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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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荒んだ荒野③

「もしかして、見たのか?」

 思わず尋ねると、進太郎は大きく頷いた。

「うん。男の人が来てね、お母さんを刺した」

「……いつくらいに?」

「ううん、日が出る前くらい。いつもその時間に起きるんだよ」

 なんて気楽に言うものだから、その頭をそっと撫でて、それから男に見覚えはないかと尋ねた。

「あるよ。いつも瓶を回収しに来る人」

「間違いない?」

「もちろん。僕、目は良いからね」

 なんて言うものだから、白鳥もその気になって進太郎から離れた。そして父親の元に戻ると、河津の姿はやはり無く、代わりに平野がいた。御愁傷様、と中年の相棒に憐憫を垂れ掛けてやりつつ、その父親にそっと耳打ちをした。

「この家に瓶を回収しに来る人がいるんですって?」

「……瓶、ですか?」

 父親の方はよく知らないらしい。何度も首をかしげつつ、それを息子が言ったのか、と尋ねてくる。どうやらこの父親、家のことにはあまり関わりが無いようだ。何とはなしに気になって、白鳥は別件を口にした。

「ちなみに御子息、つまりは進太郎君ですが、どんな習い事をしているのか、知っていますか?」

「え? ええ、そろばんと聞きましたが」

「それだけ?」

「……何が言いたいんです?」

 怪訝な顔をする父親に、白鳥は肩をすくめた。

「もう少し、息子さんと話し合うべきですね」

 そんなことを言っているうちに、河津が現場に飛び込んできた。

 遅れると言っていた主が目の前に立っていて、この髭面の男が顔を強張らせた。平野は冷厳な笑みを面上に張り付けたまま、そっと何かを耳打ちしている。その恬淡な様子に怖気がやってきて、白鳥も背筋を伸ばした。

「と、ともかく、息子さんとよく話してください。彼も現場を目撃してしまったようです」

 父親も壊れた人形みたいに首を上下に動かし、それから恐る恐る平野の背中を窺った。

 そんなこんなで河津と共に聞き込みに出向く。もはや処刑台を目の前にした死刑囚みたいな顔をしている。あとで充分折檻を受けるがいい。白鳥は嗜虐的な感情を渦巻かせたまま、道行く人に尋ねて回った。

 それからほどなくして男の素性が分かった。

 この辺りに住む男で貧乏な奴らしい。瓶や陶器、ゴミを回収して日銭を稼ぐということを何十年もやっている人間なのだそうだ。

 名を惣太という。彼の居場所もすぐに分かり、二人はゴミを選別している彼の元へと向かった。

「惣太さん?」

 掘立小屋だ。しかも今にも崩れ落ちそうである。鶏の額よりも小さい庭先にはゴミの山が出来ていた。悪臭がないのは、そういうものを扱っていないからだろう。見る限り瓶や陶器、あとは壊れた家具などが集まっている。

「ええ、私ですが」

 髭面の、あまり清潔でなさそうな男が現れた。中背の肉体を包む麻の着流しにはほつれが目立ち、病気か怪我の後遺症なのか、左手が体の脇にぶら下がっているようだ。髷を結う金もないのか、後ろで結ばれているだけである。

「あーと、町奉行所の者です」

 と言いつつ河津を小突くが、彼は放心状態だ。今後ある平野の折檻を前にして、正気を保っていられる人間はそう多くない。白鳥は嘆かわしげに首を振り振り、惣太に視線を戻した。

「実は、あなたの縄張りで殺人事件がおきましてね」

 何故かは知らないが、こういうゴミを回収するような人間には目に見えない縄張りが存在することがある。白鳥が住んでいる長屋にもそういう人がいて、まるでカラスか猫みたいに、縄張りの外から来た奴と、よく喧嘩をしている。

「で、その殺人現場であなたを見たという人がいるんですよ」

 白鳥が言うと、惣太は目をひんむいた。持っていた陶器の欠片を落とし、一歩、二歩と白鳥に近づいてきて、右手でその肩を掴んだ。やはり左の方は使い物にならないらしい。

「私が疑われているんですか?」

「……まあ、そうなりますね」

 白鳥はそっけなく頷いた。はっきりといえば別に本気で疑っているわけじゃない。今のところ、こいつを見たという奴がいるから話を聞いているだけだ。

 だが、言われた本人からすれば、青天の霹靂よりも恐ろしい響きを伴っていたに違いない。惣太は今にも泣きそうな顔をした。

「馬鹿を言わないでください。こんな体になってからというもの、私はこうして真面目に仕事をしています」

「では、教えてください。今日の日の出頃、どこで何をしていました?」

「それは……」

 と言い澱むのはお約束と言ってもいいんだろうか。白鳥は首をかしげた。惣太の顔に憂いがあり、やましいことを意味していると、ありありと理解できるからである。

「まあ、こっちだって殺しをしたとは思いませんよ。相手が女とはいえ、人を殺せるような体はしていませんしね」

「では――」

「情報が欲しいんです」

 白鳥はきっぱりと言って、その家の情報を告げた。無関心な父と教育熱心な母、それに嫌気が差している息子という、あの家庭のことを。すると惣太は顔をしかめたまま、とあることを教えてくれた。あの家の秘密だ。

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