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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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出来の悪い男②

「で、通報してきたと……」

 力なく白鳥が肩を落とした。いい加減、金よりも暇を渇望したくなる。またしても終業間近になってこういう事件がもたらされたのだから。

「全く、犯人も考えて欲しいもんですよ。真っ昼間だったら気にもならないのに」

 などと無体ないことを言いながら、通報者であり、そして殺人犯でもあると自供した男に視線を転じた。いかにもうだつの上がらない男だ。どこか自信がなさそうで、それが彼の風格を一段下げている。彼は土くれだった地面に正座をして、恐ろしげな顔をした平野を見上げていた。

「何故、殺した?」

 平野が問う。彼女の作りだした影が、男――三郎というらしい――の顔にかかっていた。その表情が白鳥の方から見えないからこそ、声色に威圧感が滲んでいるように思える。

「え、えーと、その」

「どうした! 早く言え!」

 この平野静という女、普段からして厳格なのだが、犯罪者を前にするとますます強固な精神を見せるようになる。

 つまりは平野が醸す最大級の冷厳さが、この三郎に直撃した。彼は気の弱い顔を涙で濡らしながら周囲を仰いだ。

 誰か助けてくれればと思ったようだが、生憎白鳥や河津でさえ、仲裁するつもりはなかった。取り調べ途中の平野に声を掛けるほど、恐ろしい経験はそうないからだ。

 であるから、白鳥は気を取り直して殺害現場である部屋の中に入った。

 そこにはいくつかの明かりが立てられていて、まるで昼間のように照らされている。むっと来るような熱気の中で思うのは、この被害者にそれほど激しい恨みを持つ人間がいるのかということだった。

 全身に切り傷や刺し傷がある。顔も容易に判別できないように切り刻まれている。激しくのたうち回ったのか、畳の上に血が飛び散っていた。

 その無残な亡骸の近くで気を失っていた母と子供達は、近くの寺に預けられることとなった。

 白鳥は、執拗に刺し貫かれた死体の傍らに寄り、河津と別の同心の話し声に耳を傾けた。

「それで被害者は……」

「はい、質屋の藤吉です」

 それを聞き、河津も死体に視線をくれて嘆かわしげに溜息をついた。

「何が原因だろうな、質草か?」

「いま、藤吉の店も捜査しておりますが、そういう報告は受けておりません。どちらかというと良心的な店だったようで」

「ますます分かんねえなあ……。ま、幸せな奴を見て気に食わなかったのかも知れんがね」

 ちらと三郎を窺う河津の目にも、多少なりとも殺気がこもっていた。普段怒らない人間が怒ると、それだけ迫力がある。血走った河津の横顔を見ていた白鳥は、知らずの内に肌が粟立っていることに気が付いた。

 一方では平野の方も三郎に憤っていた。殴りかかろうとするのを同僚に止められて、鼻息荒くこの情けない若者を睨み下ろした。

「もう一度、事件の状況を言え」

「はい、あの、あんまりにも不幸だったから、誰かにも味わわせてやりたいと思って、長屋に近づいたんです」

 三郎は視線を彷徨わせながら言った。彼が口を止めるたびに怒り狂った平野が舌打ちをするものだから、彼は慌てて言葉を継いだ。

「それで、あの、その、ここの御宅が幸せそうだったから、押し入って、ざくっと……」

「ざくっと、何度だ?」

「その、良く覚えていなくて……」

 うな垂れる三郎を、白鳥は長屋の中から見ていた。その姿があまりに綺麗――彼が清潔だというわけでなく、浴びた返り血が少ない――過ぎる。その上、亡骸には二種類の傷があったにもかかわらず、現場に落ちていたのは彼が握っていた一本の包丁だけだ。

 数えられるだけで四十カ所も刺し――被害者の藤吉はそれだけ刺し貫かれていたのだ、二本の刃物で――殺したあととは思えなかった。白鳥は腕組みをして、隣で佇立する河津を見上げた。

「どう思います?」

「嘘っぱちしか言ってねえな」

 というわけで、三郎はともかくとして第二八番隊は捜査を進めることになった。

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