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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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出来の悪い男④

「で、こんな河原を漁るなんて……」

 と白鳥は情けない面をした。

 今現在、彼と数人の同心達は、三郎の供述に従って河原を捜査していた。それだけ操作が芳しくないのだ。

 ただ一つ言えることは、藤吉は言うほど善人ではないということだ。彼が執着したのは、金ではなく女だ。結婚する前は、それこそ複数の女の家を渡り鳥のように行き来していた。子供だって何人いるのか分からない、という証言まで出る有様だ。そういう場所からつっつけば、犯人も炙り出せるだろうに、と白鳥などは思うのである。

「もっと別の捜査もあるでしょうに……」

 あの男が嘘をついているのは明白だが、しかし彼が確実に嘘をついていると立証するために、こうして泥にまみれて働かねばならない。日中はずっと聞き込みをして、そして夕暮れ時に河をひっくり返している。全く馬鹿げたことだ、と白鳥は喚きたくなった。

「しょうがねえだろうよ……。お嬢がやれって言ってんだから」

 同じように泥を掬っていた河津が呆れたような顔をした。もうどうしようもない。やるしかないのだ。あの怒り狂った平野に口出し出来るのは、彼女の上司を含めた数少ない人間だけだ。当然のこと河津や白鳥はそんな場所に入っていないから、彼女の命令に従うしかない。

「それにしたって、場所があやふや過ぎますよ。豆河の北の河原って、一体どれだけあると思っているんですか」

「あの馬鹿たれに言え」

 というわけで、二人を含めた十人ばかりの同心は、とっぷりと日も暮れ、そして東の空が月で明るくなる頃まで河の中でもがいていた。

 かがり火が必要なほど暗くなってから、平野の言伝を携えた下男がやってきて、その日の調査を終えることになった。

 膝上から腰の位置まで河に浸かっていた同心達は顔を青ざめさせ、がたがたと震えながら岸辺に戻ってくる。集まっていた野次馬達も夜になれば立ち去り、殊勝に差し入れのような物を持ってくる連中はいない。

「ああ、寒いし疲れたし、もうやんなっちゃいますよ」

「そういうなよ」

「って言ったって、河津さんだって思っているでしょう? 平野さんはこういう汚れ仕事を一つもしないじゃありませんか」

「お嬢はしなくていいんだよ。させたら大問題だ」

「これだから女は……」

 と悪態をついた白鳥の額を、河津が、こつんと小突いた。

 それでこの新入りは険しい顔を中年の先輩に向けたものの、さらに悪口を言うつもりもなく、半ばもがくように岸辺を上がろうとして、すっ転んだ。

「ぐわ!」

 情けない悲鳴を上げながら、白鳥が川辺に沈んでいく。それを河津が慌てて引き上げようとしたが、それよりも早く、この無様な新入りが川底に膝をついて、水中に手を伸ばし始めた。

「おい、どうした?」

「いや、あの、ちょっと明かりを持ってきてくれませんか?」

「おい!」

 下男が慎重に岸辺を降りてくる。手には大きな松明を握っていて、その焔が辺りを熱く明るく照らしていた。その暖色の光に照らされた白鳥は、半顔にその熱気を浴びながら、夜の深潭を映しこんだような黒暗の水面を見据えた。

 ゆっくりと手を伸ばす。河の流れに逆らうようにして、底に手をついた。どこかにそれらしい感触があったはずだが、と何度もかきまわしているうちに、やはり水の冷たさとはまるきり違う感触に触れ、白鳥は声を上げた。

「……これ」

 と言って彼が持ち上げたのは、血糊の付いた包丁だった。

「まさか! あいつ本当のことを言ったのか?」

 河津が唸るような叫び声を上げたところで猛烈な夜風が吹き、濡れ鼠の二人は大きく身震いをした。

 急いで番所に戻った二人は、服を着替える間もなく土蔵へと向かい、そこに拘留されている三郎の眼前に包丁を突き付けた。

 彼はそれを見て、そしてその形状が死体の傷跡と一致――これにて、犯行には二本の包丁が使われたのだと立証された――したことを知って、愕然とした面持ちになった。

「え? マジで見つかったんだ」

 彼はそう呟いて、明かりに照らされた包丁をまじまじと見つめた。

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