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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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暗闇の中で⑥

「こんなところにあんのかい」

 河津がぶつくさと言いながら、花街にある寺の茂みを漁っている。額に汗した白鳥は、全く意に介することもなく足元に広がる竹藪を踏み抜いた。

「あるって言ったんですから」

 彼らは二人、応援もなく花街の寺にやってきたのである。

 はっきりといえば、これからしようということは同心としては失格だ。さしもの平野とて、河津の首を刎ねるくらいのことはしそうなものである。

 辺りは夕暮だ。寺の敷地が無駄に広く、それでいて二人しかいないものだから、捜索が難航しているのである。

「でもよ、お前、そんなことして心は痛まねえのか?」

 この日、何度目かの問いかけだ。

 白鳥は顔も上げずに胡乱な声を上げた。痛まないわけがない。なにしろ本当の犯人を逃がして、死にかけの母親に罪をかぶせようというのだから。自分だって恐ろしいことを口にしている自覚くらいはある。

「殺されて当然の人間なんかいませんけどね、でも救われるべき人はいると思うんですよ」

「……そうかい」

 基本的に河津は優しい。その優しさにつけ込まれる程度には。

 結局、二人は夜遅くになって凶器を見つけた。それを花街にある浪の実家に持って行くと、彼女の母親はうっとりとした顔で、乾いた血がこびりつく鈍色の刃を撫でた。

「これで、棗は殺されたのですか?」

「ええ、浪さんの証言通りの場所から出てきましたから」

「そうですか、これで……」

 そう呟くと、往年――きっと浪くらいの年齢の頃――の美しさが垣間見えるような艶然とした笑みを浮かべて、深々と溜息をついた。

「私が棗を殺しました。凶器は、ここにあります」

 そう言われては仕方があるまいと、白鳥と河津はその場で母親を捉え、番所へと連れて行った。そこで――いつもの畳敷きの小部屋で――母娘を引き合わせた。

 あとのことは淡々と進んだ。

 なにしろ母が罪を認め、娘は否定している。しかも凶器は母が持っているところを白鳥と河津によって発見されたのだ。いかにそれが偽りに塗り固められていようとも、声を大にして反論できる者は少ない。

 こうして浪は釈放され、彼女の母親が逮捕された。

 仕事をやりきったという達成感からか、浪の母親は供述の最中に倒れ、そのまま息を引き取ってしまった。被疑者死亡のまま事件は幕引きとなった。

 母親を荼毘に付し、そして寺に埋葬してしまう頃には浪の罪も確定した。捜査をいたずらに混乱させた偽証の罪だ。これにより禁固刑か市中追放かという選択に迫られた浪は、何の躊躇いもなく追放を選んだ。

 そして浪が追放される日、白鳥と河津は警邏を一旦切り上げて、その様子を見に行った。

 どうやら行き先は決まっているようで、母親の生まれ故郷に戻るのだという。 そこまで同行する同心が使命感に満ちた凛々しい表情で、浪にいくつかの注意を与えていた。

 曰く、逃げ出さないこと。曰く、品行方正に努めること。

 そんな眠たい口上を聞き終えて、白鳥は欠伸をしながらゆっくりと近づいた。

「浪さん」

 ぱっと彼女が顔を上げる。

 それから深々と頭を下げ、その背中をぴんと真っ直ぐに伸ばした。どうやらお小言は必要なさそうだ。であるから、白鳥は懐から一つの巾着を取り出した。

「これ、持っていってください」

 浪は怪訝な顔をして巾着を開け、驚いた顔をした。

「……お金じゃないですか」

「ええ、この前の代金」

「でも、あれは薬で……」

「あなたのお母さんが一つも飲まなかったから。その代わりだと思ってください」

 返却されても困ってしまう。白鳥は首を振り、身を引いた。それでは浪の方も返すわけにもいかず、巾着を懐に入れた。

「ありがとうございます」

「ええ、大切に使ってくださいね」

 浪はしっかりと白鳥を見て、夏を思わせるような爛漫の笑みを浮かべた。

「はい。背筋を伸ばして生きていこうと思います」

 こうして彼女は市中から去って行った。

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