荒んだ荒野⑥
二人は惣太の家の裏手に到着した。それをぐるりと回って正面に出てくると、彼はもう仕事を終え、集めて回ったゴミを選別しているところだった。二人に気がつくと、彼はちょっと頭を下げた。
「やあ、何かご用で?」
「ああ。少し中を見せてくれ」
惣太が頷いて、敷地の中に招き入れてくれる。どうやらゴミは定期的に回収されるようだ。今は七日分ほどたまっているが悪臭などはない。
「まあ、瓶や陶器、金属類ばかりですよ」
「血の付いた刃物はなかったか?」
「へ? いいえ、そんなものはありませんよ」
全く意味が分からんと首を振る惣太を横目に、白鳥と河津はゴミ置き場と相対した。何かあるなら探してもいいですよ、という惣太の言葉に甘える形になったわけである。
「しかし、あるもんですかねえ」
と白鳥。彼らの真ん前には、それこそ七日分のゴミが鎮座しているのだ。生ゴミでないだけましだろう。惣太は几帳面であるらしく、回収した物はきちんと洗っている。
「あるかどうかじゃねえ、探し出すんだよ」
なんてことを言いながら、河津は腰を叩いていた。歳を取るって嫌なことだ。腰や膝がすぐ痛む。
終いには惣太まで参加した。手慣れた様子でゴミの山を崩していき、刃物を見つけるたびに二人に見せに来る。あれでもない、これでもないと唸っているうちに、辺りは黄昏に包まれていた。
「今日は、もう終わりにしますか?」
沈みゆく夕日に目を細め、惣太が呟いた。いや、何も出なかったのならばともかく、作業を終わらせなかった、となれば平野は怒り狂うかもしれない。
「もうちょっとだけ」
と言って、白鳥はなお一層熱心にゴミを掻きまわした。
夜も更け、惣太が家から明かりを取ってきた。月光と合わせて周囲を照らすと、気持ち分だけ手元が見えるようになる。
三人は無言で作業を進めた。惣太は真面目で、そして仕事熱心な男だ。それだけたくさんのゴミを収集しているのである。
その惣太が素っ頓狂な声を上げた時、またしても日が昇ろうか、という頃合いになっていた。眠気を抑えて白鳥が顔を上げると、遠く東の方から差し込んだ曙光が彼の手元をキラキラと輝かせていた。
「あの、これ」
と言って、彼がおずおずと見せてくれたのは血のついた刃物だった。河津はそれを恭しく受け取ると、ねんごろに礼を言い、惣太の家を辞した。二人はそのまま番所に飛び込んで、いつもの通り控室で沈思している平野に、その刃物を見せつけた。
「見つけました」
「……そうか」
平野は、ゆっくりと立ち上がった。白鳥達も疲れ切った体を引きずりながら、その後についていく。
目的地は番所の裏手にある土蔵だ。そこは留置所であり取調室であり、同心達の憩いの場でもある。そんな場所に平野は大股で入り、留置所代わりの一室の扉を開いた。
中には予想通り一人の子供がいて、憎悪と憤怒に彩られた眼睛を、はっきりと三人に向けていた。
「見つけたの?」
進太郎が問うた。河津が忌々しげに刃物を見せると、彼は八歳児とは思えない諦観した様子で溜息をついた。
「そう」
「なんでこんなことをしたんですか?」
白鳥が尋ねると、この少年はまるで馬鹿げたものを見るように表情を歪めた。
「お母さんはさ――」
進太郎は頬杖をつき、煤けた壁面を見ていた。
「常々言っていたわけだよ。あなたのためよ、って」
「その通りでしょう?」
「違うさ。自分に出来なかったことを人に押し付けて、悦に入っているんだ。いいかい? お母さんのやらせたかったことと、僕のやりたかったことは違う。僕は国の役人になるつもりはなかったし、かといって死ぬまで親の脛を齧る気もなかった」
進太郎はそこで言葉を切り、はっきりと白鳥を見据えた。
「僕がさ、何でそろばんやりたいって言ったか分かる?」
「……お父さんの背中を見たからじゃないんですか?」
「違うよ、違う。商人になりたかったわけでもない。僕は、そろばんの先生になりたかったんだ。いつも教室の外には月謝が払えない子達であふれかえるんだけど、そういう子達にもそろばんを教えてあげたかったんだ」
それをお母さんは誤解したのさ、と進太郎は囁くように言い、そしてもう一度頬杖をついた。
「もうたくさんだよ。あなた達が素晴らしい同心で良かった。惣太さんの名前を出したのは賭けだったんだ」
「お母さんを殺したことは、何とも思っていないのですか?」
「ああ、むしろ誇らしい気分だよ。僕ちゃん、じゃなくて、進太郎として生きられるんだからね」
それから進太郎ははっきりと平野を見て、自分が殺した、と告げた。彼女はその冷厳な顔にさらに峻厳さを混ぜ込んで、進太郎を縛り上げさせた。
土蔵を出る間際、彼は思い出したように平野を見上げた。
「ねえ、咎人だって何かを望んでもいいんだろう?」
「……物によるがな」
「じゃあ、そろばんを用意してよ。殺人犯だって、数を数える権利はあるはずだから」