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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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出来の悪い男③

 まったく、と三郎は牢屋の壁を蹴った。

 途端にその向こうから精神に異常をきたしたような低い唸り声と、木製の格子を揺する音がして彼は頭を抱えた。

 もっとスマートに自供するつもりだったのだが、予想外に恐ろしい女に睨まれて、考えていたことがすっぱりと無くなってしまった。

「あの女、只者じゃねえな」

 なんてことを呟いてはみるが、しかしそれに何の意味があるのかと問われても、彼には分からない。

 それにしても、とこの三郎が思うのは、目的が達成されたかどうかだ。

 それさえ出来れば、あとは何でもいい。死ぬならそれまでだし、島流しになるなら飯にはありつける。どう転んでも彼に損はない。

「でも、ここにいると捜査状況が分かんねえんだよなあ……」

 彼はそう独語し、やはりそれを知るため、そして大願を果たすため、さらに一計を案じることにした。あの女が来ないことを祈りつつ、彼は近くにいた身なりの良い役人にあることを告げた。

 たっぷりと二時間は待っただろうか。

 同心達に誘われた三郎は、とある土蔵の中に案内された。滞留している空気が存外冷たく、何か恐ろしいことが起きるんじゃないかと思ったけれども、もう物事は動きだしているのだから、三郎は気合を入れてことに臨んだ。

「で、話とは何だ?」

 今回は当たりだ、と三郎は喜んだ。

 目の前にいたのは、顔の半分を髭で覆われた中年の男と、情けない面をした若者だ。中年の方はともかく、この若者は本当に覇気のない面をしている。これなら蒙昧な自分の方がよっぽど使えるんじゃないかと思いながら、三郎は嘲るように鼻を鳴らした。

「ああ、思い出したことがあるんだよ」

「それは?」

 中年の男――確か河津という――が半眼を向けてくる。その威圧的な視線に、三郎はおののいた。前言は撤回。こいつも外れだ。ちょっと冗談を言っただけで飛びかかってきそうだ。これなら見世物小屋の虎を相手に大立ち回りをした方が、よっぽどましというものだ。

「あのさ、凶器のことなんだけど、見つかってないよね?」

「そうだな」

「どこにあるか教えてほしい?」

 ちょっとしたお茶目心のつもりだった。半ば勝ち誇るようにそう呟いたことが、河津の逆鱗に触れた。三郎は強かに打ち据えられて、そのまま気を失った。

 彼が次に目覚めた時、体を複数人の男に押さえつけられていて、水の中に顔を入れられているところだった。

 その息苦しさに身悶えると、間髪いれずに体が引き上げられる。肺の中に入った水を吐きだすために大きく咳き込んだ。胸や喉が焼けるように痛み、顔中を滴る水が重力に従って下に落ちた。

「喋る気になったか?」

 冷たい声だった。三郎ははっと意識を現実に引き戻し、目の前を見据えた。

 そこにはあの忌まわしい――恐ろしげな顔をした女が立っている。顔立ちは整っているくせに冷ややかで、それがどこか感情を欠落させたような、無機質な表情に見える。

「あ、ああ……でも、もう水は嫌だなあ」

「こちらを試すような真似をしなければ、乾いたところに連れて行ってやるさ」

 美人の冷笑とはかくも恐ろしいものか、と三郎は実感させられた。周囲にいる同心達も真剣な顔をしている。どうやら捜査は芳しくないらしい。内心でほくそ笑みながら、三郎は得意げになって言った。

「凶器はさ、一旦逃げようとして豆河に捨てたんだ」

「……具体的な位置を言え」

 そこでぱっと思い浮かんだのが、あの決意をした時の河原だ。であるからその場所を口にすると、この恐ろしげな顔をした女は峻厳な色を面上に滲ませ、周囲にいる同心達に目配せをした。

「もしも出なかった時は、確実に処刑台に送ってやる」

 そんな恐ろしい捨て台詞を吐いて、女は踵を返した。そうなればそれでもいい。三郎は策謀家気取りで口の端を歪め、それから床に唾を吐き捨てた。

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