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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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暗闇の中で⑤

 事件は終息へと向かいつつあったが、同心達にとって最も厄介だったのは、凶器がいまだ見つかっていないということである。

 浪の仕事部屋や、彼女の立ち寄りそうな場所、ないしは彼女の実家などを探してはみたけれども、それらしい凶器が見つかることはなかった。

 どこに隠したのか、と同心達の追及は苛烈さを増したが、けれども浪は一切喋ろうとはしなかった。

 今日も今日とて彼女は縄で吊るしあげられて、見るもおぞましい、拷問と呼んでも差し支えないような取り調べを受けている。

 その様子をちらと見た白鳥は、河津に適当な理由を述べて一人で番所の外に出た。行く先は決まっている。浪の実家だ。

 寝たきりの母親と対峙する。やはり目は見えないのか、ぼんやりとあらぬ方向を見つめていた。

「あの、浪はどうなりましたか?」

 娘がいなくなってからというもの、めっきり体が弱くなってしまった。何度も咳き込んだり、もしくは物憂げな溜息をついたりと、体が衰えていく感覚を自覚しているようだった。白鳥がさっと見た限り、薬にも手を付けていない。

「取り調べの最中です。全く遺憾ながら、彼女が棗さんに会った最後の人間なんです」

「あの子は殺したと言ったんですか?」

「いいえ。何も言ってはおりません」

 そうですか、と母親はぼんやりと呟いて、それからはっと顔を上げた。その一瞬だけは光ない瞳をまともに見つめて、白鳥の心臓は一つ大きく脈打った。

「あの子、背中を丸めてはいませんでしたか?」

「へ?」

「背中。猫背みたいに」

 そう言われてさっとあの場の光景を思い出し、そういえば、まるで子供みたいに下から顔を覗きこまれたな、と思い至った。

 すると母親はくすくすと密かな笑い声を上げ、その拍子に大きく咳き込んだ。

「……それ、あの子が嘘をついている時の合図です。何か隠そうとすると、いっつも背中を丸めて、下っから顔色を窺うんですよ。私にも目が見える時期はありましてね、あの子によく怒ったものですよ。卑屈になるぞって」

「はあ」

 それが一体何なのか、というのが素直な感想だったが、しかし母親の次の言葉で思いを改めた。

「あの子に言ってください。私が殺したんですよ。真っ暗闇の中で、私があの悪女を殺したんです」

「……娘さんに卑屈な人生を歩かせることになりますよ?」

「もう、充分卑屈な人生でしょう?」

 そこで、はっと気付かされることがあった。白鳥は、この盲目の母親を見下ろして、恐る恐る尋ねた。

「まさか……」

「娘がどんな商売をしているのか、目が見えなくたって分かります。ですから、これからは素直な人生を歩んでもらいたいのです」

 どうやら母親というのは勘が鋭いらしい。白鳥は荒っぽく髪の毛を掻いて、部屋を辞することにした。その背中に弱々しい声が掛けられた。よろしくお願いします、と。

 そうして戻ってきた白鳥は再び浪と対峙した。

 今はちょうど午前の取り調べを終えたところで、浪はびしょ濡れだった。水責めでもされたのだろうか? 取り調べはやり過ぎることが常であるから、白鳥はあまり考えないようにしていた。

「疲れてそうですね」

 ともかく昼飯は食わせて、白鳥と河津、そして浪はいつもの通り畳敷きの小部屋に座った。白鳥の時だけは手荒な真似をされないから、浪もほっと安らいでいるようである。

「ええ、毎日ですからね」

「じゃあ、結論から聞きましょう。この前の話、考えてくれましたか?」

 何だそれは、と河津が眉をひそめた気もするが、白鳥は構わず浪を見つめていた。

「お受けする気にはなりません」

「では、このままここで死ぬまで取り調べを受けますか?」

 と言うと、浪は途端に黙りこんでしまう。白鳥は深々と溜息をついた。

「これだけは言わせてください。あなたのお母さんはそう長くありません」

 さっと顔を上げた浪を一瞥し、白鳥はなおも言葉を続けた。

「薬も飲んでいませんし、食事も満足にとっていないようです。別に意地悪をされているというわけではありませんよ?」

「……母、のことですからね」

 浪は諦観の様子で俯いた。その内、体まで丸まってきて、白鳥は思わず苦笑した。

「実は、そんなこと思っていないんでしょう?」

 白鳥が眉を上げる。浪は怪訝な顔をしていたが、自分の背中が丸まっていることに気がついて、慌てて背筋を伸ばした。

「卑屈な人生になるって言ってましたよ」

「……母が、ですか?」

「ええ、非情なことを強いているとは思います。でも、あなたにはやり直す機会があって、お母さんには時間がない」

 何を逡巡する必要があるのです? と白鳥は問うた。しばらく沈黙がある。傍らにいた河津も、特段身じろぎをしなかったから、微妙な静寂が辺りを包んだ。

 やがて浪が顔を上げた。その顔は嫌に決然としていて、その表情に白鳥はほっと胸をなでおろした。

「凶器はどこに?」

 彼が問うと、浪は素直に供述した。

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