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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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最後に笑うのは⑤

 そんなこんなで五日が経ち、白鳥と河津はいつものように現場を訪れた。

 とねは体調が優れないようで、青ざめた顔をしている。その傍らに吉蔵がしっかりと付き、これじゃまるで立場逆転だな、という風に思うのである。

「今日もですか?」

 と吉蔵が怪訝な顔をしたが、しかし拒むことは出来ない。なにしろ自分達には非があるし、相手は全くの善意からやってきているのだから。

 しかし、とねの方は神経質になった。同心達が無遠慮に襖を開けていくのが気に入らず、何度も喚き立てるようになった。

「奥さん、調子悪そうだな」

 河津が眉をひそめると、それと同じくらい不機嫌な顔をした吉蔵が返した。

「誰だって、他人が家の中にいたら気が休まらないものです」

「……そうかね? 自分の叔父を殺した奴が野放しでいる方が嫌だと思うがね」

 河津が溜息をつく。吉蔵ははっとした顔をしたが、しかし慌ててかぶりを振った。

「それで、今日は何の用です?」

「一つ進展があったんだ」

 河津は、まるでそれが世紀の発見みたいに言った。

「為蔵には子供がいた」

 いや、まさしく吉蔵とね夫妻にとっては青天の霹靂という奴だろう。地面が揺れたと錯覚したのか、吉蔵の足元がふらついた。それを河津が受け止め、二人はひと時睨みあった。

「ど、どういう意味です? 叔父は生涯独り身だったはずです」

 吉蔵が震える声で尋ねると、今度は白鳥が前に出た。

「あなたのお父さん、つまり養い親は為蔵の婚約者を寝取った。それを散々に利用して、彼をこの店に縛り付けたってのが真相だそうですよ」

 与一は何でも話してくれた。それこそ店の内情から殺された為蔵の野望まで。 それはいつぞや聞いたよりも、ずっと現実味を帯びた話だったのだ。

「で、為蔵は行商の居間に運命を人を見つけ、彼女と子を育んだ。そのお子さんは十歳です。丁稚奉公をさせるには充分な年齢ですね?」

 現実には、もっと小さい子――それこそ片手で数えられる年齢で――がやることだってある。白鳥屋だって一番小さいのは六歳だ。弁術やそろばんを勉強する傍ら、店の雑事に終始している。そうして十五、六になった頃には、店の大体の流れを把握しつつ、外の世界で商売を始めるのだ。

「……まさか」

「そう、そのまさかです。まさしく来月から働かせるつもりだったようです。生きているうちに技術を全て伝授しておきたかったようですね。聞けば明日の晩に市中に到着するのだとか」

「う、うちに泊まるんですか?」

「いえ、港近くの宿屋です。〝兎庵〟ってあるでしょう?」

 それだけを告げて、二人は帰った。

何も手がかりが無いんだよなあ、とぼやきながら、吉蔵に意味深な笑みを浮かべながら。

 さて、この日の晩、吉蔵と利根の間で如何様の会話が交わされたのか、白鳥達が知る由もない。

 しかし同心達はその日のうちから兎庵に泊まり込んだ。ちなみに夫妻に語ったのは紛れもない事実で、為蔵はずっと前からあの夫妻の野望に気が付いていたそうなのだ。

「不意打ちで追いだす腹づもりだったようです」

 というのは番頭の与一である。彼からしてみれば、別に誰が上にいようと構わないのだが、やはり有能な人間にいてもらった方が仕事はしやすいのである。そういう意味で、吉蔵も、とねも不適格だ。ならば最後の手段、子供のうちから鍛えてしまおうというのである。

 定刻通りやってきた、その為蔵の愛人と子供には事情を話し、同心達の警護まで付けて白鳥屋に移ってもらった。

 別にどこでも良かったのだが、白鳥の父がこの子供のことを知りたがったのだ。あわよくば自分の店で働かせようとしているな、と直感したのは息子たる白鳥だけである。

「しかし、本当に来ますかねえ」

 押し入れの中で河津と二人、ひっそりと息をひそめている。

 ちなみに敷いた布団で寝ているのは、平野と、それから白鳥屋の丁稚である。 黙っていれば平野は美人だ。それの隣で寝られるのは妬ましい、とごく平凡な成人である白鳥などは思うのだが、そんな馬鹿みたいな嫉妬は後回しだ。

 しばらく水を打ったような静寂が広がる。虫の音が微かに聞えてきて、辺りは完全な暗闇が広がっている。慎重に慎重を重ねて、万が一にもばれないように、そうしていたわけだ。

 どれほどの時間が経っただろうか。腹の虫が夜食を欲する頃になって、それまで静かだったろうかから、いくつかの足音が聞こえてきた。

 仲居かとも思ったのだが、どうも様子が違うのは、この部屋の前で立ち止まったことにある。うとうととしていた白鳥の肩を叩いた河津は剣の柄に手を掛けた。

 程なくして襖が開けられる。板張りの廊下から明かりが漏れてこなかったから、もう夜の盛りなのだろう。宿の方も寝静まっている。

 音もなく部屋に入ってきたのは二人の人影である。

 何をするのかは一目瞭然だ。二人は――熟睡していると思ったのだろう――二つの布団の周りを行ったり来たりして、それから意を決するように小さな布団の方に手を掛けた。

 と、そこで平野が飛び起きた。

 向かってきた一人を蹴倒すと、高々と包丁を突き上げていたもう一人の手を掴んだ。途端に押し入れから河津も飛び出し、倒れた方を抑えこんだ。

 その間、白鳥は何をしていたかといえば、押し入れの中で機を逸して、ぼんやりと見ているばかりであった。

 彼は商人の次男だ。こういう荒事に慣れていないし、どうすればいいのかも分からない。であるから同じく放心状態だった丁稚に手招きをして、二人の悪漢が取り押さえられる現場を見ていることしか出来なかった。

 その場を完全に制圧した平野が唸るような声を上げた。

「さあ、話を聞かせてもらうぞ」

 室内に明かりがともされると、そこにはやはり吉蔵ととねがいた。包丁を持った吉蔵が目をひんむき、さめざめと泣いているとねが河津の下にいる。彼らはすぐに同心達によって捕縛され、番所へと連れて行かれた。

 その様子を茫然と見つめていた白鳥の耳道を揺さぶるように、とびきり凄むような声が辺りに響いた。

「白鳥はどこに行った!」

 怒れる平野の前に出るか否か、散々逡巡した上で、白鳥は丁稚を小脇に抱えたまま押入れから外に出た。あとは恐ろしい時間が待っているだけだ。

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