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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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荒んだ荒野④

「で、そのゴミ回収の惣太さんですがね、あなたといたって言うんですよ」

 今はとある御屋敷の勝手口にいる。

 話も話だから、こうして内密にしているわけである。その奥さんも、さすがに夫や子供のいる前でされるような話ではないから、露骨に安堵していた。

「ええ、一晩中。出て行ったのは日の出頃です。夫が帰ってくる前」

 その態度はそっけない。見れば三十代半ばくらいの女だが、いかにも家庭と、それから主婦業に飽き飽きしていますという雰囲気だ。遊んでいるわけではないのだろう。だから手近なところで済ませている。

 捜査は振り出しに戻った。

 とりあえず近所一帯に聞き込みをして回ったが、答えは同じだ。あの男は勤勉にも日に四度、縄張りを回ってゴミを回収していくのだそうだ。

 その日――ちょうど政子が殺されたと思しき時間帯――夜の逢瀬を終えた惣太は大荷物を抱えて住処に帰るところだったそうだ。

 聞けば転勤になった官僚が一人おり、その屋敷の大掃除まで請け負っていたのだという。

「あの人は真面目でねえ。悪さする訳でもないから」

 というのが近隣一帯の認識だったようだ。

「悪さはしてませんけどねえ」

「火遊びはしてるわな」

 なんて言いつつ、二人は現場近くに戻ってくる。

 そこでは今日も今日とて惣太がゴミの回収をしている。大きな荷車を汗みずくで引きながら、ゴミはありませんか、と各家を回るのだ。

 その真面目な後ろ姿を横目に、白鳥はとある人物を見つけていた。いや、少年というべきか。進太郎が物陰からじっと惣太を窺っているのである。

「よお、何してるんだ?」

 と気軽に声を掛けると、進太郎は驚いた顔をして振り返り、それから惣太と白鳥とを交互に見比べた。初めは蒼白の表情を浮かべていたものの、段々と険しい顔になる。

 どことなく利発さを覚えるのは、この子の出来が良いからか、白鳥が馬鹿げているからか。少なくともどんなご先祖でも分からぬことだろう。

「何しているの?」

「……捜査だよ。で、そっちは?」

 途端に進太郎は色を失くした。踵を返して逃げようとするのを白鳥が慌てて押しとどめる。予定通りなら彼は近所の寺にいるはずだ。それが何故、一人で往来のど真ん中にいるのであろう。

「こっちには話があるぞ」

 と白鳥が凄むと、進太郎は首をすくめた。

「お父さんには言わないで」

「……だが、決められたことが出来なければ駄目じゃないか」

 白鳥は次男坊だ。いつもいつも自分が親に言われてきたことを口にする。口にしたところで、こいつは随分と長い間そうして言いなりだったな、と思って言葉を言い換えた。

「まだ犯人は見つかっていないんだ。何故、お母さんを狙ったのかも分からない」

「分かるよ」

 そっけない態度で進太郎が吐き捨てた。そういう時は八歳児には見えず、何だか人生に疲れた、うらぶれた人間のように映るのである。

「何故?」

「分かるからさ。あの女は他人の立てた功績を、まるで自分の物のように扱うんだ」

 あの女、という言葉が白鳥の中で渦巻く。この子供、もしかしたら随分と不満をため込んでいるのかもしれない。そう思うと無下にも出来ないのが彼の悪いところである。

「そう思うようなことがあるのか?」

「……そんなことばっかりさ。見たこともない子供と争わされるんだよ」

 例えば、父親の同僚の子供、後輩の子供、同級生の子供、ありとあらゆる身近な子供と進太郎は比べられてきたそうだ。やれ、三丁目の琢磨君は出来るらしいわよ、幸太郎君はもうやったって言っていたわ、あなたは何をやっているの?

「もううんざりだ。僕はお母さんの玩具じゃないんだ」

 そう言う少年の顔は、どこか憂いを帯びていて、年齢よりも大人びて見える。きっと今では、やりたいと思っていたそろばんだって義務の一つでしかないのだろう。その教室にいるあらゆる子供と比べられていたに違いない。

「……それじゃ、お前が犯人だって言っているみたいじゃないか」

「犯人だよ」

「え?」

「僕が殺した。お母さんを」

 白鳥は、まじまじと進太郎を見据えた。白光を浴びて影を帯びた彼の顔は、どうにも得体の知れない怪物のように見える。

 彼の言葉は嘘だ、と断じてしまいたかったが、そうするだけの証拠がないのもまた事実である。あの現場にいたと分かる唯一の人間なのだ。

「本当に?」

「……冗談だよ」

 急に、ぱっと顔を綻ばせた。コロコロと声を上げて笑い、そのまま踵を返してしまう。追いかける気力は白鳥には無かった。茫然とその後ろ姿を見送り、河津が来るまでそのまま立ちつくした。

 結局、そのもやもやが晴れないまま聞き込みを続けた。分かってくるのは政子の教育熱心さと、そして行き過ぎた向上心だ。

「あのお母さんはねえ……。自分が出来なかったことを子供にやらせようとしているのよ」

 と誰かが言えば、別の誰かが嘆かわしげに首を振る。

「序列付けに熱心でねえ。何か一つでも弱みを見せると散々馬鹿にされたものですよ」

「ああ、そうそう。それで進太郎君が負けると、怒り狂って竹の物差しで叩くって噂も」

 なんて、ろくでもない話ばかりが出てくる。一体どんな教育をしていたことやら。何よりも嘆かわしいのは、父親が、こうした現状を全く把握していないことだった。

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