を撫でる。白鳥の方は聞き込んだ情報を見つつ、これではあべこべではないか、と思うのである。
あの八双屋で聞いた情報は、ただ一点を除いて真逆であった。放蕩息子で飲んだくれだったのは七太郎の方で、真面目に仕事に取り組んでいたのが六助だ。一体どこで情報がこんがらがったのだろう。
どこから事実はねじ曲がったのか?
二人は再び八双屋に戻った。そこではすでに仕事が再開されていて、権吉が喚くようにして部下達をけしたてているのである。




