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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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暗闇の中で③

 さて、番所へと連れてこられた浪は、目を閉じ、口をつぐんだままだった。

ど れだけ厳しい言葉を掛けようとも、どれだけ優しい言葉を掛けようとも、決して反応したりはしなかった。

 暖簾に腕押しというのはまさしくこんな気分なのだろう。さすがの河津も眉をひそめて、善意の仮面を外しかけた。

 ともかく、彼女に対する不毛な取り調べは他の連中に任せ、白鳥と河津は聞き込みに向かった。

 向かった先は花街の薬屋だ。

 どうやらここで母親の薬を購入していたらしい。

 花街は全て砂利で道が形成されている。砂地が広がる市中の西地区とは、少しだけ趣が違うのはそのためなのだそうだ。薬屋も朱色の門を構えていて、杉の一枚板に金字で店の名が彫り込まれていた。

 店に入るなり話を始めた河津を横目に、白鳥は店の帳簿を見ていた。

 どうやら浪は分不相応な薬を購入していたようで、度々ツケになっていたり、店に借金をしていたことが記録されている。

「遊女ってのも案外儲からなくてね。稼ぎの大半は着物だったり、仕事部屋の改築だったりにつぎ込まなけりゃあ、ならないんだよ」

 薬師の男が呆れたように言った。見かけ上は給金が多くとも、そういう出費に迫られるから、遊女というのも贅沢な暮らしが出来るわけではないそうだ。

 特に浪のように客が付いたり付かなかったりということを繰り返す不人気な遊女には、薬を買う余裕などない。

「で、その金はどうやって捻出していたんです?」

「殺された棗さんがよく払っていたよ。あの人は浪さんを可愛がっていてねえ」

「理由は言っていました?」

「さあ、詳しくは聞いていないけど、若い頃に似ているって」

「棗さんの?」

 薬師が頷いた。

 それで今度は棗の過去を洗うことになった。

 彼女が足しげく通っていた花街の中にある寺にやってくると、ちょうど遊女達による水子供養が行なわれている。忙しそうに働く坊主を捕まえて話を聞くことにした。

「棗さんって、どんな人です?」

「良い人だよ。まあ、黒い噂は聞くけどね、若い遊女はもとより、こういう行事にもちゃんと顔を出す人だった」

「棗さんの過去について聞いてみたいんですが……」

「ううん、あの人は孤児でね。うちに捨てられていたんだよ。それで小さい頃から芸子になりたいって言っていたね」

 踊りの素養は無かったんだけどね、と坊主が肩をすくめる。

 どうやら棗という女、どこぞの遊女の子供であるらしい。本当ならば薬などで堕胎するところを、何故か生まれ落ちて、そしてこの寺に捨てられた。

「踊りが上手かったら、遊女にはなっていなかった?」

「少なくとも、ただの遊女にはなっていないだろうさ。もっと金を取れる、上玉になっていたと思う」

 白鳥が眉をひそめて考え込むと、代わりに河津が質問を継いだ。

「浪、という遊女に心当たりは?」

「浪? ああ、棗のお得意さんだな。あの子も不運だよ。逃げられないように色々と世話を焼かれてさ、ぶっ壊される運命なんだ」

「どういうことだ?」

「こう言っちゃ何だがね、度を越した残酷さが棗の心には巣食っているんだ。自分よりも才能のある奴を嫌う。それで、一つでも弱みがあるとそれにつけこんで、蛇みたいに狡猾に忍び寄って、自分の巣に引きずり込むんだ」

 そうして壊しちまうのさ、と坊主は遠い目をして言った。

 どうやら棗の悪癖は至る所で噂に上っているらしい。この坊主などは昔からの付き合いだから、もっと良く知っているのだろう。

「で、その浪って娘が、今のお気に入りってこと。歌が上手いらしくてね、それが気に食わないんだと言っていた」

 あの子だって良い所は沢山あったのに、と呟いて、坊主は念仏を唱えに戻っていった。

 そんなこんなで二人は現場である遊郭に戻ってきた。

そこには同心達がうようよしている。聞き込みだの何だのと、まだ終わっていないのだ。

 白鳥と河津は急いで中に入り、そしてその店の店主を捕まえた。河津はその自慢の膂力で、ひと気のない方へとその哀れな男を引きずっていった。

「棗と浪の関係について聞かせろ」

 河津が凄むと、店主は青ざめた顔をした。

 今や三人は、ひと気のない遊郭の納屋にいる。ちょっとやそっとじゃ声は漏れず、また助けに来るような殊勝な部下もいそうにない。

 であるから、冷やかな顔をした河津に対処するような余裕は、この店主にはなかった。

「そ、その、棗のストレス発散にと……」

「差し出したのか?」

 河津が冷たい声で尋ねた。今や彼の刀は鯉口が切られていて、いつでも抜刀できるようになっている。それを見て店主はますます縮み上がった。

「は、はい。うちとしても、棗に機嫌が悪くなられては困るのです」

「……何人の娘が棗の餌食になったんだ?」

 それは、と言い澱む店主の腹に、河津が問答無用で鉄拳をぶち込んだ。よほど腹にすえかねているらしい。普段は温厚だが、怒る時は怒る男なのだ。特に理不尽なことがあると。

 殴られた店主は苦悶の表情を浮かべて、体をくの字に曲げようとした。しかし、河津は首を掴んで身を起き上がらせ、壁際に押しつけたまま、もう一発見舞った。

「もう一回しか聞かねえぞ。何人餌食になった?」

「あ、あの、五、六人――」

「正確な数を言え!」

「申し分かりません! 把握しておりません。一年に付き、三、四人だと思われます!」

 店主がおいおいと泣きながら叫んだ。それで河津はこの男から離れ、忌々しげな目を向けた。

「正確な名前を全部吐いてもらうぞ。一つでも嘘をついたら、お前を牢獄に繋いでやるからな」

 というわけで、二人は棗の餌食になった若い女達に会うことになった。これは全く重労働で、なにしろ生きている者もいれば死んだ者、失踪した者さえいるのだ。

 様々な人間を尋ねて回って、ついには十五人を数えた頃に、やっと作業は終わりを告げた。

 今なお生きているのが四人、死んだ者が六人、行方不明が五人という有様である。生きている者だって、正常な体で居られるものは一人としてない。皆、棗によるお楽しみ――少なくとも彼女達はそう言った――によって体のどこかを破壊されているのであった。

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