出来の悪い男⑤
さて、この世紀の大発見をした一方で、平野は哀れな夜番の同心を引きつれて、とある娼館へと赴いていた。
そこは国からきちんと許可を取りつけた場所であるから、春を売っていようが何をしようが、平野の知ったことではない。ただ一点、彼女が知りたかったのは藤吉の女癖だった。
捜査をすればするほど、欺瞞に満ちた彼の素顔が露わになる。妻が一人、子が二人という家族構成だったが、実際にはそれ以外に愛人がいて、その間にも一人の子供がいる。
また、生き残った妻の話を類推すると、若い頃から女癖は酷かったらしく、結婚し、資産家でもあった義父の質屋を継ぐまでは、夢を追って根なし草で、娼館通いが止められなかったのだという。
「――そうだ。藤吉という男、ここに十年前からツケがあると聞いたが?」
「ええ、そりゃ、もう……今でもお支払いいただいております」
娼館の責任者が、呆れたと言わんばかりに帳簿を見せてくれた。それによれば、ツケの残金は質屋の年商くらいは残っていそうだ。短期間の内に払うのは難しい。
「ですが、これでも随分と減った方でございますよ」
責任者が物憂げな溜息をついたものだから、平野は帳簿からひと時目を離して、彼を見つめた。その冷厳な視線がよほど恐ろしかったのか、彼は咳払いをして、帳簿の初めの方の頁を指差した。
「ほら、ここ。今の十倍はありましたから。店を継ぐ時にね、臨時収入があったからと半分以上返してくれたんです」
「……呆れた男だな。そんなに芸者遊びが好きだったのか?」
「いえ、いえ。そのう、幼女が趣味でしてね」
平野の目がきらりと光った。今の彼女に関係ないとはいえども、幼児を働かせるのは問題だ。目の前に犯罪の影があれば、それを追求せずにはいられないのが、この女の悪癖であった。
「待ってください。こちらだって危ない橋は渡りたくありません。年端も行かない子供を抱かせるわけがないでしょう」
「ならば、何が問題だ?」
「あの御人、とある姉妹に熱中しましてね。それを買うために当店に借金をしたんですよ」
「その姉妹は今どこに?」
「下の子が十五歳になった時に売りました。金は支払われていましたから。その後は、あの御人の義理のお父さんが持っていたとかいう長屋に移ったと聞きましたが……」
平野は沈思した。藤吉が憎悪の眼差しを向けられていたことは分かっている。でなければ、四十カ所以上も刺したりはしないだろう。
では、そのまだ見ぬ姉妹が関係しているのだろうか。それが何故、三郎が偽証するという事態にまで発展したのか……。
突然固まった平野を、その場にいた誰もが怖々と窺っていた。何かありましたか、と河津がいたならば聞いてくれただろうが、生憎彼は豆河の方に行ってしまった。
であるから、その場には沈黙がたゆたい、遠くから聞こえてくる女の嬌声が強く響き渡った。
「長屋……?」
「ええ、愛人をよく連れこんでいるとか」
「……藤吉はどこに住んでいるんだ?」
半ば独語するように平野が問う。確かに家族がいたものだから、あの家が藤吉のものだと疑ってかからなかった。それに、近所の連中も、あそこは藤吉の家だとは言ったが、誰が住んでいたのか把握してはいなかった。あの家の住人は、随分と息をひそめて生きていたようだから。いや、まさか別の人間が住んでいるとは思ってもみなかったのである。
「はい、西の御屋敷に住んでいるようですね」
「……その屋敷はどちらだ?」
結局、平野はそう問いかけ、怯えた様子の責任者から住所を聞き出した。