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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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偽りの婚姻⑤

 さて、夜も憚らずに米屋へとやってきた白鳥と河津は、何の気兼ねもなく裏口の戸を叩いた。ややもあって、いらえがあり、彼らは店の中に通された。

「それで、御用は?」

 と言ったのは米屋の店主である。聞けば幸次の叔父だそうで、彼から店を奪い取った張本人なのだという。一度何もかもを失ってしまえばいい、と思って厳しい処置を取ったらしく、その後の彼の人生には驚いてばかりだったようだ。

「まさか子が出来て、なおかつ落ち着くとは思いもよりませんで」

「じゃあ、さえさんには感謝をしている?」

「もちろんです。しかし、あの男も最期まで迷惑ばかりを掛けたものです……。父親もなく、女一人で子を育てるのは大変でしょう」

 どうやら、さえと子供を引き取る腹づもりであることは分かった。そこまで信頼されているのだ。幸次という悪童を更正させたことは誰の目にも明らかだったから。

「で、そのことを聞きに来たのですか?」

「いえ。さえさんの元許嫁について聞きに来たんです」

 白鳥が言うと、米屋の店主の顔が曇った。何かがあるのは事実だが、それを言いたくはないらしい。たぶん、米屋の恥部なのだろう。

 しかし、聞かねばならないこともある。白鳥は、ちらと河津を見やって、自分の心を鬼にした。残念ながら河津の方は、さえの気分に浸っていて、とてもじゃないが厳しいことを聞けないような有様だった。

「そのう、やっぱり幸次さんには恨みを抱いていたようですから」

「まさか! さえさんを疑っているんですか?」

「あー、いえ、そうではなく、捜査の一環でして。婚約者の方が度々さえさんに会っていたようなんです」

 それで米屋の店主は怪訝な顔をして、そのほっそりとした顎に手を添えた。

「ふうむ……、そうですか」

「そもそも、その許嫁はどんな罪で捕まったんです?」

「幸次に対する暴行です。私の兄、つまりは幸次の父ですが、役人に多額の金を握らせて、遠島の罪に処したのです。期間は二年だったと記憶しておりますが……」

「なら、戻って来ていてもおかしくはありませんね」

「いまさら、ですか?」

 店主が眉をひそめる。復讐をするならば、もっと前に起こっていただろう、と半ば信じられないものでも見るかのように、白鳥に首を振った。

「で、その元許嫁の名前と、人相を聞けたらと思いましてね」

 例え意味のないことだとしても、白鳥は確かめねばならぬ。でないと、平野にどやされるからだ。あの女に怒られたあとに行動するのは、何とも気が重いのである。であるならば、例え非情だと言われても、その場で動いた方が良い。後ろから注がれる河津の視線だって気にはならない。

 ともかく米屋の店主は、この不躾な新米同心をひと睨みして、部屋の奥へと行ってしまった。どうやら人相書きをまだ持っているらしい。それほど、幸次とその父親のしでかした行為が許し難いという雰囲気が、むらむらと立ち上っている。

「これです。名前は八之介。元は鍛冶師でしてね」

「遠島のあと、戻ってきたという話は聞きましたか?」

「いいえ、どこで何をしているのか……。さえさんのことだって、本当かどうかは分からないでしょう?」

「ええ、だから調べるんです」

 白鳥は渋面を作り、その人相書きを譲ってもらった。

 全く考え難いことではあるが、翌日から、その人相書き一枚を持って、さえの家の周りを嗅ぎまわる羽目になった。

 さえの家から始まって、通りの一本に至るまで、しらみつぶしにあたっていく。そうして捜査を進めるうちに、どうやら、あの婆さんは本当のことを言っていたのだ、ということに行きついたのであった。

 白鳥と河津は、とあるひと気のない通りを歩き、そして人を見つけるたびに人相書きを見せる。覚えている人は覚えているもので、その八之介という男、毎月十五日に決まって同じ道を、同じ時間に通るのだという。

「この前の十五日も来ました?」

「ええ。あまりに上機嫌だったから、今日はどうしたんです、って聞いたら、良いことがあったんですと、お小遣いをくれまして」

 とある店の丁稚が困惑した面持ちで言う。

 そうして懐から、小さな巾着を取り出した。どうやら突然鉄貨を貰ったものだから、使うに使えなかったのだそうだ。さすがに店の子供である。得体の知れない金を散在してしまうほど馬鹿ではない。

 ともかく、その丁稚が渡されたという鉄貨を日に晒し、白鳥と河津は視線を交わした。

 それはどこか見覚えがあるが、しかし見たことがない。彼らが日常で使う鉄貨のようで、その実、どうやら違うものであるらしい、と分かる。薄く叩いた円形の鉄貨であるというのは事実だが、その表面に彫り込まれた紋様が従来の物とは違うのである。

「このお金、その八之介さんがくれたんだね?」

 白鳥が言うと、丁稚は大きく首を縦に振った。

「はい。見たことないお金で、旦那さんにも言えなくて……」

「同じ額のお金をあげるから、これを譲ってくれない?」

「そんな、そういうわけには!」

「頼むよ。旦那さんには言わないから。よしんば何か言われても、白鳥屋の次男の仕事を手伝ったっていえばいい」

 丁稚は散々逡巡して、それからゆっくりと頷いた。白鳥は喜び勇んで財布を取り出し、丁稚に同じだけの金額を握らせた。こちらは従来の、市中で最も流通している鉄貨だ。良く見る形の金を握らされ、丁稚は満面の笑みを浮かべた。

「あの、ありがとうございました」

「よく仕事に励むようにね」

 そう優しく声を掛けて、白鳥は貰った鉄貨を指で弾いた。それを宙で河津が取り、髭面を歪ませた。

「こいつはなんだ?」

「さあ? 平野さんに聞いてみましょう」

 そんなわけで彼らは番所へと戻り、唯一絶対の上司に、その一枚の鉄貨を差し出した。彼女はしばらく眉をひそめていたが、やがてとある一つの事実に思い至り、これは預かっておく、と呟いて出ていった。

 その決然とした後ろ姿を見送り、二人は情けない顔で見合った。平野の態度は気になるが、それに突っ込んでも良いものか、全く見当もつかなかったからだ。

「あの鉄貨、何でしょうね」

「まさか八之介は贋金作りの職人だったとかか?」

 二人はそれぞれ無体ないことを呟いて、またしても捜査に戻った。しかし八之介が港から来ることを突き止めてしまうと、それ以上の進展はなかった。

 そして十五日がやってくる。

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