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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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暗闇の中で②

「ここ、ですかね」

 白鳥はさっと辺りを見渡して、こんな貧民街みたいな場所があるんだな、と半ば呆れたように心の中で呟いた。彼らは今、市中の西――西の外れだ――に来ていた。

 そこには掘立小屋と称するのも馬鹿げた木造の家が立ち並んでいる。どこもかしこも屋根が半分失われていて、道行く連中もまともな服さえ着ていない。

 通りを駆けまわっていた子供達が、二人の同心を見て、ぽかんと口を開けていた。大人達は後ろめたいことでもあるのか、物陰に隠れたまま出てこない。

 まあ、いつまでも遊んでいるわけにもいかないので、河津が戸を叩いた。すると中から微かな物音がして、そして何かに怯えるような若い女の声が響いた。

「どなたですか?」

 怖々、といった風だ。河津は眉を吊り上げて一歩分だけ身を引いた。何があってもいいように、とりあえず刀に手を掛けておく。であるから、あとは白鳥が継いだ。

「町奉行所の者です。浪さんのご実家はこちらでよろしいでしょうか?」

 ややもあって物音がした。裏手から誰かが逃げる慌ただしい声が聞こえてくる。野犬ががなるように喚き立て、貧民達がやんやと囃し立てている。河津は急いで音のする方へと向かい、白鳥は何の気兼ねもなく古びた板一枚の戸を開いた。

「こんにちは」

 あっちは河津に任せればいい。適材適所だ、と自分に言い聞かせ、白鳥は部屋の中に入った。

 見た目の割には清潔な場所で、四畳ほどの部屋の真ん中には煎餅布団に寝たきりの老婆がいるばかりである。棗の部屋を見てしまったからか、どうにも同じ人間の住む場所でないように感じられる。しかし、気を取り直して老婆に声を掛けた。

「こんにちは。白鳥と申します」

 どうやら老婆は目が見えないようで、白鳥の方を何となく窺って微かに頭を動かした。

「はい……あの、浪が何か致しましたか?」

「いえ、ちょっとお話を聞こうと思ったんですよ」

 そう言いつつ履物を脱ぎ、部屋に上がる。

 ざっと見る限り、誰かが世話をしに来ているらしい。盲目の老婆が一人きりで住んでいるにしては、随分と綺麗に整えられていた。

「その、浪さんに少し話を聞きたいと思いましてね」

「ああ、さっき、用事があると慌ただしく出て行ってしまいました」

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。どこかあらぬ方を見ているようだったから、白鳥はそっと近づいて老婆の手を取った。死に際にしては温かい。力を込めると彼女の方も握り返してくれた。

「浪はね」

 と老婆が話し始めた。曰く、昔から器量も良く、歌も出来、踊りも達者で、そして何にでも気がつく子だったのだそうだ。

「あの子が芸子になるとはねえ」

 突然、老婆が感慨深そうに呟いた。

 こいつは一体何を言っているんだ、というのが白鳥の直感であったが、その理由はすぐに判然とした。

 さすがに、治療費を稼ぐために体を売っている、などと親に知られるわけにはいかないのだろう。であるから、浪は自らを芸子だと称していたに違いない。

「ええ、そうですね。それでね、お婆ちゃん、棗という名前に心辺りはありませんか?」

「棗さんかい? 浪の世話をしてくれる人でねえ。よく、ここにも来ていたよ」

「どういう関係だって言っていました?」

「師匠と弟子だって。棗さんの元で修業をしているんだって。でも……嫌な臭いの女だった」

 そう言い澱みながら、この盲目の母もぐもぐと言葉を吐きだした。あまり性格のよい女には見えなかった、と。彼女の目が見えているかどうかではなく、心のうちとして、棗の何かに気付いていたということだろう。

「棗さんに関して、何か言っていませんでしたか?」

「…………どうしてそんなことを?」

「まあ、いずれ分かることですが、昨晩棗さんが殺されました。それで、一応ですが、最後に会ったのが浪さんだと言われているんです」

「あの子を疑っているんですか?」

「まさか。話を聞きたいだけですよ」

 老婆の顔が逡巡で陰った。しかし、踏ん切りをつけると、白鳥の方に顔を向けた。

「……私がやりました」

「は?」

「ですから、私が殺しました、その棗さんを」

 突然老婆が馬鹿みたいなことを言い始めたものだから、白鳥はぽかんと口を開けた。

 そうこうしているうちに近所の人がやってきた。浪が連れて行かれたのを目撃したのだろう。彼らは部屋に入るなり白鳥を見止めると、険しい顔になった。

「今のは、聞かないことにしましたからね」

「いいえ、私が殺したんです」

 白鳥は逃げるようにこのボロ屋を退散した。

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