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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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雨降りの日⑥

「南波は殺人犯だ」

 鬼の形相をした平野が先頭を行くものだから、豆河通りに出来た雑踏が、示し合わせたかのように真っ二つに割れた。それをいいことに第二八番隊の三人は急いで南にある船着き場を目指した。

「吉木屋の主を殺して、金を持ち逃げしたらしい」

 冷厳に、淡々と話す平野の後ろ姿を白鳥はじっと見つめていた。一つにまとめられた髪の毛が、まるで馬の尾のように左右に揺れている。それを見ていると、自然と物事に集中できるような気がする。

「藤次郎が喋ったんで?」

 平野に一歩分遅れてついていた河津が、そっと尋ねた。平野はそれに恬淡な様子で応じた。

「そうだ。喋らせた」

 この冷たい言い分に二人は顔を見合わせて、それから同時に平野に戻した。後ろを行く河津が、恐れに身を抱かれながら尋ねた。

「何と言ったんです?」

「偶然だった、と。藤次郎は何も知らずにあの場に行った。北島に金を返すために」

 そして、あの雨降りの晩、犯行を目撃したのだ。ちょうど北島が刺される場面を目撃した。哀れな藤次郎は、金を返す必要もなくなる上、自らに嫌疑が向けられない方法を考え出したのである。

 それが、白鳥を目撃者とする、ということだった。それが故に彼は、傘をふちに渡したのだという。彼女は雨の降っていない頃に来たから、持っていなかったのだ。

「お前が帰ってくる時間を見計らって、藤次郎は物音を立てた」

「……僕は見事に利用されたってことですか」

「ああ、しかも今もな」

「どういうことです?」

「ふちは、今日の内に北へ帰るそうだ。もう市中に用はないからな。正午に出航する船に乗るらしい」

 白鳥は顔を引きつらせた。それで、あの旅籠の主は尋ねたのだ。今は何時か、と。

「船は分かっているんですか?」

「分からん。だから北行きの船は全て止める」

 全ての事態に合点がいって、白鳥は頷いた。

 しかし、あの北島が殺人犯だとは……。人は見かけによらないとは言い得て妙である。白鳥も、まさか人を殺しているとは思ってもみなかった。

「人を見かけで判断しないことだな」

 河津が先輩ぶった様子で笑みを浮かべたが、この男に言われてもあまり説得力はない。であるから白鳥は首を振り、足早に豆河通りの南に広がる港へと飛び込んだ。

 北行きの船を止めるべく、その場にいた全ての人間に平野は大声で指示を出した。殺人犯を追っていること、そしてその女がすでに船に乗っていることを告げた。

「その船なら、そこに泊まっておりますが……」

 血相を抱えた白鳥に気が付いて、白鳥家が利用している船屋の主が近付いてきた。彼はおずおずと言った様子で平野の顔を窺い、ひっと息を飲んだ。

「どこだ?」

 平野が冷厳に睨むと、この主は白鳥に助けを求めた。求められたって困るのだから、白鳥は力なく首を縦に振った。

 すぐさま、その客船に案内される。今まさに出港しようかという頃だったらしく、半開きになった帆が風を受けて膨らんでいた。事情を聞かされた水夫が慌てて帆を閉じて、船長を呼びにいった。

「どういうことです?」

 客船の縁に乗り出した船長が叫んだ。そこで白鳥が、殺人事件を追っていると言うと、彼は血相を抱えて船の中に戻った。

 程なくして客船の縁に板が渡される。第二八番隊の三人は、遅れて到着した同心達を伴って客船の甲板に降り立った。

 そこにはすでに全ての旅客が並べられている。全部で三十人ばかりだが、白鳥はその内の一人を見出して素っ頓狂な声を上げた。

「あ!」

 その娘を指差すと、平野が険しい顔をした。

「何だ?」

「この人、通報してくれた……」

 そこで皆の視線が若い女に向いた。彼女は赤面し俯いていたが、何故か平野に向かって両手を差し出した。

「あんの、わだしが、殺しました」

「誰をだ?」

 平野が問うと、女は唇を噛みながら、まるで振り絞るような声を上げた。

「きだじまを」

「も、もしかして、ふちさん?」

 白鳥が目をひんむくと、彼女は諦観の表情を日に晒し、それから力なく頷いた。

「はい」

 北の訛りが強い声だった。

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